【210】冒険者試験編⑫ 〜ナーベvs格闘家〜
アリーナの中央。
ナーベに対峙するは修行衣に鍛え上げた筋肉を詰め込んだ"格闘家"──ナップル。
頭頂部で小さく結んだ赤髪のミディアムヘアが風に揺れている。
「ふふん……」
にやけた眼差しでナーベを見下ろすと、両腕を上げ、ムキッと筋肉を見せつける。
が、ナーベの瞳は波ひとつ立たぬ湖面のように静まり返っている。
「格闘家か……」
控えエリアのアーシスが呟いた。
「相手はインファイトを狙ってくるよな。シャリ……」
シルティは腕を組みながら、リンゴを齧る。
──熱気を帯びたコロシアムの中央で、三十メートルほどの距離を取り、睨み合う二人。
レフェリーのホバーボートが上昇すると同時に、司会の声が響く。
「──それではぁ!試合、開始ぃ!!」
鐘が鳴った瞬間、地面がえぐれた。
ナップルの踏み込み。速い──視界から消えるほどの初速で懐へ。
「おら行くぜぇ、予備校生!!」
大振りでありながら高速で振り下ろされた拳を、ナーベは半歩、踵だけを滑らせ、紙一重で回避。
「ちっ……」
ナップルは振り向きざまに、自慢の素早い連撃を浴びせかける。
「オラオラオラァ!!」
拳の雨が空気を裂く。
ナーベはスッスッと華麗なステップでかわす──だが、反撃の隙はなく、ナップルは一方的に攻撃を浴びせ続ける。
──そして、音速を超えた拳が、ついにナーベの細身の体を捉えた──瞬間、
「《ルミナスクラッド》!」
キンッ!!
──ナーベの周囲に展開された光の障壁が、ナップルの拳を弾き返した。
「なっ!?」
純白の光で編まれたドーム状の障壁。
それはまるで、硬質なクリスタルが瞬時に生成されたかのような輝きを放つ"光の装甲"だった。
キン、キン、キンッ!
ナップルの連撃が、障壁に激突する。
常人ならば一撃で消し炭になるであろう猛撃が、甲高い金属音と共に弾かれていく──光の障壁は微塵も揺らがず、ナップルの驚愕に目を見開いた表情を反射していた。
「……このオレのラッシュを、弾き返すだと」
ナップルは固く歯を食いしばり、目の前に立ちはだかる魔術的な障壁を見据えた。
「おもしれぇ……」
そう呟くと、ナップルは両手を合わせ、内なる小宇宙──《気》を燃焼させ始める。
全身の血管が浮き上がり、肌が赤熱し、周囲の空気がビリビリと震えだした。
やがて、集束した莫大なエネルギーが右の拳へと収束していく。
「我が《気》よ、万物を砕く刃となれ! 一撃必殺・破砕拳ッ!!」
放たれた拳は、まるで流星のように障壁の中心へと撃ち込まれた。
ゴアァァンッ!!
──世界が割れるような轟音と、目も眩む閃光が炸裂する。不可侵と思われた障壁は、中心からクモの巣状にひび割れ、まるでガラス細工のように砕け散った。
衝撃の余波をまともに受け、ナーベは悲鳴を上げる間もなく遥か後方へと吹き飛ばされる。
「ナーベッ!!」
アーシスが声を上げる。
ドサッ!
地面に叩きつけられ、転がるナーベ。
土埃が舞い、観客席がどよめきで波打つ。
ナップルは未だ熱を帯びる拳を静かに下ろし、巻き上がる砂煙を前に低く呟いた。
「……チェックメイトだ」
浮遊するレフェリーのホバーボートが砂煙の向こうへと降下する。
──だが、しばし待つも、レフェリーから合図は出ない──やがて、ホバーボートは再び上昇。
「!!」
ざわめく観客席。
──そして、薄れゆく砂煙の中に、一つの影が浮かんだ。
「ナーベ!無事だったか!」
アーシスの明るい声が響く。
──風が砂を払う。
そこに立っていたのは──傷ひとつない、凛とした横顔。
「……どういう事だ!?」
ナップルは眉を歪める──その手には、確かに致命傷を与えた手ごたえが残っていた。
「──拳を受ける瞬間に、すでに強力な回復魔法をかけていた、です」
控え席でマルミィが呟いた。
「さすがナーベね、すごい感覚……」
アップルの目が見開かれた。
「……まぁどうでもいい、立ち上がったなら、また倒すまでだ」
ナップルは拳をガシッと合わせ、そして土を強く蹴った。
瞬時に距離を詰めた瞬間──、
「《ブラーイン》」
「ぐわっ!?」
ナップルの頭を薄暗いモヤが包み込んだ。
「くそぉ!!」
視界を奪われ、当てずっぽうの空振りをラッシュするナップルの背後へと、ナーベは音を立てずまわり込み、壺から魔力の煙を解き放つ。
砂煙に紛れ、魔煙がナップルを包み込んだ。
「そこかっ!!」
大振りの裏拳がナーベの肩を捉える──が、同時に、淡い光が弾ける──即時治癒。
ナーベはバックステップで間合いを戻す。
モヤが晴れはじめ、ナップルの目に炎が戻る。
「この野郎、調子に乗りやがって!」
ナーベは表情ひとつ変えずに小さく呟いた。
「……解析完了。……だいたいわかりました」
「あ?なんだって?」
「……いえ、"あなたの攻撃など、当たらない"、と言ったんです」
「!!」
「おもしれぇ、ぶち殺してやるよ!」
青スジをピクピクさせてナップルは叫び声を上げた。
「はあぁぁぁぁぁ!!」
全身を"気"が駆け巡り、上半身の筋肉が膨張、修行衣がビリビリッと裂ける──そして、爆発したかのように踏み込み、突進。
ナーベはすぐさま小さな光の盾を複数生成し、軌道上に散らす。
キィン、キィン!!──嵐のような連撃を盾が逸らし、その隙に小刻みな足さばきで回避。
二人はアリーナ中を駆け回って攻防を繰り広げる。
かわし、防ぎ、拳があたれば即回復──ナップルのラッシュは完璧にナーベに対処されていた。
「……くそ、防御は出来ても、攻撃が出来なきゃ、どうやって勝てばいいんだ」
アーシスは拳を手すりに叩きつけた。
すると、隣からマルミィが小さく呟いた。
「いえ……勝負はもう、ついています」
「……えっ?」
──やがて、アリーナ中央でナーベは小さな盾をすべて束ね、一つの大きな光の盾を作り地面へと突き刺した。
「……あなたの拳では、この盾は壊せないようですね」
ナーベは冷徹な視線を送る。
「な……んだとォ!!……上等だ、最大奥義を見せてやるよ」
激昂したナップルは、両腕を大きく回して中央で合わせ、陣を描く。そして──、
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
衝撃波を出すほどの叫びと共に、全身に一気に《気》を流した。
次の瞬間──、
「え……」
ナップルの両目と鼻から、細い血がつっと落ちる。
そして、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。
ドサッ……。
コロシアムがざわめきに包まれる。
レフェリーが降下し、ナップルの状態を確認──すぐさま手を大きく振った。
合図を受けた司会が魔導マイクに向かって叫ぶ。
「勝者──ナーベ=ナーベラス!!」
歓声が、はぜた。
(つづく)




