【218】冒険者試験編⑳ 〜アップルvsモンク〜
上級職パート──第三戦。
《白魔道士》志望のアップルに対するは、五年目の上級職──シャルビア=パール。
夕暮れのアリーナ中央。
砂塵がオレンジ色に染まり、二人の影を長く引き伸ばしていた。
……その空気を、最初に壊したのはアップルだった。
「あ、あんた、アーシスの……なんなのよ!?」
甲高い声が、コロシアムに反響する。
シャルビアは頬を緩めた。
「ふふ、知りたい?」
アップルの顔が引きつった。
審判のサーチングボディチェックを受けながら、シャルビアは穏やかな声で囁く。
「君こそ、なんなの?」
「え、わ、わたしは……っ」
とアップルが言いかけたところで、審判のホバーボードが上昇を始めた。
「──あいつ、冒険者になってたのか」
控えエリアで、アーシスは小さく呟いた。
「モンクって、もっと筋肉モリモリかと、思ってました」
華奢なシャルビアを見て、マルミィは首を傾げる。
「たしかに、モンクはそんなイメージだな」
シルティも同調。
アーシスは視線を外さないまま、そっと口を開いた。
「……あいつは、強いよ」
「試合、開始ぃ!!」
司会の声が魔導スピーカーから流れ、鐘の音がコロシアムに響き渡る。
──シャルビアは、腕に装着したガントレットをガチン、と合わせて笑った。
「じゃ、はじめよっか」
紫の影が、消える。
いや──“速すぎて見えない”。
一瞬で距離を詰めたシャルビアの突きが、空気を裂いた。
アップルは杖を盾代わりに構え、紙一重で逸らす。
だが、シャルビアの連撃が続く。
素早い身のこなしでステップを踏み、あらゆる角度から拳が叩き込まれてくる。
「っ……《シールド・フォース》!」
光の壁がアップルの周囲へ展開し、受け切れない拳を弾き返した。
シャルビアは軽くバックステップで距離を取る。
「ふふ、光の壁ねぇ……どのくらいの強度か、試してみよっかな」
シャルビアはスッと型に入り、「はっ!」と気合を発した──瞬間、身体の周囲に闘気が巻きついた。
「あれは……」
目を細めるシルティの横で、アーシスが呟いた。
「……チャクラだ」
「体内のエネルギーを活性化させて、身体能力を引き出す、モンク特有のスキルだね」
ダルウィンが静かに補足する。
「ほっ」
シャルビアは軽く地面を蹴って跳躍し、腕を振りかぶると、光の壁の中心へと拳を落とした。
「ボンッ!」
その拳は跳ね返されるも、左、右と高速の連撃をピンポイントで同じ場所へと叩き込む。
「ボンボンボンボンボンッ!」
──パリィン!
光の壁が、ガラスのように砕け散った。
「こんな感じかぁ」
「くっ……《シールド・フォース》!」
アップルは即座に光の壁を張り直す──が、瞬きの瞬間に、目の前からシャルビアが消えた──
背後から声が聞こえる。
「《壱の型》……」
気づいた時には遅く、アッパーがボディを抉り、アップルは空中に突き上げられた。
「ぐはっ……!」
──シャルビアは追い討ちをかける。
「《弍の型》!」
「《参の型》!」
コンボ攻撃が炸裂し、空中に血飛沫が舞い散った。
──ドサッ!
アップルは石床に叩きつけられる。
会場が歓声で揺れる。
誰もが"終わり"と感じた──その瞬間。
アップルは、スッと立ち上がった。
「……防御向上バフ、かけてたかぁ。素早いじゃん」
シャルビアは前髪を揺らしながら微笑んだ。
薄緑色の柔らかな光がアップルを包み、ダメージが回復していく。
「ふふ、思ったより、楽しめそうだね」
◇ ◇ ◇
夕刻のグローリーゲイト。
砂塵が舞うアリーナの中で、二人の影が火花のよつ交錯する。
「──はぁっ!」
「どうしたの?受け身ばかりじゃ勝てないよっ」
シャルビアが地面を爆ぜさせ、加速する。
固有スキル《縮地》。
一瞬で懐に飛び込んだシャルビアの右拳が、重い衝撃波を伴ってアップルの腹部を狙った。
「んっ……《プロテス》三重展開!」
アップルが叫ぶ。
周囲に幾何学模様の魔法障壁が三層重なり、シャルビアの剛拳を受け止めた。
──ガァンッ!
凄まじい衝撃音が響き、障壁がガラスのように砕け散る。
だが、その反動を利用してアップルは後方へ跳躍した。
「ただ守るだけじゃないからね!天の光よ、敵を討て──《ホーリーストライク》!」
アップルは空中で杖を振るい、上空から無数の光の槍が降り注ぐ。
「ふふ、面白い……」
シャルビアの瞳に火が灯った。
シャルビアは足を止めず、降り注ぐ光の槍の隙間を、流れるような演武で踊るように回避していく。
そして、そのまま全身の"気"を右腕に集束させた。
「私の本気、見せてあげる。奥義──《旋風・剛龍破》!」
旋回しながら放った一撃は、巨大な黄金の龍と化してアップルへ牙を剥く。
アリーナの石畳がめくれ上がり、暴風が巻き起こる。
アップルは歯を食いしばった。
「……くっ、負けられない」
胸の奥から、言葉が湧き上がる。
「私も……冒険者になって、アーシスの隣に立つんだから!」
杖を地面に突き立てる。
「《聖域》──全開放!」
純白の魔力が溢れ出し、旋回し、一本の巨大な光の柱となり、黄金の龍を正面から受け止めた。
ドゴォォォォォン!!
轟音が響き渡り、アリーナ全体が白光に包まれる。
──数秒後。
爆風が収まり、砂煙がゆっくりと晴れていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
「ふぅ……く、くくっ……」
二人は、数歩の距離で対峙していた。
シャルビアの拳は、アップルの鼻先数ミリの場所で止まっている。
一方、アップルの杖の先からは、至近距離で放たれる寸前の高密度な魔力球が、シャルビアの胸元を捉えていた。
「……あらら。完全に読み切られたわ」
シャルビアが先に拳を下げ、ふっと肩の力を抜いた。
「いいえ……私の魔法も、拳に押し負けて霧散するとこだった。……あと一秒続いていたら、私の負けです」
アップルも杖を下ろし、その場に膝をついた。
ローブは泥に汚れ、額からは汗が流れているが、その表情は晴れやかだった。
「んーー!」
シャルビアは大きく伸びをすると、にこやかな笑顔を見せた。
「君、十分に冒険者レベルだよっ」
「えっ……」
目を丸くするアップルへ、シャルビアは手を差し伸べた。
「これは、冒険者としての実力があるかを測る試験でしょ?だからもういいよね」
そう言うと、シャルビアは大きく息を吸い込み、会場全体に響き渡るほどの大声で叫んだ。
「"引き分け"ってことで終わるから!いいよね、Gちゃん!!」
最高責任者を“ちゃん付け”──。
会場がどよめく。
上階ギルド席の影で、
「くくく……」
男の笑い声が漏れる。
「……あのバカ」
G=フュールーズは、頭を赤く染めていた。
◇ ◇ ◇
アリーナ中央で、手を取り合う二つの影。
沈みゆく太陽が、互いの実力を認め合った二人を、等しく黄金色に照らし出している。
「試合終了──引き分けぇぇ!!」
司会の声が走り、鐘の音がコロシアム全体に響き渡った。
(つづく)




