【208】冒険者試験編⑩ 〜開会式──英雄の門が開く〜
チュン、チュン……。
空は洗い立ての蒼。小鳥の囀りさえ、今日だけは号砲に聞こえる。
白い巨塊──古代に“英雄の魂が帰る門”と呼ばれた円形闘技場が、年に一度の祭典《冒険者試験・最終試験》の熱で、低く唸っていた。
ざわ……。
膨れ上がった歓声の層が、石造りの客席を震わせ、砂塵をわずかに舞い上げる。
旗、ラッパ、紙吹雪。焼いた香物の匂い。魔導機の駆動音。
大陸中の〈視線〉が、ここに注がれていた。
アーシスは、指定された『候補者控えエリア』で、ごくりと喉を鳴らした。
見上げると、信じられないほどの観衆がひしめき合っている。
最上階の貴賓席には、各国の王族や大貴族たちが色とりどりの豪華なローブをはためかせ、すでにシャンパン片手に談笑しているのが見える。
その下では、大手クランのスカウトたちが鋭い眼光でアリーナを見つめている。
さらにギルドのお偉方や、国王軍の歴戦の指揮官たちまで──
集まっているのは、皆、この大陸の『頂点』に立つ連中だ。
「……どひゃ〜、すっごい人数だね」
隣でアップルが引きつった笑顔を作る。
「大丈夫。ここまで来たら、やるしかないだろ」
アーシスはアップルの肩を軽く叩き、同時に自分にも言い聞かせた。
冷たい風が通路を抜ける。
魔導拡声器が唸り、司会の声が大海の波頭みたいに広がった。
「──皆様、長らくお待たせいたしました! これより、『第10回 冒険者試験・最終試験』、開会式を開始します!」
割れんばかりの歓声が、コロシアムを揺らす。アーシスの心臓は、今までにないくらい速く鼓動していた。
「──よし、行くぞ」
パブロフの低い合図で、候補者たちは砂の匂いへ足を踏み入れる。
◇ ◇ ◇
アリーナ中央に整列した二年生たちが、《冒険者の心得》十戒を唱和し終えると、司会がマイクを掲げた。
「続いて、“試験開始宣言”です!」
上階のギルド席で、一人の老人が立ち上がり、前に出る。
その姿が、空中に浮かぶ360度巨大モニターに映し出された。
「……あれ、なんで爺がいるんだ?」
モニターを見たアーシスがふと呟いた。瞬間──
ゴツン!
「いてっ」
女教官── ファラド=ガイストのゲンコツが頭に落ちた。
「こらぁ!最高責任者を呼び捨てにするんじゃない!」
「??……だって、爺は爺だろ!?」
ゴツン!!
「いてっ」
たんこぶの上に再びゲンコツが落ちる。
「アーシスくん、G様のこと、知ってるんですか?」
マルミィがふと問いかける。
「爺様??……知ってるも何も、俺のじいちゃんだよ」
「!!?」
空気が、音をなくす。
ファラドの頬に、サッと汗が走った。
「ぼ、冒険者試験の最高責任者で、育成学校の設立者の一人、元ギルド幹部の"G様"が、貴様のお祖父様だと……?」
「ん……よくわかんないけど、あそこにいるのは俺のじいちゃんだよ?」
「!!」
「ちょ、ちょっと……アーシス。なんで今まで黙ってたのよ!」
詰め寄るアップル。
「いやいや、俺も知らなかったんだよ!爺がえらい人なんて……。そういや、いつもこの時期、狩りに行くとか言って出かけてたな……」
慌てるアーシス。
「……そう言えば、G様の名前も、フュールーズだった、か?……いや、みんなG様と呼ぶからしっかり覚えてないが……」
衝撃を受けたファラドは、アゴに手を当ててブツブツと小声で呟きを続ける。
「……まったく、アーシスにはいつも驚かされるな」
「ほんと、です」
シルティとマルミィは、ふっと息を吐いた。
「こら、そこぉ!静かにしろぉ!」
司会者の怒声が飛び、ざわめきはいったん落ち着く。
──大画面に映った老紳士、G=フュールーズは、、厳しい目を細め、口を開いた。
「──よくぞ生き残った!我が精鋭たちよ!」
その声を魔導マイクが拾い、会場全体へと響き渡る。
「今年もこの日を迎えることが出来たことを、嬉しく思う。……世は混沌、世界は"正しく強い者"を必要としとる!」
声の波動に会場がヒリつく。
「よいか……勝利だけが合格の基準ではない。内容が重要じゃ。諦めず、最後まで闘う姿勢を見せるのじゃ!」
ふと、Gは口元を緩めた。
「この門をくぐった者のみが“冒険者”と名乗る資格を得る。──それでは、最終試験を開始する!!」
轟。
歓声の柱が立ち、白い石壁に反響して嵐となる。
魔法空調が効いているはずなのに、肌が粟立つほど熱い。
通路の影、少し離れて彼らを見ていたパブロフが、魔導タバコを人差し指で弾きながらぼそりと笑う。
「……まさか、血統書付きだったとはな」
アーシスの頭には、まだ小さなたんこぶが残っていた。
だが鼓動は、恐れではなく、前のめりの昂ぶりへと形を変えている。
(やるさ。ここで、俺の“最高”を更新する)
砂を踏む音が、合図のように重なった。
──開戦。
(つづく)




