表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
187/219

【186】はじめてのレター編③ 〜森の影に潜むもの〜


 チュン、チュン──。

 小鳥のさえずりが、薄い朝靄をすり抜けてテントの中にも届いてくる。


「……ん、うん……くんくん」

 片足がはみ出している寝袋がもさもさと揺れる。


 ──テントの外。

 眩しい朝日が、岩肌を金色に染めている。

 夜を照らしていた焚き火たちは黒い炭へと姿を変え、白い煙を名残のように上げていた。


 その中央、薪を足した新しい焚き火の上で、鉄鍋がぐつぐつと音を立てている。

 湯気の向こうで、お玉を手にしたナーベが黙々と鍋をかき混ぜていた。


「ふわぁ〜〜〜」

 テントを押し開けて出てきたアーシスが、朝日を浴びながら大きく伸びをする。


「おはよー、ナーベ。早いな」

「おはようございます」

 ナーベは微笑んで振り向くが、その目の下にはうっすらとクマが。

 アーシスは気づかない。


「くんくん、……んん〜、いい匂い!ナーベ、朝ごはん作ってくれたのか!?」

「……はい、たいしたものではないですが……野草とキノコのスープです」


「うわっ、うまそ〜!食べていいか!?」

「はい、どうぞ」

 素早く隣に座ったアーシスに、ナーベはスープをよそったお椀を渡す。


「いただきまーす!」

 ふー、ふー、と息を吹きかけ、パクッとスープを頬張る。口に入れた瞬間、アーシスの目が輝いた。


「……んっっまい!!……なんだこの味、色んな旨みが出てる。まじでうまい!」

「そ、そうですか。……よかったです」

 ナーベは照れくさそうに呟いた。


「ナーベは魔法だけじゃなくて、料理も出来るんだな!」

「い、いえ……たいしたものでは」

 ナーベの頬がかすかに染まる。


「あ、そーだ。ナーベにも見せとかないとな」

 お椀を飲み干すと、アーシスは立ち上がり、鞘を手に取った。


「??」


「じゃーん!」

 アーシスが自慢げに掲げたのは、折れた剣。


「……これは?」

 ナーベの眉が寄る。


「ほら、剣が折れたって言ったじゃん。マーメルさん、代わりの剣を用意する時間もくれないから、これしか武器ないんだよ」


「ど、どうするんですか?」


「まぁ、短いけど、なんとかなるだろっ」

 なぜか自信満々に笑顔を浮かべるアーシスに、ナーベはあんぐりと口を開けた。



   ◇ ◇ ◇


 パッカ、パッカ、パッカ……。

 陽光を浴びて、馬車が街道をのんびりと進む。

 遠くの丘では風車がゆっくりと回り、乾いた風が草の波を撫でていく。


 ナーベは睡眠不足のせいか、心地よい揺れのリズムに誘われて、ふわりとアーシスの肩に頭を預けた。


 その寝顔を横目に見て微笑んだアーシスは、手綱を軽く握り直す。


 ──その時。

 ピクリ、と視界の端で何かが揺れた。


(……あれは)

 アーシスはそっと馬車を止め、ナーベの肩をトントンと叩く。


「ナーベ、ナーベ」

「……ん……」

 ナーベは薄く開けた目を擦る。


「魔物だ」

 その一言で、ナーベの目がぱちっと開く。

 同時に──自分がアーシスの肩にもたれていたことに気づき、顔を真っ赤にして飛び退いた。


「す、す、すみません」


 優しく微笑んだアーシスは、前方の木々へと目線を移す。

「……あの木の向こう……何かいる。ナーベ、索敵出来るか?」


「……はい」

 こくりと頷くと、ナーベは肩から下げた壺に手をかざし、静かに詠唱を紡ぐ。

 ──シュゥゥ……。

 薄紫のマナがふわりと広がり、風に乗って森をなぞった。


「……います。あそこ、巨体の獣タイプが五体」

「……五体、か」

 アーシスは短く息を吐き、素早く辺りを見回した。


「……逃げ道はない、な。──やるしかない」

 折れた剣の柄を握り、視線だけで合図を送る。ナーベは無言でこくりと頷いた。



   ◇ ◇ ◇


 森の入口へと続く茂みに隠れながら、アーシスは腰を低くしてゆっくりと進む。

 魔物はまだ気づいていない──はず。


 いつでも援護出来るよう、ナーベは適度な距離を取り詠唱の準備をしている。


 湿った土の匂い、木漏れ日と影が入り混じる。

 森の入口にそびえ立つ巨木の近くまでたどり着いたアーシスは、岩陰に身を潜め、ポーチから小さな木の実を取り出し、指先で軽く転がした。


 カラ……ン。

 木の根の前に転がったそれに、森の奥から反応が返る。


 ザッ、

 ザッ、

 ザッ……。


 重い足音が、ゆっくりと近づいてくる。

 ゴク……。唾を飲み込んだアーシスは、折れたホワイトソードを握る拳に力を入れる。


 ──次の瞬間、影が動く。

 木々をかき分け、獣が姿を現す。


「……!!」


 筋骨隆々の巨体。灰色の肌。

 手には大きな木の斧。

 潰れた鼻に届きそうな大きな牙が、下唇からとびだしている。


「……オーク、か?」

 アーシスのこめかみを汗が通過する。


 遠くから視線を送るナーベの目が開かれる。

「あの肌の色……上位種、オークグレイ!?」


 ズサ、ズサ。

 オークグレイはよだれを垂らしながら、木の実へと近づく。

 巨体を揺らし、喉の奥から低い唸りを漏らす。


(──今だ!)


 アーシスは飛び出した。

 折れたホワイトソードを振り抜き、死角から斬りかかる。

(もらった!!)


 ──しかし。

 アーシスを見つめるナーベの顔が歪む。

「……足りない」


 ザッ!!

 剣先がかすめたのは肩口だけ。浅い傷。

「グギャアアアッ!!」


「くそっ、踏み込みが浅かったか!」


 ギロッ。

 着地したアーシスを獣の目が捉える。


「……剣が短い分、間合いもギリギリか……」

 アーシスは折れた剣を両手で握り、構え直す。


 ──そこに、森の中から次々とオークグレイが現れた。


「……そういや、五体だったな」

 苦笑混じりの独白。


 茂みの葉が一斉に震え、風が抜ける。

 乾いた草が舞い上がり、緊迫した空気の中で時間が止まった。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ