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【206】冒険者試験編⑧ 〜炎と決意〜


 パチ……パチ……。

 夜の帳が降りた古代遺跡の広場に、いくつもの焚き火がやわらかな明かりを灯していた。


 橙色の火の粉が、静かな夜風に乗って舞い上がる。

 生徒たちは、その温かい光の周りに集まっていた。

 皿の上の豪華な料理と甘い果実酒。

 それぞれが自分のダンジョンでの奮闘を語り合い、笑い声と歓声が絶えない。


 広場の中央。

 積み上げられた丸太の前に立つパブロフが、掌を軽く掲げる。

 短い詠唱と共に、掌から赤い火球がふっと浮かび上がった。

 ニヤリと笑い「そらよっ」と火球を丸太に叩き込む。


 ゴォォッ!!

 音と共に炎が丸太を飲み込む。

 夜空を照らすほどの火柱が上がり、生徒たちから感嘆の声と歓声が沸き起こった。


 ──先に馬車で送られた脱落者たちのことを考える者は、そこにはいなかった──ダンジョン攻略の喜びと興奮、未来への希望に満ちた笑顔が踊る。



   ◇ ◇ ◇


「なぁみんな、俺、選択する"クラス"決めたよ」


 焚き火の光が照らすテーブルの上で、アーシスはふと職能ガイドを開いて見せた。


「ん?……どれどれ」

 アップルたちはガイドを覗き込む。

 ──そこには、赤ペンで丸が付けてある職業がひとつ。


「えっ……」

「……これ!?」


「──ああ、《魔法剣士》だ!!」


「ちょ、ちょっと待って!……これって、"上位職"だよ!?」

 アップルが目を丸くして叫ぶ。


「ん?……ダメなのか?」

「いや、ダメじゃないけど……」


「ふ……普通は、基本クラスで経験を積んでから、試験を受けて《クラスチェンジ》するもの、です」

 マルミィがあたふたと説明する。


「……当然、最終試験の相手も強くなる。試験に落ちては元も子もないんだぞ?」

 シルティは静かに腕を組み、真剣な目で見つめる。


 だがアーシスは、少しだけ目を細め、そっと夜空を見上げた。

 群青の空の下、ひときわ明るい星が瞬いている。


「……この学校に来てさ。色々な経験をして、俺の世界は広がった。……でも、この世界には"自分の知らないこと"がいっぱいある、"自分より全然強い奴ら"がいっぱいいる、ってことも、同時にわかったんだ」


 アーシスは掌を夜空へと差し伸べる。

「……俺は、もっとこの世界を知りたい。自分の可能性を確かめたい。──だから、今目指せる最高を目指す!」

 そう言うと、アーシスは掲げた手をぎゅっと握りしめた。


 アップルは深いため息をつき、それでいて少し優しい眼差しを向けた。

「……ったく。無謀なんだから」


「でも……そこがアーシスくんのいいところですね」

「ああ、アーシスらしいな」

 マルミィ、シルティも小さく微笑んだ。


 パチ……と焚き火がはぜたその時──、

 ヒュ〜〜〜…………バァン!!

 ──古代遺跡の上空に魔法花火が弾け、七色の光が咲き乱れる。


「うわぁ、綺麗!!」

「冬の花火か……」

「……この景色、忘れません」

「……だな」

 焚き火と花火、二つの炎が交錯し、四人の笑顔を照らした。


「よっしゃ!!乾杯しようぜ!」

 アーシスはグラスを持って勢いよく立ち上がる。

「またぁ!?何回目よぉ」

 文句を言うアップルの頬は緩んでいる。

「乾杯のあとは、焼き鳥だな」

「ま、まだ食べるんですかっ!?」

 シルティに突っ込むマルミィ。

 笑い声が弾け、四つのグラスが火の粉の中で重なった。


 信頼し合う仲間の顔を、互いにじっくりと見つめ合う。


「それじゃ、いくぞ──」

「「「「かんぱーーいっ!!」」」」

 


   ◇ ◇ ◇


 ──数日後。


 冒険者育成学校、職員室。

 椅子の背もたれにマックスで寄りかかり、魔導タブレットで動画を見ているパブロフの前に、エピック・リンク四人の影が立つ。


「はい、先生よろしく!」

 アップルは、パブロフの机の上に元気よく提出用紙を並べる。


「……おう」

 気のない返事をしつつ、書類を覗き込む──

「…………!?」

 視線が一枚、二枚、三枚、四枚。


「ちょ、ちょっと待てお前ら!正気か!?」

 パブロフは立ち去ろうとするアップルたちを慌てて引き止めた。


「ああ……そう決めた」

 アーシスの瞳には、燃えるような決意が宿っている。

「決めた、って……」

 ポカンとするパブロフ。


 提出用紙には、こう記されていた。

 アーシス──魔法剣士

 シルティ──ナイト

 マルミィ──賢者

 アップル──白魔道士

 ──すべてが、"上位職"。


「ふふ、じゃあねっ、先生!」

 アップルが軽く手を振り、四人は笑顔で去っていく。


 パブロフは机の上の書類に視線を落とす。

 額に小さな汗が浮かぶ。


「《エピック・リンク》……本当に伝説になっちまうかもしれんな……」

 パブロフは魔導煙草に火をつけた。

 白い煙が、ゆっくり天へと昇っていく。


 ──そして、いよいよ“最終試験”が始まる。


(つづく)


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