【72】アンセスターダンジョン研修編① 〜最古のダンジョン〜
朝靄がまだ校庭を包む早朝、静寂を破るように、シルティの声が響いた。
「つ、ついに完成した!」
彼女はいつになく真剣な表情で、手にした剣を構える。
「……いくぞっ」
そう言うと、シルティはリンゴを空高く投げ上げた。
「秘技、リンゴ6連斬り!!」
空中に浮かぶリンゴを6度に渡り連続で切りつける。
すると、一口大になったリンゴが順番に落ちてきて、上を向いているシルティの口に順番に入っていく。
シャリシャリ、シャリシャリ、シャリシャリ、シャリシャリ……
満足そうな顔をしているシルティ。
木陰からこっそり見ていたアーシスが話しかける。
「……何やってんだお前…」
「おぉ、アーシス。遂に完成したんだ! 秘技、リンゴ6連斬り! 習得するのに半年かかったんだ。
ただ切るだけなら簡単なんだが、こちらが食べるスピードに合わせて落下させるというのがとんでもなく難しいんだ」
「だが、私はやり遂げた!!」
自慢げな表情のシルティ。
「……あそ……はやく行かないと遅刻するぞ…」
ぼそっとつぶやくアーシス。
◇ ◇ ◇
1-A組。教室。
担任のパブロフが黒板を勢いよく叩いた。
「静かに。今日は大事な発表がある」
教室に、ぴんと張り詰めた空気が満ちる。
「来週から──お前らには《アンセスターダンジョン研修》に参加してもらう」
ざわ……と教室がざわめいた。
「アンセスターダンジョン?」
「え、あの有名な?」
「マジかよ!」
「……も、もちろん知ってるけどな…」
「絶対、知らないでしょ」
アーシスとアップルの不毛なやりとりはさておいて、パブロフは説明を続ける。
「みんな知っての通り、アンセスターダンジョンは、この世界で最も古いダンジョンだ。
少なくとも四千年以上前から存在しているとされ、未だに最深部に到達した者はいない。
現在の最高記録は67階。
──だが、心配はいらん。お前ら学生が踏み込むのは、ごく浅い階層だ」
「この研修では……普通は1階か、進んでも3階までが限界だ。無理は厳禁だぞ」
アップルが小声で「ほっ」と胸を撫で下ろす。
一方、アーシスとシルティは顔を見合わせ、目を輝かせていた。
「アンセスターダンジョンの周辺は、観光地としても栄えている。遺跡探索ツアーや土産物市場もあってな、夜はそれなりに楽しめるはずだ」
(観光地……なんか、ワクワクしてきたぞ)
アーシスは拳を小さく握りしめた。
「現地集合だ。時間厳守。いいな?」
「はーい!」
生徒たちは一斉に声を揃えた。
◇ ◇ ◇
──そして、数日後。
快晴の空の下、アンセスターダンジョンの周辺街はにぎわっていた。
石畳の大通りには、行き交う人々と冒険者たちの活気が満ち、露店には魔法道具やダンジョン探索用の携帯食料がずらりと並ぶ。
(おぉ……すげぇ、本当にダンジョン街って感じだな!)
アーシスは目を輝かせながら、重い荷物を背負って街を歩いた。
その隣で、シルティが小さく呟く。
「浮かれるなよ、坊や」
「坊や言うな!」
そんな軽口を交わしながら、指定された集合場所──ダンジョンのエントランス広場へと向かう。
そこに待っていたのは、中年の男だった。
ずんぐりとした体型に、手入れの行き届いていない茶色いヒゲ。見るからに「現役冒険者」というより「引退間近の町人」みたいな雰囲気である。
彼は胸を張り、のしのしと歩み寄ってきた。
「お前らが《エピック・リンク》か?俺が今日からお前らをビシバシ鍛えてやる、インストラクターのボペット=ヤンクス様だ!」
ドヤ顔で親指を突き立てるボペット。
(ビシバシって……)
アーシスたちは心の中で揃って突っ込んだ。
「まぁ……よろしくお願いします」
とりあえず無難に頭を下げるアーシス。
シルティは無言で腕を組み、アップルとマルミィはぎこちなくぺこりと頭を下げた。
「ふんふん、よしよし!素直でよろしい!」
ボペットはすっかりいい気になっている。
アーシスは苦笑しつつ、前方に視線を向けた。
◇ ◇ ◇
──彼らの前に、ついに姿を現した。
巨大な石造りの門。魔力の流れる荘厳な文様。
その奥に、底知れぬ暗闇が口を開けている。
《アンセスターダンジョン》。
悠久の時を超え、今もなお、挑戦者を待ち続ける世界最古の迷宮。
アーシスは胸の奥で、高鳴る鼓動を感じていた。
(……やってやろうじゃねぇか)
誰ともなく、仲間たちと視線を交わし、軽く頷き合う。
未知の冒険への第一歩が、今、踏み出されようとしていた──。
(つづく)




