【209】冒険者試験編⑪ 〜最終試験、幕開け〜
白い石壁が朝日に輝く。
《グローリーゲイト》──大陸最大の聖闘場は、すでに群衆の熱で沸き返っていた。
生徒代表ダルウィン=ムーンウォーカーによる選手宣誓が終わり、開会式は閉幕。
生徒たちは控えエリアへと戻り、誰もが息を詰めていた。
「──それでは、本日の第一戦を開始します!」
司会者の声が魔導拡声器を通じて轟き、観客席から歓声があがる。
場内の熱気が波となって控え室まで押し寄せる。
アリーナへのゲート前に立つのは、剣術士志望のルーニー。
緊張で肩が強張り、剣を持つ手が微かに震えている。
「ルーニー、リラックス!!」
アーシスが声を張るが、緊張のルーニーに声は届かない。
ファラド教官にポンッと背中を叩かれ、ルーニーは小さくうなずく。そして、重い足取りでゲートをくぐった。
「あいつ……大丈夫かな……」
アーシスが不安げに呟く。
控えエリアに心配の空気が流れた。
◇ ◇ ◇
アリーナ中央には、二人の影。
ホバーボードに乗るレフェリーが宙に浮かび、観客たちからは歓声、応援、冷やかし、罵声が飛び交っている。
ルーニーに対する冒険者は、三年目の魔術師ホルン。
落ち着いた笑みを浮かべながら、相手を値踏みしていた。
「よ、よろしくお願い、します!」
大きな声で一礼するルーニーを見て、ホルンはフッと笑う。
(懐かしいなぁ、俺もあんなだったか?……ふふ、しっかり"指導"してやるよ)
レフェリーによるサーチングボディチェックが終わると、二人は距離を取り、そして、構えた。
「──試合、開始!!」
司会の合図とともに、大きな鐘が鳴る。
その瞬間、ルーニーは弾かれたように駆け出した。
砂を蹴り上げ、一直線にホルンへ。
「いいぞルーニー!行けぇ!!」
アーシスの声が響く。
ホルンが詠唱する時間を与えず、ルーニーは剣を振りかぶる。
──しかし、ホルンの口元は緩い。
「ふっ、剣士が魔術師と対する際、距離を縮めて接近戦に持ち込むのは定石──だが……」
キィィン!!
──振り下ろされた剣を、ホルンは杖で受け止めた。
会場からどよめきが起きる。
「な──!」
ホルンは微笑のまま、軽やかに受け流す。
ルーニーはすぐに切り替え、二の手、三の手と連撃を放つ──しかし、そのすべてをホルンは杖で受け流した。
「……くそっ!」
息を切らし、足を止めるルーニー。
ホルンはくく、と笑う。
「外の世界に出ると、魔術師だって多少の物理対応が出来ないと生き残れないんだよ。……君くらいの剣術くらいはね、余裕さ」
「──!!」
焦りがルーニーの顔を走る。
ホルンの口元が歪む。
「そして……」
──次の瞬間、ルーニーの足元が震えた。
ガタッと石畳がずれ、ドバァッ!!と土が噴き上がる。
「うわっ!」
ルーニーは足を取られ、後ろに転げ倒れた。
刹那──少し離れた場所から、ホルンの声が聞こえる。
「──プロの魔術師ってのは、"詠唱する時間"を自分で作るものなんだよ」
杖を掲げ、言葉を紡ぐ。
詠唱を終えたホルンは、ルーニーに向け、鋭く杖を振った。
「《ブローウィン》!!」
瞬間、収束したマナが強大な突風となり、ルーニーの体を吹き飛ばす。
「う、うわぁ……」
ドガァンッ!!
勢いそのままに、ルーニーはアリーナの石壁に叩きつけられた。
壁石が砕けるほどの威力──そして、ルーニーはそのまま地面へと崩れ落ちた。
砂煙が上がる。
ホバーボートが近づき、レフェリーが様子を確認する。
──そして、静寂を切り裂くように、レフェリーの声が響いた。
「──勝者、ホルン!!」
客席から大きな歓声が上がる。
「あぁ……」
しょんぼりと肩を落とすアーシスの隣で、マルミィがボソッと呟いた。
「あの土魔法……最初から、仕込んでました、ね」
「うん……やっぱ、経験を積んだ冒険者だね」
アップルは額に汗をにじませた。
救助隊のホバーボートが駆けつけ、ルーニーを運んでいく。
その光景を、控え席の生徒たちは厳しい表情で見つめていた。
◇ ◇ ◇
──試験初日。
第三試合までが終わり、生徒たちは──全敗。
「あちゃ〜、まぁた負けかぁ!」
観客席のボペットは、額に手を当てた。
すると、隣から頬を真っ赤に染めた酔っ払いが顔をのぞいてくる。
「あんた、はじめてかい?」
「え、まぁそうですが……なぜですか?」
「くく、さっきの反応さ。……知らないようだから教えてやるよ、この試験での学生の勝率は"一割"だ」
「……い、一割……?」
ボペットの顔から血の気が引いていった。
◇ ◇ ◇
一方、候補者控えエリアは沈黙そのものだった。
重い空気。誰も目を合わせようとしない。
見るに見かねたパブロフが口を開く。
「ったく。……おいお前ら!G様も言ってたろ、負けたから不合格ってわけじゃない。相手の方が経験豊富なんだから負けるのは当たり前。いちいち落ち込んでたら全員不合格になるぞ!」
──しかし、雰囲気は変わらない。
パブロフはふぅ、と息を吐く。
「……みんな、完全に飲まれてるね」
アップルが静かに呟く。
「……なんだかんだ、勝つイメージを持って来ただろうからな。現実に打ちのめされるのも、無理ないな」
シルティは腕を組み、目を閉じる。
そんな中、アーシスは壁の対戦表を見上げた。
「……次は、誰だっけ?」
「わたし、です」
静かな声。
振り向くと、そこにはいつもと変わらない冷静な表情のナーベが立っていた。
「ナーベ……」
「ナーベちゃん」
エピック・リンクの面々が心配そうに見つめるなか、アーシスはゆっくり立ち上がり、ナーベの前に歩み寄った。
そして──ナーベの両手をギュッと握りしめた。
「な、なにをするの、ですか……!」
思いもよらぬ出来事に、ナーベの顔が一気に真っ赤に染まる。
「パワー注入だ!」
アーシスはニカっと笑ってウインク。
「ナーべ、落ち着いていつも通りやれば、大丈夫だ」
握りしめた手を顔の前まで引き上げ、アーシスは真剣な表情をナーベに向けた。
「は、はい……」
ナーベの手に、じんわりと熱が伝わる。
アップルたちの頬はぷくっと膨れていた。
「次、そろそろだぞ!」
パブロフの声が響き、ナーベはゲートへと向かう。
「ん?……なんだ、お前も緊張してるのか?」
頬を染めるナーベを見て、パブロフが呟く。
「ち、違います!これは……ち、違うやつです」
「……?」
あたふたするナーベに、パブロフはそっと声をかける。
「ナーベ、負けてもいいから、全力でやれ」
──その瞬間、ナーベの瞳が鋭く光った。
「いえ……勝ちます」
「……!」
アリーナへと向かうゲートを進むナーベの背中は、落ち着いたオーラを纏っていた。
「……あいつが流れを変えるかもしれんな」
パブロフは魔導タバコを咥え、口角を上げた。
(つづく)




