【190】はじめてのレター編⑦ 〜光の来訪者〜
ガラ……ガラ……。
石の防壁が崩れ落ち、洞窟の入口が口を開く。
立ちのぼる砂煙の向こう、ゆっくりとひとつの影が現れた。
コツ、コツ──。
規則正しい足音が、静まった洞内に淡く響く。
「やあ、大丈夫かい?」
輝く鎧に光を走らせる剣士。
紫と青のメッシュが流れる長髪、柔らかな笑み。
「!?……D、D、さん……」
ナーベは目を丸くする。
現れたのは、S級冒険者──"スピードスター"DD=ブルーブラッド。
DDは腰のポーチから小瓶を抜き、ひょいとナーベに放る。
慌てて胸元で受け止めた瓶は、透き通る青のマナポーションだ。
「……あ、ありがとうございます」
「くす……なんだかはじめて会った時みたいだね」
DDは微笑みながらアーシスへ近づき、すっと腰を下ろした。
「毒は……大丈夫そうだね。ハイポーションでよさそうかな」
ポーチから取り出した小瓶を開け、緑色の液体をそっとアーシスの唇へ流し込む。
淡い光が、アーシスの身体をふわりと包んだ。
まぶたが震え、指先がぴくりと動く。
「……ん、うん……」
目を擦り、上体を起こしたアーシスの視界に、見知った顔が映る。
「……DD、さん?」
「やぁ、アーシス、久しぶりだね」
DDは笑顔を返す。
「あれ、俺……どうして……。ここは……?」
アーシスはキョロキョロと辺りを見回す。
「君は、かなりキツイ毒を喰らっていたようだよ。仲間に感謝するんだね」
DDの視線が、空に浮かぶ青い毛玉へ移る。
にゃんぴんはくるりと一回転し、胸を張る。
「んにゃ!ナーベちゃんが頑張って解毒したにゃ!口でマナを──」
「わわわわっ!!」
ナーベは慌てて割って入る。
顔は一瞬で湯気が見えるほどに茹だっていた。
「……?」
アーシスは立ち上がると、ナーベに笑顔を向けた。
「そっか、ナーベが助けてくれたんだな。サンキュッ」
「……い、いえ」
視線が合った一秒が、やけに長い。
その空気を切るように、洞窟の入口から新たな足音。
「なんだ、お前も来てたのか」
漆黒のロングコートが風をはらみ、ストローがぷらりと揺れる。
「先生!」
アーシスの声が飛ぶ。
「よう」
軽く手を上げて返したのは、S級冒険者──クラウディス=ジューザー。
クラウディスとDDの視線が交わる。S級二人の空気が場を支配する。
「……"黒紫のマナ"と聞いたから来てみたけど、違ったみたいだね」
「ああ。雰囲気は似てるが、ありゃあ毒の沼の瘴気だな。……だが、危険は危険だ」
「ああ」
淡々と交わされるやり取り。
アーシスとナーベは緊張の面持ちで聞き入っていた。
「そういやお前、高濃度の毒消し出来たっけ?」
「……いや。君は?」
「俺が出来るわけないだろ」
「ふふ……毒を喰らったら、やばかったね」
あっけらかんと笑う二人に、アーシスは内心ぞっとする。
「君たちがいてくれてよかったよ」
DDが振り返り、優しい目を向ける。
「……しかしお前、二人だけで来たのかよ。お仲間はどうした?」
ストローを揺らしながらクラウディスが問いかける。
「いや、ギルドが準備の時間をくれなくてさ……」
アーシスは苦笑いを浮かべた。
「ギルドは緊急案件と判断したんだろうね。ははっ、慣れないレターなんて使うから」
DDはクラウディスの肩をぽんっ、と軽く叩いた。
「ちっ……。悪かったな、アーシス」
クラウディスは頬をかじりながら低く呟いた。
「いや、二人旅も悪くなかったからさっ」
アーシスの何気ない一言に、ナーベの耳が少し赤くなる。
「──さて、それじゃあ、沼を浄化するか」
クラウディスは面倒くさそうに両手を頭の後ろで組む。
「ああ。……にゃんぴん、力を貸してくれるかい?」
DDはにゃんぴんのおでこを軽く撫でた。
「んにゃ!」
にゃんぴんはやる気満々でポーズを決める。
こうして、はじめてのレターによる依頼は、後始末を残すのみとなった。
(つづく)




