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【212】冒険者試験編⑭ 〜上位職、開幕前〜


「皆の者ーッ!興奮冷めやらぬコロシアムにスペシャルゲストが登場だ!海の恵み、巨大魚よ──カモォン!!」

 土煙が少し落ち着いた闘技場に、場内アナウンスが響き渡った。


 どよめきとともに、アリーナ中央の地面がゆっくりと開く。

 冷気を帯びた魔術陣が展開し、巨大な台座がせり上がった。

 そこに横たわるのは、まるで船一隻分ほどもある銀鱗の巨魚。

 観客の息が止まる。

「おおっ、なんだありゃ……!?」

「でけぇ……!」


 次の瞬間、日焼けした男が飛び出した。

 年季の入ったねじり鉢巻、筋骨隆々の腕、そして両手の“魔改造包丁”。

 男は観客へガッと親指を立てる。

「よっしゃ、お待たせさん!解体師ギンの巨大魚解体ショー、いっちょやりまっせ!!」


 包丁がカチンと鳴る。

 それは、まるで剣士が抜刀する音のようだった。

「スキル発動──《急所感知プレデターズ・アイ》!」

 ギンの瞳が光を帯び、魚体に青白い線が浮かび上がる。

 解体の“正解ルート”だ。


「まずはここ、脂の乗った“大トロ”!ほいっ!」

 包丁が閃き、厚い皮を音もなく裂く。

 現れたのは、宝石のように輝くピンクの身。

 観客席が一斉に沸く。

「おおーっ!!」


「次は背中、“赤身”!さっぱりしてて、なんぼでも食えるぞ!」

 ギンはリズムよく包丁を操り、軽妙なトークで会場を掌握する。

 鮮やかな手さばき、血臭ひとつない舞台。

 まるで魔法と芸術が融合したショーだった。


 ──わずか数分後。

 かつての巨大魚は、美しいブロック肉へと姿を変えていた。

 ギンは額の汗をぬぐい、観客へ深々と頭を下げる。

「っしゃあ、解体完了!このあと、アリーナ出口の屋台で“海鮮丼”売ってるんでよろしくな!──早い者勝ちだぜぇ!」


 会場からはパチパチと拍手が湧き、場内アナウンスが柔らかく響く。

「はいー、ギンさん、ありがとうごさいましたぁ。それでは皆さま、引き続き休憩時間をお楽しみくださいー」


 ──最終試験のバトルは、すでに8割が終わり、会場は休憩時間に入っていた。


 フードコーナーに連なる屋台には、長蛇の列がそこかしこに出来ている。

 観客たちは思い思いに食を楽しんでいた。

 湯気の立つ麺、焼き串、海鮮丼。

 空には香ばしい煙が漂い、アリーナには若手バンドの軽快なリズムが流れる。

 ヤジと笑い声が交錯し、熱狂の街のような賑わいだ。


 ──ここまでの勝敗は、五分。


 プティットは斧術士に勝利。

 パットは弓使いを制し、観客たちは学生陣営の健闘に驚きを隠せなかった。



   ◇ ◇ ◇


 客席の一角。


 ズルルルっと麺をすする大柄な男が、隣の連れに声をかける。

「今年のウィンドホルム、やるじゃねぇか」

「やるどころか、快挙だろ。こんなに冒険者が負ける年、あったか?」

「……たしかに、初めて見るな」

 二人は笑い合うが、やがて手元のスケジュールを見て顔をしかめた。


「……ま、ここからは、アレだな」

「ああ、流石にな」


 スケジュールに書かれた文字は──《上位職パート》。


「上位職に挑むってのも、久しぶりに見るな」

「……しかも今日は、四人もいるぞ」

「ったく。……イキがるのもいいけど、見てる方もつまんなくなるからな」

「ま、せいぜい洗礼を受けてもらおうや」

「はっはっ。でもまぁ、儲けさせてもらうけどな」


 男はにやりと笑い、賭け券を掲げる。

 すると背後から、太い声がかかった。


「なんだおっさん、負け券買ったのか?」

「当たり前めぇだろ!」


 振り返ると、そこに立つのは肩幅の広い冒険者。

 おわ、とびっくりする男に、冒険者は屈託のない笑顔で笑いかける。

「そっかそっか、ごっそさん!」


「??ごっそさん?」

 麺をすする男が戸惑っていると、


「あ、いたいた、ガイラ!」

 後ろから羽帽子を被った細身青年が呼びかける。隣には、サングラスをかけたピンクの巻き髪の少女。


「おうっ」

 振り返った体格の良い冒険者の名は──ガイラ=ジンクス。

 合流したのはピーピアとティアニー、育成学校の卒業生でアーシスたちの先輩だ。


 ガイラたちは近くの空いた席にドサッと腰を下ろし、目を細めた。

「しかし、上位職に挑むとは、相変わらず面白いヤツだぜ、アーシスは!」

「ほんと、面白くなりそうね」

 先輩たちは懐かしげに、そして、嬉しそうに笑った。



   ◇ ◇ ◇


「あー、あー、それではまもなく!後半戦──"上位職パート"開幕です!みなさま、お席にお戻りください」

 司会の明るい声が魔導スピーカーを通じて会場に響く。


「ここまでの戦績はなんと五分!!候補生が強いのか、冒険者が弱いのか!?……いずれにせよ、過去に類を見ない熱戦となっております!

 ……しかし、ここからは話が違います。みなさんご存知の通り、学生に対するは"上位職冒険者"!!大人と子供のような戦いになりますが、どうかみなさん、帰らないでください!!美味しい屋台飯でなんとか最後までどうぞ、お残りください!すぐ終わるんでっ」

 司会のまくし立てに会場から笑いが起きる。


「ちっ……」

 控えエリアで聞いていたアーシスは、拳を握りしめた。

 苛立ちがこめかみに浮かぶ。


 隣でシルティがすっと立ち上がった。

 表情は冷静、声は静か。


「……心配するな。──黙らせてくる」


 空気が一瞬で張り詰める。


 ──上位職パート、初戦。

 出陣するのは、シルティ・グレッチ。


 パブロフは遠くから腕を組んで見つめていた。

 その瞳には、炎のような信頼が宿っている。

(厳しい戦いだが、お前らなら……な)



   ◇ ◇ ◇


 上階、ギルド席。

 長椅子に深く腰掛ける老人が、ゆるりとキセルをくゆらせる。


 G=フュールーズ。

 立ちのぼる煙を見つめ、低く呟いた。


「さて、お前の成長を見せてもらうぞ……アーシス」


 銀色の煙が、天井へと昇っていく。

 その先に、光と闘志のぶつかり合う舞台が広がっていた。


 いよいよ、上位職との戦いが始まる。


(つづく)


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