【35】信じた正義、ぶつかる刃(前編)
冷たい雨が、静かに地面を叩いていた。
校舎裏の人気のない一角。アーシスは歩を止め、傘を差す手をわずかに傾けた。
そこにいたのは、傘もささずにうずくまる一人の少女。
制服は濡れて泥にまみれ、肩は小刻みに震えていた。
「おい、大丈夫か?」
声をかけると、少女は顔を上げた。濡れた髪の奥から覗いた瞳が、不安に揺れている。
「……ほっといてよ……」
そのまま、少女はゆっくりと立ち去っていった。
アーシスはしばらくその背中を見つめていた。
(……今の子、何か……)
名も知らぬ少女──リーナとの出会いは、そんな風に始まった。
◇ ◇ ◇
数日後の放課後。
人気のない通りの角で、数人の男が一人の少女を囲んでいた。
「やめてよっ……!」
「おいおい、期日過ぎてんだよ。払えないなら、その分、身体で——」
「……おい」
低く、鋭い声が飛んだ。
男たちが振り返ると、そこにはアーシスがいた。目には静かな怒りが灯っていた。
「弱い者いじめなんて最低だな。……お前ら、覚悟はいいか?」
「なんだとコラ……!」
次の瞬間、男たちは吹き飛ばされた。
「ぐっ……チッ、覚えてろよ!」
「おい、リーナ。期限までに払わねぇとどうなるかわかってんだろうな!」
捨て台詞を残し、男たちは去っていく。
アーシスは肩を落とす少女に歩み寄り、ハンカチを差し出した。
「大丈夫か?」
「……ありがとう。あなた……強いのね」
──静かに、リーナは語り始めた。
冒険者になるために必死だったこと。貧しい家族のために成績を落とせず、やむを得ずカンニングしたこと。そして、それを魔導カメラに撮られ、エリンという生徒に脅され、お金を巻き上げられていること。
「……もう、限界なの……」
「……お前は悪くない。間違ったかもしれないけど、脅されていい理由にはならない」
真っ直ぐなアーシスの目に、リーナは小さく頷いた。
「……でも、誰にも言わないで。お願い」
「わかった。俺が話をつけてくる。だからもう、怖がるな」
◇ ◇ ◇
その日の放課後、アーシスは難しい顔をしていた。
「どうしたの?アーシス、なんかあった?」
アップルが尋ねるが、アーシスは笑って誤魔化した。
「……いや、なんでもないさ」
そう言うと、アーシスは席を立ち、険しい表情で教室を出て行った。
「……どうしたん、でしょうね…」
マルミィも心配そうに呟いた。
◇ ◇ ◇
夕暮れ、指定された廃倉庫前。
「ここだな……」
アーシスはリーナと共に中へ入った。
そこにいたのは、一人の少女——長い黒髪を束ねた女剣士、エリン。
「あいつか?リーナ」
「……うん」
アーシスが声をかけようとしたその時──突然、エリンの前に誰かが立ちはだかった。
「!?」
「……シルティ!? なんでお前が……」
「……それは、こっちの台詞だ」
アーシスとシルティ。
互いに目を細め、無言で睨み合う。
……やがて、シルティはゆっくりとアーシスたちのほうへ歩き始めた。
「……私の用があるのはそっちの女だ。邪魔するな」
そう言ってアーシスの横を通り過ぎようとした時、
──ジャキ…
アーシスの剣が道を塞いだ。
「……どういうつもりだ…」
「……お前こそ、どういうつもりだ?」
2人の間の空気が止まる。
そして──
「あぁくそ、わけわかんねぇ!……でもこの子には手出しさせねぇぞ」
混乱した様子を隠さず、アーシスは頭を掻きむしりながら叫んだ。
──シルティも、ゆっくりと鞘から剣を引き抜き、呟く。
「……アーシス、本気か?」
「……譲れない理由がある、お前にも……きっとそうだろ?」
目と目が交錯する。
(……こんな形で、お前と刃を交えることになるとはな)
シルティは、覚悟を決めた表情で口を開く。
「ならば、戦うしかないな」
「……あぁ」
すぅ、と風が吹いた。
その流れに落ちてきた枯れ葉が、二人の間を舞い──
──瞬間、二人は同時に飛び出した。
「うぉぉぉぉ!!」
「いやぁぁぁぁっ!!」
轟く剣戟、舞い上がる土煙。
誰にも、結末は見えなかった——
(つづく)




