62、だって、ラーネは蜘蛛でしょう? え、違うの?
ハルちゃんとの会話を終えた後、私は改めてラーネへと顔を向ける。
丁度どちらを食べるのか決めていたらしい彼女は、浄化をしていないそのままのお肉にかぶり付いた。前足二本を使って器用に食べる姿が可愛らしく、私はニコニコと笑って見る。
「ラーネには浄化していない肉をあげた方が良さそうだな」
後ろから声を掛けられて私は振り向く。そこにはユウくんがいて、彼も微笑ましそうにラーネを見ていた。
「そうね。やはり浄化魔法は魔物に弱いのかしら……?」
ユウくん曰く……日本のファンタジー物語だと、瘴気には浄化魔法がよく効くという話が多いらしい。もしかしたら厄災パンドゥーラーから漏れ出しているそれは、日本でいう瘴気の可能性もある。浄化の魔法に触れて亡くなる、なんてラーネにはなってほしくないものね。
小さい口ではあるが、お腹が空いていたのか食べるスピードはとてつもなく早く、既に一個目のお肉の欠片しか残っていない。
今度からは浄化していないお肉だけ食べさせよう、と考えていると……食べ終わったラーネは何故かお肉から離れていく。赤ちゃんと言っても差し支えない時期だから、お腹一杯なのだろうか。きっとユウくんもそう思っていたはずだ。
私たちは引き続き、ラーネの様子を見守っていると彼女は浄化の魔法を掛けたお肉の前に移動する。
何が起こるのだろうか、と私は次の展開に期待を膨らませていると……ラーネは浄化魔法を掛けたお肉まで食べ始めたではないか。私達が唖然としている中、ラーネは浄化済みお肉と浄化なしお肉を交互に食べ続け、いつの間にか全て食べ終わっていた。
満足そうに地面へと寝そべるラーネ。
これで分かった。ラーネには浄化魔法の有無は全く関係ないらしい。
「まあ、なんだ。これからは浄化済みのだけでも良さそうだな……」
ユウくんの呟く声が漏れる。そうね、両方とも食べるのであれば……片方出すだけでいいのかもしれないわね。
――この時の私は知らなかった。
次に片方ずつ出したらお肉を食べず、両方のお肉がある時だけご飯を食べるということが発覚することに。
餌のゴタゴタも落ち着いた頃。
今日も野宿ということで各々が準備をしていると、私の元にラーネがやってくる。最初は拳大で、肩に乗るくらいの姿だったラーネは、いつの間にかお風呂の洗面器ほどの大きさに育っていた。
あの日から毎日魔物のお肉をたらふく食べさせているからかもしれない。今では私の肩に乗ることができないので、彼女は木々を飛びながら移動している。
そしてラーネは最初と見違えるほどの魔力を持つようになっていた。
お肉を食べ始めた当初は、五分ほどしか維持しなかった探知魔法。けれども、今はそれが常時発動しているらしい。いつの間にか魔物がいると先回りをして奇襲をかけるようになり……。
そのうちに自分が美味しいと思う魔物を糸でぐるぐる巻きにして捕まえていた。
「お嬢様、ラーネの成長が著しいと思われるのですが」
ある日マチルダちゃんに言われて、私は頭をひねる。
「どうなのかしら? 正直蜘蛛の生態は分からないのよね」
「いや、蜘蛛って言っても魔物だからな? 前世とは違うだろ……」
ユウくんの言葉に、納得顔を浮かべる。そうよね。前世のウサギとウサギのような風貌をしているアルミラージの生態が違うものね。
答えが出せずにいると、コニーくんがハッと顔をあげた。
「そう言えば、辺境伯様の所で読んだ本の中で……先代賢者様が『魔物は魔力によって成長するのではないか』という説を上げておられました!」
「魔力によって成長……?」
聞き慣れない言葉に私は目を丸くする。牛乳を飲めば、背が伸びるみたいなあれかしら?
それが顔に出ていたのだろう。コニーくんは説明を続けた。
「魔力は誰しも持っているものです。もしかしたら、普段餌として与えているお肉……あれに魔力が残っていて、その魔力を取り入れることで急激な成長を引き起こしたと……か……いえ、すみません」
鼻息荒く、話していたコニーくんだったけれど、最後は勢いがだんだん小さくなっていく。最後彼は謝罪した後、小さく縮こまっていた。
私はまだ理解できていなかったので、声をかけることができなかったのだが……すぐにユウくんが声をあげた。
「コニー、多分それで合ってるかもしれない。植物が枯れそうになるとき、栄養剤をあげると次の日元気になっていたリするだろう? あれと同じ感じなんじゃないか?」
「植物でいう栄養剤が、ラーネでいう魔力ってこと?」
「そうそう。やっぱりコニーはすごいな!」
そう言ってユウくんはコニーくんの頭を撫でる。最初は自信がなさそうだった彼も、ユウくんに褒められたので嬉しくなったのか、頬が赤くなっていた。
「知識を取り入れるだけでなく、きちんと引き出して伝えることができる……これはなかなかできることではありません」
マチルダちゃんの言う通りだ。私は同意を示すために首を縦に振る。絶対記憶だからとあぐらを掻くことをせず、コニーくんが努力した結果である。素晴らしい能力をどう生かすかが一番難しい。幼いながらもそれができているコニーくんに、私は尊敬の念を送った。
私たちは魔物を屠りながら、道なき道を歩いて行く。ラーネと出会って一週間ほどしたある日。ユウくんが私へと声を掛けてきた。
「なあ、クリス。俺たちが今どの位置にいるか、確認したいんだ。魔法でどうにか確認出来ないか?」
「うーん、あ、できると思う。ちょっと待ってね?」
ユウくんが持っている地図を頭に入れた私は、持っている杖を胸に抱いた。
「フェザーパタパタフライフェップン! ウィングパタパタフワップン!」
本当は大人に変身する時の呪文なんだけれど……大丈夫よね。さて、私は鳥になるんだけど、どの鳥になろうかしら、ピーコもいいわね、あ、そういえば最初に戦ったあれも鳥なのかしら……ってあ!
私は光に包まれる。そして光が消えた時に現れたのは――。
「あー、やっぱりハルバードになっちゃった……」
「アルバートな?」
ユウくんが肩をすくめて言う。ピーコのようなふわふわの羽ではなく、ツルツルとした羽。くちばしは鶴のように鋭く長い。そして尖ったトサカのようなものが付いていた。
ユウくんはアルバードになった私をまじまじと見て呟く。
「アルバートは本当に恐竜のプテラノドンにそっくりだよなぁ」
「格好いいですね!」
コニーくんは目を輝かせて私を見つめている。うんうん、男の子ってこういう動物好きよねぇ。でも私としては……。
『個人的にはピーコみたいな鳥になりたかったのだけど、仕方ないわね』
そう話したつもりなのに、口からは「GAGYO、GAGA」という鳴き声しか聞こえない。どうやら擬態したら喋ることができないらしい。
ユウくんとコニーくんもそのことに気がついたようで、「よろしく」とだけ告げて私に手を振る。マチルダちゃんだけは心配そうにこちらを見ていた。
アルバートの羽で飛翔することができるのだろうか、と私は不思議に思っていたが、どうやら彼らは風魔法が使えるため問題ないらしい。まるで元々自分がアルバートだったかのように、私は空へと飛び出していた。
高く飛ぶと最初に目に入ってきたのは海らしきもの。太陽の光を浴びて、水面がキラキラと光っている。頭に入れた地図と比べると、思った以上に海の方へと逸れているような気がする。
来た方へと視線を送れば、魔境の街らしき場所が見えた。正面に見えるはずなのだが、やはり左側に見えているので軌道修正をした方が良さそうだ。
そう思った私は最後に進行方向を眺める。すると、もう少しまっすぐ歩いた場所に崖があり、そこにはぽっかりと穴が空いていた。どうやら洞窟らしい。
気になって視線を送っていると、微かに魔力が動いたような反応に私は気がついた。
ユウくんに報告をしようと私は一度頭を縦に振った後、右奥にある魔族領を確認する。
魔族領の城は高台にあるらしいのだが、多分それであろう建物の先端が見えていた。やはり右奥にある。私は最後にぐるりと一回りしてから、一気に加速してユウくんたちの元へ降りて行った。




