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【195】シルティのダイエット大作戦


 放課後の訓練場。

 剣士科の激しいトレーニングが終わり、生徒たちは水飲み場へと集まっていた。


「ぷはぁっ」

 汗まみれのアーシスが、桶の水を頭から豪快にかぶる。


「ふぅ、すっきりしたー」

 タオルで頭を拭くアーシスの隣りでは、シルティが頬にかかった髪を耳にかけながら水を飲んでいた。


 そんな彼女を、アーシスがじっと見つめる。

 視線に気づいたシルティは、頬をほんのり染めて振り返った。


「な、なに見てるんだよ……」

 タオルで口元を拭いながら、そっと呟くシルティに、アーシスはぽつりと漏らす。


「いや……シルティ、ちょっと前より、こう……大きくなった?」


 ──静寂。

 雷鳴のような衝撃が、シルティの胸を貫いた。



   ◇ ◇ ◇


 その夜、女子寮の共有スペース。


 ソファには、シルティ・アップル・マルミィの三人が集まっていた。


「え〜?大丈夫だって、全然太って見えないよ?」

「そうです。むしろ、前より鍛えられて、凛として、きれい、です」

 慰める二人の言葉にも、シルティの震えは止まらない。


「ったく、アーシスはデリカシーないんだから」

「アーシスくん、最低です」

 アップルはため息をつき、マルミィは頬を膨らませる。


「まぁでも、ほんと太ってないって!ちょうどもうすぐ半年に一度の身体測定でしょ?そこで結果出るじゃん!」


「──はっ!!」

 シルティが白目で凍りついた。


 ソファの隅で、マルミィとアップルはハンカチで汗を拭う。

「ア、アップルちゃん。……今のは、逆効果では」

「……うん。……失言だった」


 ──やがて、ゆっくりと顔を真っ赤に染めたシルティが、瞳を潤ませながら叫び声をあげた。


「……決めた!あたし、ダイエットする!!」

 


   ◇ ◇ ◇


 翌朝。

 まだ陽も昇りきらぬ校庭。


「はぁっ……はぁっ……!」

 早朝ランニングをするシルティの横で、アップルとマルミィが声援を送る。


「ファイト、シルティー!」

「頑張って、くださいっ!」


「……はぁ、はぁ。……アーシスの言葉、ぜったい見返してやるっ!!」

 息を切らしながら、シルティは目を光らせた。


 そこへ、アーシスとダルウィンが通りがかる。

「おー、朝から元気だなシルティ!ほらっ!」

 アーシスはリンゴをぽいっと投げる。


 ──パシッ、と受け取ったシルティは、そのままシャリ、とリンゴをかじる。


「あ……!!」


「じゃあなー、先行くぞー」

 何事もなかったのように手を振って去っていくアーシス。

 その背を睨みながら、シルティは震える拳を握った。


 アップルとマルミィは顔を見合わせる。

(……原因、アーシスくんでは?)



   ◇ ◇ ◇


 その後も、授業の合間や放課後にダイエットを続けるが、アーシスはすれ違うたびにシルティにリンゴを与える。

 

 シルティは条件反射でリンゴをかじってしまう。

「シルティちゃん、だめっ!」

「はぅっ」


 その様子を遠目に見て、ダルウィンが笑う。

「君ら、ほんと仲良いな」


「俺は頑張ってるヤツが好きなんだ。それに、シルティが頑張ればパーティも強くなるしな!」

 アーシスは嬉しそうに笑顔を返した。



   ◇ ◇ ◇


 一週間後。

 ついに身体測定の時がやってきた。


(やるだけのことはやった、はず……)

 緊張で硬直するシルティに、アップルとマルミィが声をかける。

「大丈夫だって!あれだけダイエットしたんだから!」

「自信持って、ください」


 三人は手を合わせる。


「──次、シルティさん」

 

 シルティの順番がくる。

 三人は、無言で目を合わせ、頷いた。


 ゆっくりと体重計に乗るシルティ──つぶった目を、少しずつ開いていく。


(……えっ!?)


 体重は──減っていない。

 むしろ、前回よりも少し増えていた。


「そ、そんな……」

 シルティは膝から崩れ落ちた。


「シルティ!」

「シルティちゃ……」

 アップルたちの声が薄れていく。

 目が……。



   ◇ ◇ ◇


 ──バッ!!

 目を開けると、見知らぬ天井。


「おっ、起きたか?」

 聞き慣れた声が隣から聞こえる。


 辺りをキョロキョロと見回す。

 どうやらここは保健室のベットらしい。そして、隣に座っているのはアーシス。


 シャリ、シャリ。

 アーシスは爪楊枝に刺したリンゴを食べている。


「私……」

「ああ、なんか身体測定中に倒れたみたいだな。アップルたち慌ててたぞ」


 身体測定──嫌な記憶が一気に戻ってくる。

 シルティは布団を鼻までかける。


 ガラッ。

 保健室の扉が開き、アップルとマルミィが入ってくる。


「シルティ!?」

 シルティが目を覚ましていることに気づき、アップルたちはベッドに駆け寄った。


「よかった!」

「心配した、です」


「……ごめん」


「保健の先生が"栄養不足"って言ってたぞ」

 アーシスはリンゴを一つ取ると、振り向くシルティの口に押し込んだ。


「むぐっ……」

「ダイエットなんからするからだろ。痩せてんのに」


「なっ!?それはアーシスが──!」

 視線を上げた瞬間、アーシスの手に“身体測定結果票”。


「ちょ、それは……!」

「おっ、やっぱり大きくなってたな」

 嬉しそうに笑うアーシス。

 シルティの顔は真っ赤に染まる。


「ちょっと!アーシス、レディに失礼よ!」

「そうです!」

 アップルとマルミィが怒りの視線を向ける。


「あん?身長が伸びてるのがなんで失礼なんだよ?」

 アーシスはあっけらかんと答える。


「え?」

「あん?」


「……身長?」

「ん?お前ら気づいてなかったのか?……ほら、半年前より1cmも伸びてるぞ!」


 アーシスは女子達に身体測定の結果を見せる。

「ああ、うん……伸びてる、ね」

 アップルたちの頬も赤く染まる。


「剣士にとって身長はあるに越したことないしな。それに、シルティはシュっとしててカッコいいしな」

 アーシスはにんまりと笑った。

 シルティの頬は、先ほどとは違う赤に染まっていた。


「ほら、起きたんなら行こうぜっ」

「ど、どこに?」


「決まってんだろ、"肉"だよ!……栄養取んないとな!」


「よし!今日はアーシスの奢りでお肉だ!」

「なんでだよ!」

 胸を張るアップルにアーシスが突っ込む。

 マルミィは「ふふっ」と微笑む。


 気づけば、いつも通りのわちゃわちゃした笑い声が保健室に溢れかえっていた。


 空中をふわ〜っと旋回するにゃんぴんが、小さく呟く。

「青春、にゃ〜」


(つづく)


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