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【215】冒険者試験編⑰ 〜ナルシスの花 マルミィvs戦士〜


 グローリーゲイト中央に浮かぶ巨大モニターには、「しばらくお待ちください」の文字が映し出されていた。


 アリーナでは、次々と降り立ったギルド所属の土木系魔術師たちが、破壊された石床を急速修復している。



 ──控えエリア。

 ゲート前に立つマルミィは、珍しく顔色が悪かった。

 どんよりとした影を背負い、両手を胸の前で握りしめている。


 パシッ。

 ふいにアーシスは、マルミィの手を取った。

「緊張してんのか?マルミィ」

「えっ……」

 マルミィの頬が、わずかに桃色に染まる。

 

「よし! 俺が緊張を解いてやる」

 アーシスは人差し指を立てると、マルミィの掌に素早く文字を書き始めた。

「こーやって、こーやって、こーやって……よし!」

 満足そうに頷く。


「“人”って字を三回書いたぞ。ほれ、飲み込め!」

 アーシスはマルミィの手を口元へと運ぶ──すると、横からひょこっと顔を出したアップルがじとっと呟いた。

「いやあんた、"人"じゃなくて"入"って字、書いてたよ」


「え!?人と入るって、同じ字じゃないのか!?」

 目を丸くして驚くアーシスに、目を丸くしてアップルが突っ込む。

「いや、そこ!?」


 くすくす……。

 小さな笑い声。

 マルミィは、ようやく表情を緩めた。


「ありがとう、アーシスくん。緊張、解けました!」

 曇りが消え、マルミィは小さな手をグッと握りしめる。


「マルミィ、そろそろ行くぞ」


 パブロフの呼び声に、マルミィはハッキリとした声で答えた。


「はい!」



   ◇ ◇ ◇


 綺麗な夕焼け空がグローリーゲイトを包む。


 即席修復とは思えないほど整えられたアリーナに、司会に呼び込まれた二人が姿を現す。


 上級職パート──第二戦。


 《賢者》志望のマルミィに対するは、三年目の上級職《戦士》──シラ=トリ。


 黄金色のチェーンメイルに身を包み、背中には巨大なアックスを背負っている。


 シラ=トリは片目が隠れるように垂らした前髪を、ふっと吹き上げた。

「ふっ……小娘。知りたそうな顔をしているから教えてやろう。……俺はわずか二年で上級職《戦士》になった天才、シラ=トリ!……ふっ」


 ビシッ!

 シラ=トリは目を閉じ、ポーズを決める。


「キャー!シラ様ー!」

 スタンド最前列。

 《シラ様大好き》と書かれたうちわを振る、ハッピ姿の女性たち。



「──なんだありゃ」

 上段席でガイラがロングポテトを咥えながら呟く。

「推し活ってやつじゃない?」

 ティアニーはあくびまじりに答えた。

「ふーん……どうでもいいけど、おばはんしかいないな」



 ──スタンドから届く茶色よりの黄色い声援に手を振り返すと、シラ=トリは前髪をかき上げた。


「ふっ、小娘。物欲しそうな顔をするな。……お前も親衛隊に入れてやっても、いいぞ」

 ウインクしながら華麗に手をかざすシラ=トリ。


「キャー!!」

 スタンドのおばさま達が騒ぎ立てる。


「…………いえ、結構です」

 無表情のまま、マルミィは静かに答えた。


「ふっ、照れているのか」

 シラ=トリは、ふっと前髪を吹き上げると、背中の斧を抜き。くるっと一回転。


「ふふ……小娘。この俺様の華麗な斧捌き、瞬きせずに目に焼き付けておくんだな。……なに、怖くて目を瞑るか?安心しろ、すぐに終わる」

 シラ=トリは、ふっと前髪を吹き上げた。

 


 ──控え席で、しらけた表情のアップルが呟く。

「ナルシスト……かな」


 ふと、隣でアリーナを見つめていたアーシスが"何かが足りていない"──違和感に気づいた。

「あれっ!?……マルミィ、杖持ってないぞ!」


 アーシスの頬を冷や汗が流れる。

「そういや、今日ずっと持ってなかったな。……ここに来て、マルミィの天然が出ちまったか!?……ど、どうする……」


 あわてるアーシスを見ながら、アップルはにやっと笑った。

「まぁまぁ、見てなよアーシス」



 ──アリーナの中央。

 マルミィはすっと上空へ手を伸ばす。

 すると、空間が歪み、時空のうねりが生まれた──マルミィは迷わず手を入れると、そこから白銀に輝くロングロッドを取り出した。


「なっ……!?」

 アーシスは大きく目を見張る。

 

「あの杖、長いでしょ?常に持ち歩くのは大変ってことで、異次元収納魔法を編み出したんだって」

 アップルは嬉しそうにアーシスの顔を覗き込んだ。


 ──会場は、今日一番のどよめきに包まれた。

 ギルド、王国軍兵士、冒険者──それぞれの魔術師たちの顔が揃って凍りつく。


「……おいおい、見たことないぞ、あんな魔法」

 呆然と口を開くパブロフのこめかみを、汗が通過した。


「ふふ、そして、あの杖も"スチールフォージ工房特製"ってわけ!」

 アップルは得意げに人差し指を掲げた。



   ◇ ◇ ◇


 さらっ。

 シラ=トリは、前髪をかき上げ、口元を緩めた。

「……ふっ。手品か」


 ビシッ!!

 シラ=トリはマルミィを指差す。

「そんなことでは、俺の気は引けないが、努力は認めよう!」

 そして、シラ=トリは、ふっと前髪を吹き上げた。


「……はぁ」

 大きな三角帽子をちょこんと頭に乗せたマルミィは、ただ静かに杖を構えている。


「……君、そろそろはじめるよ」

 初老の審判が静かに口を開いた。


「オー!これはウォンチュッチュ!レリビなう!」

 シラ=トリはくるっとまわって斧を構える。


「…………」

 審判は無言のままホバーボートを上昇させた。


「し、試合、開始ぃ!!」

 司会の声と鐘の音がコロシアムに響き渡る。


 合図と同時にシラ=トリは駆け出した。

 愛斧を頭上高くに掲げ、自慢の肉体美を観客に見せつけるように優雅に、かつ力強く振りまわす。


「《スワンレイク》!!」

 流れるような動作で、まるで無数の白鳥が水面を滑るように、マルミィの周囲を高速で旋回する。

 斧が風を切り裂く。

 優雅な舞の軌跡が空中に描かれる。



「──斧であんな動き、見たことない」

 控え席でアップルは驚きの表情を見せる。

「ああ……実力は、あるな」

 アーシスも真剣な眼差しを向けた。



 風を絡ませた斧撃破がマルミィに襲いかかる。

 ──その瞬間。


「……《ウィンド・ウォール》」

 マルミィが呟いた言葉とともに、シラ=トリと斧の間に目に見えない透明な壁が出現する。

 渾身の一撃は、まるで柔らかなクッションにぶつかったかのように勢いを殺され、弾き返された。


「ぐっ……ととっ」

 体勢を崩したシラ=トリは、なんとか踏みとどまる。


「ふっ、偶然吹いた風に助けられたか。……運が良かったな、小娘!」

 シラ=トリはビシッとポーズを決め、ふっと前髪を吹き上げた。


「……運、ですか」

 マルミィは感情の乗らない声で呟き、首を傾げる。


「もう一度だ!次は避けられると思うなよ!」

 シラ=トリはマルミィを指差し、前髪をかき上げた。


「キャー!シラ様ー!」

 親衛隊が茶色い歓声を飛ばす。



「──マルミィなら、心配するまでもなかったか」

 ふっと息を吐き、アーシスは静かに微笑んだ。


(つづく)


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