【187】はじめてのレター編④ 〜灰色の蛮族、二人の連携〜
乾いた風が森の奥から吹き抜け、木葉がさわめく。
入口の巨木の前に、灰肌の巨躯──オークグレイが五体、壁のように並んだ。
先頭の獣がギロリと眼球を転がす。
木の葉が一枚、アーシスの視界を横切った瞬間──木の斧が唸りを上げて落ちてきた。
ドッ──土が跳ね、風が裂ける。
アーシスは紙一重で身をひねり、転がる。頬に冷たい草露が線を引いた。
「……あっぶね」
即座に起き上がり、折れたホワイトソードを構え直す。
(……でかいくせに、速いな。──でも、あれくらいなら)
ジリ、ジリ……わずかに間合いを詰める。
「グヴォォ!!」
咆哮とともに斧が薙ぎ払われる。
「よっ!」
胴を捻ってかすめさせ、反転。アーシスは刃を振り上げる──が、
「っ!!」
横合いから別のオークの棍棒が唸った。
「……くっ!」
刃の軌道を強引に切り替え、受ける。──だが、衝撃が腕を貫き、身体ごと弾き飛ばされた。
アーシスはグルグルと茂みを転がる。
「……くそっ」
土と草で汚れた顔を上げると、目の前には大きな足の裏。
アーシスの顔を影が覆う。
「どわっ!!」
ズドンッ!!
踏み潰しが落ちる直前、横転して回避。地面が跳ねた砂で白む。
「……五体はきついな」
いったん距離を取るアーシスを、オークたちは囲うように迫ってくる。
「……まぁ、休ませてはくれないよな」
アーシスは刃先をわずかに下げ、重心を落とす。
獣の肩が一斉に上がる──武器が振り上がる、その刹那──
「《ブラーイン》!」
ナーベの壺から魔法陣が弾け、薄暗いモヤが激しい流れとなってオークの頭部を包む。
獣たちは頭を振って払おうとするが、モヤは形を変えて食いつき、視界を曇らせた。
「目くらましです」
「ナイスナーベ!」
アーシスが地を蹴る。
草を裂く音。巨体の股下へスライディングで滑り込み、背後へ抜ける。
(いつもよりも半歩踏み込んで……)
「おりゃあ!!」
一閃──折れた刃が弧を描き、筋肉の鎧へ深く喰い込む。
「グギャアアアアアッ!!」
紫色の血が霧のように散った。
「へへっ、短くても切れ味は変わんないぜ!」
膝から崩れ落ちるオークに余裕の笑みを浮かべていると──斜め後ろから、ブヲンと棍棒の風鳴り。
「《プロッテス》!」
薄い光膜がアーシスの全身を包むと同時に、ガシッ!と一撃を受け止める。
足裏が土を押し、肩で弾道を逸らす。
「防御強化か、サンキューナーベ!」
棍棒を押し返した拍子に、別のオークが仲間へぶつかりながらに突っ込んでくる。
「おわっ」
アーシスは後方に飛んでかわす。──だが、残りのオークたちもお互いにぶつかりながらそれぞれの武器を振り回し、アーシスに迫ってくる。
──目は効かずも、気配だけを頼りに獣は獲物を追う。
「……おいおい、仲間同士でぶつかり合って、野蛮だな」
「アーシス、下がってください!」
「……!?」
振り向けば、ナーベは杖を掲げ、空中に大魔法陣を展開していた。そして、その魔法陣に向けて壺からマナが放出──増幅した魔力は暗黒の光となり天へと伸びる。
「《ストームコーリン》!!」
空が黒く巻き、風が唸った。
次の瞬間、白蛇のような雷が落ち、暴風雨が戦場を叩き潰す。
豪雨が体温を奪い、雷撃が筋肉を痙攣させ、風が巨躯の踏ん張りを削いでいく。
「す、すごっ」
アーシスは前髪を烈風になぶられながら、思わず見惚れた。
「アーシス!……オークの弱点は炎です。──とどめの準備を!」
「!!……お、おう!」
アーシスは頷き、詠唱をはじめる。
──黒い嵐がほどけ、膝をついた影が雨のカーテンの向こうに立ち尽くす。
アーシスの目が獣を捉える。
「《ファイヤーボルチ》!」
空中に大きな炎球が咲く。
アーシスはそこに向かって跳躍──ホワイトソードの剣先をグルグルと回し、刃に炎を巻き取る。
短い白刃が、焔の螺旋をまとった。
──駆け抜ける。
炎が線となって獣の胴を縫い、血と煙の匂いが重たく弾けた。
四体のオークが咆哮を途切れさせ、黒く焼け落ちる。
残る一体──最初に斬り伏せた傷の深い個体が、ぐらりと立ち上がった。
濁った視線がこちらを捉える前に、アーシスは一歩、さらに半歩、滑り込む。
「──終わりだ」
炎をまとった刃が、みぞおちを一直線に貫いた。
灰色の巨体がゆっくりと膝を折り、前のめりに倒れる。地面が重く震えた。
アーシスは呼吸を整え、炎を払ってから刃を納める。 雨に洗われた空気が、鉄と焦げの匂いを薄めていく。
「ふぅ、終わったか」
「アーシス、大丈夫ですか」
駆け寄ったナーベがスピードヒールを流し込む。温い光が擦過傷を塞いだ。
「ああ。それより、なんだよあの嵐!すごすぎだって!ナーベ、強くなってるな!」
「……いえ、たいした……ことは──」
言い終える前に、ナーベの膝がふらつく。
「!」
アーシスは素早く抱きとめた。彼女の体温が腕に落ちる。
「無理すんな。少し休もう」
「……はい。すみません。マナを、使いすぎました」
頬が火照り、視線が泳ぐ。
アーシスは小さく笑って、彼女を岩陰へ座らせた。
こうして、旅の最初の強敵は──二人の連携によって討ち果たされた。
(つづく)




