【211】冒険者試験編⑬ 〜ダルウィンvs魔術師〜
コロシアムはまだ、歓声とざわめきに満ちていた。
砂煙が晴れても、観客の興奮は止まらない。
倒れたまま動かないナップルのもとへ、救助隊のホバーボートが滑り込む。
係員たちが慌ただしく魔法診断を始めるなか、控えエリアの若者たちは固唾を呑んでいた。
「ど、どういうこと??」
アーシスは理解が追いつかず、首を傾げる。
「──体内の《気》の流れを、逆流させた、です」
マルミィが呟いた。
「逆流……??」
いまいちピンと来ていないアーシスの背後から、パブロフの低い声が落ちる。
「相手は《気》のエネルギーを操る特技を持っていた。……ナーベはその《気》の流れを解析し、逆に利用したってわけだ」
魔導タバコの煙がふわりと上がり、パブロフはアーシスの頭をぽん、と叩いた。
「で、でも、どうやって??」
パブロフは、ふぅ……と煙を吐く。
「……相手のラッシュをわざと受けながら、薄いマナをアリーナ全体に張り巡らせ、準備が完了したところで相手を煽って《気》を使わせ、そこに一気にマナを入れ込んでコントロールしたってわけだ。……ったく、あいつも学生レベルじゃねぇな」
◇ ◇ ◇
観客席も、まだ興奮冷めやらぬ空気に包まれていた。
「あの子、けっこうかわいかったな」
「ああ、見た目いいと、どっかのクランが誘うかもな」
ふぅ……と息を吐くボペットの耳には、そんな会話も聞こえてきた。
──ゲートを抜け、ナーベがゆっくりと戻ってくる。
観客の喝采が背中を押すように降り注いでいた。
「やったな、ナーベ!」
アーシスが親指を立てる。
ナーベの頬が、うっすらと桃色に染まった。
「いえ、その……アーシスの声、届いてました」
ごにょ。
アップルたちも駆け寄り、ナーベを囲む。
「ちょっと、すごすぎなんだが!」
「や、やりましたね!」
「これで、流れが変わるかもな。ほれ、リンゴ」
控えエリアの空気が一気に明るくなり、笑顔が溢れた。
だが、そんな空気の中で──一人の剣士が静かに立ち上がる。
「……次は、あなたの番ですね、ダルウィン」
ナーベの声に、ダルウィンは目を閉じ、短く答えた。
「……ああ」
◇ ◇ ◇
巨大なコロシアムが熱狂的な歓声に包まれる中、アリーナの中央で相対する冒険者候補と冒険者。
真新しい銀色の鎧に身を包んだダルウィンに対するは、使い古されたローブをひるがえす、三年目の魔術師ローロー。
「ふーん、正統派か。俺の嫌いなタイプだ」
ローローは挑発するようにニヤリと笑った。
その態度は、彼のキャリアと同様に擦れて見えた。
開始の鐘が鳴ると同時に、ローローは即座に後方へ跳び、ダルウィンとの距離を稼ぐ。
「《ファイア・ボルチベス》!」
掌から放たれた複数の火球が、一直線にダルウィンを襲う。
ダルウィンは冷静だった。
紙一重で火球を回避し、次いで飛んできた炎を愛剣で正確に切り裂いて無力化する。
「ちぃっ……」
ローローは苛立ちを隠さず、次の詠唱に移った。
距離を取り続け、嫌らしい角度から炎を撃ち込む。
対するダルウィンは、堅実な剣技でそれらを捌き続けるが、なかなか間合いを詰めることができない。
「くくく、どうした剣士!手も足もでないか!?」
ローローのいやらしい笑いがアリーナに響く。
魔術師の嫌味に、控え席の生徒たちにも苛立ちが募る。
──だが、ダルウィンの目は揺れない。
落ち着き、静かに剣を構え直した。
「あん?」
ローローの眉が動く。
「《トリプルブルーム》!!」
ダルウィンは剣を大きく横に三度、振り抜いた。
──三日月型の衝撃波が三枚、弧を描きながら高速でローロー目掛けて飛んでいく。
「くそっ、飛び道具あるのかよ!?」
ローローは慌てて防御魔法陣を展開するが、衝撃波はそれを容易く打ち破り、ローブを切り裂いた。
隙を見逃さず、ダルウィンは一気に超スピードで距離を詰める。
──もはや魔法の詠唱は間に合わない。ダルウィンは大上段に剣を振りかぶり、自らの"自力"全てを乗せて振り下ろした。
ローローは為す術なく、ダルウィンの剣圧に吹き飛ばされ、アリーナの壁に叩きつけられる。
ドガァァンッ!!
──勝敗は決した。
終わってみれば圧勝。
「勝者──ダルウィン=ムーンウォーカー!!」
司会者の声が響き、観客席からは、再び割れんばかりの歓声が沸き起こる。
「よっしゃあ!!」
控えエリアでアーシスは拳を突き上げ、生徒たちは一気に盛り上がりを見せた。
シャリ、とリンゴを齧りながらアーシスの隣に立つシルティが、ふと呟く。
「……なんだか、いつものダルウィンと違ったな」
その言葉に、一瞬間を開けてアーシスも反応する。
「……たしかに。最後の一撃、粗かったな。精細さに欠けるっつーか……」
◇ ◇ ◇
歓声の中、ダルウィンが控えエリアへ戻ると、生徒たちは歓喜に包まれた。
「やったな、ダルウィン!」
満面の笑みのアーシスに、ダルウィンはふっと目を和らげ、微笑んだ。
「……ああ」
二人がハイタッチすると、仲間たちも次々と手を挙げ、ダルウィンは囲まれていく。
「さぁ、この調子で行くぞー!!次は誰だー!?」
アーシスの元気もりもりの声が控えエリアに響く。
──生徒たちが次の戦いに注目するなか、ようやく落ち着いたダルウィンは、静かに腰を下ろした。
鎧の留め具を外していると、後方から小さな声が耳に届く。
「……納得、していないんですか?」
振り向けば、ナーベが立っていた。
「……いや、そんなことないよ」
ダルウィンは微笑みを返す。が、その笑みはどこか乾いていた。
ナーベは表情を変えずに、再び口を開く。
「では…………"上位職"を選択したアーシスたちが、苛立ちの原因ですね」
「!?」
ナーベの言葉に、ダルウィンは目を見開く。
──そして、どこか納得したように微笑んだ。
「……ああ、そういうことか……そうだな。……彼らは、いつも一歩先を行く。……負けた気がしてたんだな、俺は」
「……そうですね。……でも」
「ああ……簡単には、いかないだろうがね」
二人は静かに立ち上がり、遠くアーシスたちの背中を見つめた。
(つづく)




