表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
194/219

【193】はじめてのレター編⑩ 〜アビスグラム誕生〜


 ──ひんやりとした質感が額に伝わる。


 工房の床に膝を折り曲げ、足の甲を床につけ、お尻をかかとに乗せて背筋を正す。

 そして両手を床に伸ばし、頭を下げて額をつける。

 流れるような動作。研ぎ澄まされた表情。


(ふっ。……完璧だ。速さ、角度、表情。……どれをとっても、完璧な……"土下座"!!)


「すみませんでしたあぁぁ!!」

 アーシスの魂の叫びが、鍛冶工房のはりを震わせた。


 カチャ……。

 ライザは折れたホワイトソードを右手で持ち上げ、黙って見つめる。

 金属の断面に光が反射し、深いため息がこぼれた。


「……しかしまぁ、見事に真っ二つだな」


「……だねぇ。これじゃ、もうメンテナンスは無理だね」

 リーネも顔を近づけ、呆れと感心が半分ずつの声を漏らす。


「……!!……す、すいましぇん……」

 アーシスはさらに床へめり込む勢いで縮こまる。


「で──この剣で、ネーオダンジョンの守護者を倒したのか?」

「は、はい。……トドメをさしました……」


 ライザは無言で剣の切っ先を見つめると、ジャキッと剣を掲げ──にかっと笑った。


「そうか、でかしたな」

「えっ?」

 顔を上げたアーシスの目が点になる。


「謝る必要はない、立派な仕事をした」

「だねっ」

 リーネも明るく笑って頷いた。


「まぁそれに、こいつは初めて打った剣。出来もまだまだだったしな」

「だねっ」


「リーネ」

「うん」

 ライザは折れた剣をリーネに手渡した。


「この剣は、この店の店頭に飾らせてもらうよっ」

 リーネは剣を抱え、嬉しそうに微笑んだ。


「ついでにお前のサインも書いとけ。宣伝になるしな」

「えっ?」

 呆然としているアーシスの横で、ナーベはくすっと笑いをこらえていた。



   ◇ ◇ ◇


 椅子に座り直したアーシスは、お茶をひと口飲むと、静かに切り出した。


「……それで、代わりの剣が欲しくて……ごにょごにょ。

お金も多少はあるんだ!……報酬貰ったし」


「ふっ、タイミングのいいやつだな」

「えっ?」


 リーネは席を立ち、奥の棚から漆黒の鞘を取り出す。

 光沢のある鞘には、金色の紋章が刻まれていた。


「これは……?」

「ふふ、ちょうど完成したの、例のやつ」

 リーネはアーシスに剣を手渡す。


「抜いてみろ」


 ライザの低い声が響く。

 アーシスは息を呑み、慎重に剣を引き抜いた。


 ──ジャキッ。


 漆黒に輝く刀身に、細く繊細な金の魔導細工が流れる。

 窓から差し込む日差しを受け、角度を変えるたび、七色の光が踊るように反射した。


「きれい……」

 ナーベが思わず漏らす。


「ふふ、ありがとっ」

 リーネは柔らかく微笑んだ。


「漆黒の魔剣──"アビスグラム"」

 ライザの声が、誇らしげに響く。

「オリハルコンの強度を極限まで高め、可能な限り薄く仕上げた。……この剣は、ちょっとやそっとでは折れないぞ」


「魔法をよく通すように細工を入れてあるから、アーシスくんにはピッタリだと思うよ」

 リーネがウインクを送る。


 アーシスは剣身を見つめたまま、息を呑んだ。

 ──冷たく美しい漆黒に、圧倒的な生命感が宿っている。


「はは、すご……」

その口元には、子どものような笑顔。

 ワクワクがこぼれ出すのを、誰も止められなかった。


「ありがとう!!ライザさん、リーネさん!!」


「ふふ、気にするな、仕事だからな」

「うん、仕事だからね」


「ん?」


「それじゃあ、百万ゼルミな」

「えっ!?」


「お金あるって、言ってたよね?」

「えぇぇっ!?」


 アーシスとナーベが同時に凍りつく。

「……ナーベ、お金ある?」

「……いえ、とてもそんな金額は……」

「だよな……」

 焦るアーシスの前で──ライザとリーネが、顔を見合わせてニヤリ。


「なーんちゃって、お金は取らないよ」

「"復帰祝い"と言っただろ?」

 ──パチン。

 ライザとリーネは満足げにハイタッチを交わす。


 アーシスとナーベは、そっとハンカチで汗を拭った。

(やれやれ……“スチールフォージジョーク”ですね……)



   ◇ ◇ ◇


 夕暮れ。

 工房の外は、紫がかった赤い光に包まれていた。

 山の稜線が金に縁どられ、村の空気は温かく穏やか。


「それじゃあ行くよ」

「ああ、気をつけて帰れよ」


 アーシスとナーベは馬車に乗り込む。

「また来るよ!」


「次は有料だからねっ!」

 リーネが笑顔で手を振る。ナーベも思わず微笑み返した。


「次はプロの冒険者になって、ちゃんと稼いでから来るよ!」

 アーシスの言葉に、ライザも満足げに腕を組む。


 互いに手を振り合い、馬車がゆっくりと走り出す。

 山々の彼方へ沈む太陽が、二人の背を橙に染めた。


「さて、帰りますか」

「ええ」


 濃密な《レター遠征》の旅が、今、静かに幕を下ろそうとしていた。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ