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【214】冒険者試験編⑯ 〜灼熱のグローリーゲイト〜


 ギルドの魔道警備隊が慌ただしく走り出し、アリーナ外周を一気に包囲した。


 隊員たちは配置につくと同時に詠唱を開始する。

 ──緑色の光の粒子が駆け回り、観客席を覆うように、幾重もの結界が張り巡らされていく。


 グローリーゲイト全体が、異様な緊張に飲み込まれた。

 魔導書グリモワールの存在を知る者たちは、言葉を失って息を呑む。

 その名を知らぬ一般客は、ただ理由もわからぬ不安にざわめくばかりだった。


 ──控えエリアでは、左腕を天へ突き上げたパブロフが、巨大な《シールドウォール》を生徒たちの前に展開。

「お前ら、ここから出るなよ!」

 張り詰めた声が空気を震わせる。


 生徒たちの間に、目に見えない緊張が走った。

 アーシスは無意識に唾を飲み込み、視線をアリーナへ向ける。

「……シルティ」


 ──アリーナ中央。

 ジョルノの魔力が、魔導書グリモワールを媒介として杖へと注ぎ込まれていく。


 宙に浮かび上がった黒と紫の文字列が、渦を描くように杖の宝玉を巡り──次の瞬間、吸い込まれるように消えた。


 詠唱、完了。


 宝玉の内部は、底知れぬ赤黒の渦。

 無重力の深淵のように蠢き、時折、魔力同士が摩擦して火花を散らす。


 ジョルノが、低く、重く告げた。

「……最初に言っておく。ギブアップするなら今のうちだぞ」


 その言葉に込められたのは忠告ではない。

 ──通告だった。


 だが、シルティは歯を食いしばり、睨み返す。

「……誰が!」

 汗が頬を伝う。

 それでも、盾を握る手は緩まない。


 ジョルノは小さなため息をついた。

「やれやれ……そうやって死んでいったルーキーを、何人見てきたか……」


 そして、杖を天へ掲げ、低く呟く。

「……だが、それも道理、か」


 杖を握る手に力が入った。


「──死ね」


 その言葉を合図に、赤黒の魔力が宝玉から噴き出し、轟音と共に天へと昇る。


 暴風。

 砂塵が巻き上がり、アリーナ全体を揺さぶった。


 シルティは即座に白銀シールドを地面へ突き立て、身を沈める。


 観客席から悲鳴混じりのどよめきが上がる中、ジョルノは愉悦の笑みを浮かべた。


「──《メテオ》」


 ……ゴゴゴゴゴゴゴ。

 地鳴りのような振動が、コロシアム全体を揺らす。


「な、なんだあれぇ!?」

 上空を見上げていた一人の観客が叫び声を上げた。

 その声につられ、観客たちが空を仰いだ次の瞬間──無数の隕石が、夕闇を裂いて降り注いだ。


 ──地形すら書き換える広範囲殲滅魔法メテオ


 ズドドドドドォォッ!!

 高速落下する隕石が、次々とアリーナを叩き潰す。

 一瞬で、あたりは火と瓦礫の海と化した。


「シルティィッ!!」

 アーシスの叫びが、結界に反響する。


 落下は止まず、瓦礫と炎が激しく踊る中、それでもシルティは盾を構え続けていた。

 巨大モンスターに突進されたような衝撃を何度も受けながらも、耐える。


 掌が裂け、血が滲む。

 身体中に瓦礫が叩きつけられ、灼熱が肌を焼く。

 ──それでもシルティは、盾を離さない。


「死ぃねええぇぇぇ!!」

 ジョルノが目を剥き叫び声をあげた瞬間、これまでとは比べ物にならない、巨大な隕石が出現した。


「シルティ、逃げろ──」

 アーシスの声と同時に、轟音を上げて隕石はアリーナへと落下。


 ──そして。

 長く続いた隕石の雨が、ようやく止んだ。


 砕けた地面。

 揺らめく炎と、立ち昇る煙。

 ──アリーナは、戦場跡の遺跡のように変わり果てていた。


 だが、アリーナの中心に立つジョルノの表情は、先ほどまでとは違っていた。

 一筋の汗が流れる。


「……な、なんなんだお前は」

 驚愕の表情。

 ジョルノの目線の先には、焦げた盾を構えたまま、なお立ち続ける剣士の姿。


「私……?」


 ガシャ……。

 ゆっくりと盾を外し、満身創痍の身体でシルティは立ち上がった。


「私は、ただの落ちこぼれ剣士だよ。……越えなければいけない存在がいる。……追いつかなければいけない仲間がいる」


 煤と血に塗れた顔。

 その瞳には、消えぬ炎。


「……ただそれだけだ」


(くそ、物理魔法は通じない……。メテオで魔力も切れかかっている……)

 ジョルノははじめて"焦り"を覚えていた。


 ──ジャリ。

 ついにシルティは、剣の間合いへと足を踏み込む。

 その瞬間。


「待て待て待て!」

 ジョルノは杖をぽいっと放り投げ、肩をすくめた。


「お前がすごいのはよくわかったよ。この試合は殺し合いじゃない、内容が重要なんだ。もういいだろ?」


 シルティが呆気に取られた──その瞬間。

 ジョルノの目が、赤く光る。

「なんてな!《マインドブラスト》!」


 赤色の魔力が放たれ、シルティの視界を侵食する。

 黒目が、赤い渦に覆われた。


「はーっはっは!油断したな!やれやれ、手間かけさせやがって」

 ジョルノは笑いながらゆっくりとシルティに近づく。


「くく、これは精神に直接干渉する魔法だ。いくら物理に強くても、無意味なんだよ!」

 崩れ切った笑顔で、ジョルノはシルティの顎を掴んだ──その瞬間、


 バチィン!!

 顔に衝撃。

 乾いた音と共にジョルノは横へと吹き飛ぶ。


 倒れ込んだジョルノは何が起こったかわからない。

 見上げた先には、平手を上げているシルティの姿。


「な、な、な……」

 ジョルノは赤く腫れ上がる頬を手で押さえながらシルティの目を覗く、と、瞳から赤い渦が薄れ、消えていった。


「そ、そんは馬鹿な!精神魔法が消えだと!?」


「……知らなかったのか?精神攻撃なんてのは、信念がしっかりしていれば効かないんだよ」

 シルティの静かな声が空気を伝う。


「……!?」


 シルティはゆっくりと剣を握り直し、構え、そして踏み込んだ。


「《残影連牙》!!」

 残像すら置き去りにする連撃。


 ──ズシャア!!

 一瞬の静止。

 次の瞬間、ジョルノの身体中から血が噴き上がる。


 そして──

 ドサッ。

 ジョルノは地面に倒れ伏した。




 審判が駆け寄り、大きく手を振る。

「勝者──シルティ=グレッチィィ!!」


 司会の声が響く。

 コロシアムは歓声、どよめき、そして理解が追いつかないざわめきで大きく揺れた。


「……なんてこった」

 パブロフは頬を緩ませながら、魔導タバコに火をつける。


 アリーナ中央に一人立ち尽くす、勝者シルティ──その表情から、精気が抜け落ちた。

 小さく揺れ、その身体が崩れかけた瞬間、


 ──ギュッ。

 誰かがシルティの身体を受け止めた。


 薄く目を開き、わずかに視界に入ったのは──アーシスの微笑み。

「シルティ、よくやったな」



   ◇ ◇ ◇


 救護班がアリーナに駆け込み、二人を運んでいく。

 客席は騒然としていた。


「おいおい、ほんとに誕生しちまったよ……"エリート上級冒険者"がよ」

「上位職パートって、一瞬でやられて終わるもんじゃないの?」

「ああ、いつもはそうだ」

「……これは、とんでもないことだぞ」



 ──上階のギルド席。

 無言でアリーナを見つめるG=フュールーズの背後の影から、低い声が聞こえる。


「いやぁ、なかなかいい剣士だね、アーシスのお友達は」


「……ふん、来とったんか」

 Gは振り返らず、キセルをくゆらせた。



   ◇ ◇ ◇


「お、おおお……」

 観客席では、一人の中年が震えていた。

「ぃよっしゃぁ!!」

 賭け券を握りしめ、ガッツポーズを決めたのはバペット。



「なんだあそこ、騒がしいな」

 少し離れた席から、ガイラ達先輩3人集がバペットを眺める。


「しかし、マジで勝っちまうとはな」

 息を吐きながらガイラは笑みを浮かべた。

「ふふ、とんでもない後輩を持ったもんね」

 ティアニーとピーピアも嬉しそうに微笑みを見せる。



 ──スタンド3階席の最前列では、ガシャン、と音を立て、フルプレートアーマーの戦士がアリーナを見下ろしていた。


「あの子も、強くなったなぁ」

 機械音で小さく呟いたのはダークデンジャー。


「ちょっと!そこ、邪魔で見えないんだけど!」

 背後の客からクレームを受けたのはダークデンジャー。


 こうして── 大方の予想を覆し、上級職パート第1戦は、シルティ勝利で幕を閉じたのであった。


(つづく)


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