【217】冒険者試験編⑲ 〜謎の女〜
「やったなマルミィ!!」
「ちょっと!すごすぎだよっ!」
控えエリアへ戻ったマルミィのもとへ、アーシスとアップルが駆け寄る。
「え、えへへ……」
マルミィは少し照れたように頬を桃色に染めた。
次の瞬間、学生たちの歓声が一斉に押し寄せる。
控えエリアは祝福の渦に包まれ、マルミィはあっという間に囲まれていった。
◇ ◇ ◇
ざわざわ……。
上級職パート二戦を終え、観客席は落ち着きを失っていた。
「おいおい……。学生が二連勝しちまったぞ」
「しかも、今の子の魔法、やばすぎじゃね!?」
「今年のウィンドホルム、レベル高すぎるぞ」
「まさか、このまま全勝ってことは……いやないない!さすがにないか」
誰もがそう言いながら、否定しきれない雰囲気が漂っている。
──上階のギルド席。
「……ふむ」
G=フュールーズは顎髭を撫で、静かにキセルを咥える。
「これまた、規格外だねこれは。むしゃむしゃ……」
背後の影から、イカ焼きの匂いを漂わせながら男が呟いた。
「……闇堕ちしないといいけどね」
Gはギロリと影を睨み返す。
「ふん、援護でもないことを言うな」
──観客席の最上部に設置されている巨大な魔導掲示板。
その上部──人が登れるような場所ではないその片隅に、ちょこん、と腰掛ける影。
「ふふ……相変わらず、すごい魔力量ですね」
綺麗な白銀の髪を風になびかせ、ディスティニー=ローズは満足そうに微笑んだ。
◇ ◇ ◇
控えエリア。
ゲート前に立つアップルは、頬をぷくっと膨らませていた。
「ちょっとアーシス!私には何にもないの!?手、手を握るとか!?」
「あん?だってお前、緊張してないじゃん」
アーシスは頭の後ろで手を組み、あくびをひとつ。
その時。
「ふふ、相変わらず騒がしいな」
背後から、聞き慣れた声。
振り向いた先には、赤髪の剣士の姿。
「シルティ!!」
頬には大きなガーゼ。
腕には包帯を巻き、三角巾で吊っている。
「だ、大丈夫なのか……?」
その姿を見て、アーシスは心配そうに声をかける。
「ああ、さすがギルドの上級治癒師だよ。すぐ全快するってさ」
シルティは小さく微笑んだ。
「よ、よかった、です」
「ほんと!もー死んだかと思って線香買いに行くとこだったよ!」
「おい……」
マルミィ、アップル、シルティ。
いつもの騒がしい空気が戻り、控えエリアが明るくなる。
──その時。
ムギュ。
背後からアーシスの頬をつまむ細い指。
エピック・リンクの四人は一斉に振り向いた。
──そこにいたのは、気だるそうな華奢な女性。
夜を溶かし込んだような深い紫の髪は、肩のラインで潔く切り揃えられ、首筋の白さを鮮やかに際立たせている。
重めに下ろされた前髪の隙間から覗くのは、透き通るようなエメラルドグリーンの瞳。
首元には、黒いチョーカーが華奢な喉元を守る鎖のように、ぴったりと巻かれていた。
「ねぇ〜、トイレどこぉ?」
女性は頬を微かに染めながら、首を傾げる。
「げっ、なんでお前、ここにいんだよ!」
アーシスは目を丸くして声を荒げた。
「"げ"、てなによ〜、久しぶりに会ったってのに〜」
女性はアーシスのほっぺをぷにぷにと弄ぶ。
「???」
目を見合わせるアップルたち。
じゃれつく女性にアーシスは特に抵抗せず。
恐る恐るアップルが口を開いた。
「……あの、アーシスとお知り合いですか?」
女性はアーシスの腕に絡みつき、にこっと笑う。
「ふふ、お尻もなにも、全身見せ合った仲だよっ」
「!!?」
アップル、マルミィ、シルティに雷が落ちた。
「ちょ、変なこと言うなよ!」
慌てるアーシスをよそに、女性は首を傾げる。
「だって、ホントのことでしょ?」
再び雷が落ちる。
「……やばっ、漏れちゃう。アーシス、また後でね!」
そう言うと、女性はアーシスの頬にちゅっ、と軽く口付けして、パタパタと走り去っていった。
特大の雷が落ちる。
「おい、アップル、時間だぞ」
黒焦げ状態のアップルに、パブロフが声をかける。
「ん?お前、大丈夫か……?」
◇ ◇ ◇
アリーナ中央。
アップル一人だけが、ふらふらと揺れながら心ここにあらずの状態で立っている。
「──アップルの相手は……まだか?」
控えエリアのアーシスが呟いた。
隣にはモヤっとした表情のマルミィ、シルティが並んでいる。
──今は大事なアップルの試合。
さすがにさっきの女性のことを聞ける空気ではなかった。
「遅い、ですね」
マルミィが小さく呟いた時、アリーナに対戦相手が駆け込んでくる。
「えへへ、すいませ〜ん。トイレ行ってて遅れました〜」
悪びれのない笑顔を見せる対戦相手を見て、アップルは目を見開いた。
「あ、あんた……」
「どもども〜」
そこに現れたのは──先ほどの紫髪の女性だった。
(つづく)




