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【216】冒険者試験編⑱ 〜天才〜


 シラ=トリは、ふっと前髪を吹き上げると、不敵に口角を吊り上げた。


「ふふっ。同じ技を魅せるのも味気ない。特別だ!さらに速度を上げた《奥義》を魅せてやる!」

 ズキュン!とポーズを決めるシラ=トリ。


「キャ〜、シラ様〜!」

 スタンドの親衛隊からこげ茶色の歓声が飛ぶ。


「悪いが、この一撃で終わらせてもらうよ。……そろそろシャワーの時間なんでね!!」

 シラ=トリが地を蹴った瞬間、戦場に場違いな『音楽』が鳴り響いた。


 重厚な斧を羽のように軽く操り、シラ=トリは爪先立ちで回転を開始する。

 ──バレエの極致、三十二回転グラン・フェッテ


 一回転ごとに、魔力が漆黒の羽へと変じ、荒れ狂う旋風となってマルミィを包囲していった。


「はっ……速い……!!」

 観客席がどよめく。


 マルミィは立ち尽くし、ただその様子をじっくりと見ていた。


「どうしたー!手も足も出ないか?小娘、ふははは!」

 シラ=トリは笑いながら、さらに加速、加速、加速。

 遠心力を全てその身に溜め込み、漆黒の旋回が最高潮に達する。

 ──その瞬間。

 ピタリ、と。

 世界から音が消えた。


 シラ=トリは立ち尽くすマルミィの懐へと滑り込んでいた。

 まるで愛しいパートナーを求めるように距離を詰め、背に隠していた斧を解放する。


「──《ブラックスワン・ディザスター》!!」

 溜め込まれた全旋回エネルギーが、ゼロ距離で爆発する──はずだった。


「《グラビティ・フィールド》」

 マルミィの小さな呟きに白銀のロッドが反応──シラ=トリの足元に微かな歪みが生じた──途端、体が鉛のように重くなる。

「ぐはっ!!こ、これは……」


 踏ん張る脚が沈む。

 斧の軌道が、地面へ叩き落とされる。

 そして、その勢いのまま、身体も地面へと沈んだ。


 地面に伏せったまま、シラ=トリは叫び声をあげる。

「くそ!こんな時に一昨日のトレーニングの筋肉痛が来るとは!!」


 ──静まり返るコロシアムに、シラ=トリの声だけが響き渡った。


 マルミィは、ふぅ、と小さく息を吐き、ロッドを高く掲げる。

「……わたしも、ちょっと、試させてもらいます」


 ドオッ!!

 ロッドから放たれた魔力が渦を巻き、マルミィを中心に巻き上がる。

 空気が震え、コロシアム全体が、圧倒的な魔力に包まれる。


「なんだ、何をする気だぁ!手品か!?」

 地面に頬をつけたまま、シラ=トリが叫ぶ。


「……安心してください、手加減、します」

 マルミィは目を閉じ、小さな声で詠唱。

 ロッド先端の宝玉が、黒紫に灯る。


 そして、ぱちりと目を開いた。

「《メテオ・ストライク》」


 マルミィが静かに告げると、上空の一点が、暗く沈んだ。

 ──空から、巨大な“隕石”が出現する。


「おいおい、またかぁぁ!?」

「きゃ〜!!」

 会場から悲鳴が上がる。

 さっきの悪夢が蘇る。


 だが、その隕石は"無差別"ではなく、落下点は“一点”に絞られていた。

 ──狙いは、地に伏したシラ=トリただ一人。


 シラ=トリは、白目を剥きながら、弱々しく前髪を吹き上げた。


 ドォォォォンッ!!


 大きな衝撃と共に土煙が舞い上がる。

 修復したばかりの石床が再びえぐれ、瓦礫の雨が振る


 マルミィは袖で口元を覆いながら、静かに呟いた。

「……わたしにも、出来ました」



 ──土煙が晴れる。

 そこにはあったのは──完璧にノックアウトされたシラ=トリの姿。


 綺麗に、仰向け。

 前髪だけが、やけに無傷で揺れている。


「しょ、勝者──マルミィ=メルミィ!」


 司会の声がこだまする。

 観客が呆然とする中、マルミィはひょこっと一礼し、踵を返した。



 ──控えエリアの片隅。

「おいおい……」

 パブロフは、信じられないものを見る目でアリーナを見つめていた。

「さっきの魔導書グリモワールによる《メテオ》を……即席でやってのけたってのかよ……」



「す、すごい……いったい何者なんだ、あの子は」

 客席を警備するギルド魔導士が目を丸くしていると、背後から冷たい声が飛んだ。


「はぁ?あんたギルドの人間なのに知らないとか、もぐり?」

 振り向くと、そこには腕を組む魔法少女──モモラシアン=エンドゲームの姿。


 胸を張って、言い放つ。

「あの子は十年に一度の天才魔術師。……そして、私の親友よ!!」


(つづく) 


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