【171】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編⑩ 〜難航苦行潜行〜
「遅い!右だ!」
「脇が甘い!」
「いてっ」
「しゃがめ!」
「立て!」
「遅い!」
「いてっ」
レディオの背に仁王立ちしたクラウディスが、昼寝ばかりしていた今までとは別人のように声を張り上げる。
「いてっ!」
アーシスの動きが少しでも遅れると、容赦なくストローから闘気鉄砲が飛んだ。
「考えるな!感じろ!!」
「おい、お前ら、もっと激しく襲え!!」
あげく、この階に出て来たモンスター"踊るシャドウガールズ"にまで指示を飛ばす始末だった。
◇ ◇ ◇
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
地面に倒れ込むアーシスの顔に、クラウディスは冷たい水をぶっかける。
「ぶはぁっ!」
「……お前は力に頼りすぎだ。たしかにお前にはスピードも力もある。……だが、それだけでは剣士としては"二流"だ」
クラウディスはすらりと刀を抜くと、一閃──柔らかな動きで空気を裂いた。
「いいか、力はいらない。空気を読め、空間に逆らわず剣を流せ」
「???」
アーシスの頭からは白い湯気が立ちのぼる。
「安心しろ、頭で理解できなくても、身体に叩き込んでやる」
にやりと笑いストローを揺らすクラウディスの姿は、もはやホラーだった。
「ひぃっ」
アーシスがは思わず情けない声を漏らす。
──遠目に見ていた仲間たちも、若干引き気味だった。
「……なんか、急にアーシスくんにキツくなりましたね…」 心配そうにマルミィがおずおずと呟く。
「だが……言っていることはすべて正しい」
シルティは冷や汗をかきながらも断言する。
「わたしたちも負けてられないね!」
アップルの声に、皆が気を奮い立たせた。
「おら立てぇ!次のフロア行くぞ!」
──ネーオダンジョンの中層に、クラウディスの声が響き渡る。
◇ ◇ ◇
そこからも、クラウディスは鬼のように指示を出し、叱り、罵倒し、闘気鉄砲を当てまくり、けちょんけちょんにアーシスをシゴいていった。
金棒を振り回す一つ目の巨人。
毒を放つ棘を生やした芋虫型の大群。
超音波で攻めてくる蝙蝠の群れ。
──階層を下るごとにレベルが上がる魔獣たちを、アーシスたちはなんとか撃破して前に進み続けた。
気がつけば皆ボロボロ……。いくつ階層を降りて来たかもわからなくなっていた。
「グギャアアアアア!!」
たどり着いたフロアで、四つ腕の巨獣がアーシス目掛けて同時に拳を振り下ろす。
意識が朦朧とする中、力の抜けたアーシスは、必要最低限の動きでスッと拳をかわすと、力なく剣を流した。
ボロボロの身体──その太刀筋は今までのような力強い豪快ものではなかった。
巨獣はギョロリとアーシスを捉え、次なる一撃を放とうと拳をあげた──その時。
まるで見えないピアノ線が通り過ぎたように、巨獣の身体はキレイに二つにずれ、そして崩れ落ちた。
「……!?」
満身創痍の仲間たちも、その光景に息を呑む。
「……それだよ、それ」
そんな中、クラウディスだけが笑みを浮かべていた。
「よし、お前ら、休憩するぞ!」
その号令に、一同は安堵の声を漏らして倒れ込んだ。
◇ ◇ ◇
柔らかい光がアーシスを包み込んでいる。
目を覚ましたアーシスの前には、ぷかぷかと浮かびながら回復魔法をかけているにゃんぴんの姿があった。
近くでは、アップルがシルティに回復魔法をかけている。
ふと、にゃんぴんは鼻をひくつかせた。
「……このダンジョンの性質、《嫉妬》にゃ」
「……ん?」
しかし、その声はアーシスの耳には届いていなかった。
◇ ◇ ◇
「よし、行くぞ!」
休憩を終えたアーシスたちは、苔の生えた古い石階段を下っていく。
足元には薄紫の瘴気が立ちこめる。
今までとは異なる空気感──一同は慎重に進んで行く。
やがて辿り着いた広間は、不気味なほど静まり返っていた。
「……魔物の気配がない?」
シルティは慎重にあたりを見回す。
次の瞬間──
ゴゴゴッ!
ズゴォン!!
轟音と共に、上部から石の扉が落ち、階段は閉ざされた。
「……!?と、閉じ込められた?」
アーシスが固く閉ざされた扉を見ていると──、
「……ねぇ」
前方のアップルが不安な声を漏らす。
振り返ったアーシスたちの視界に広がったのは、壁一面を覆う無数の鏡のような鉱石。
「なっ!?いつの間に……」
さらに、頭上からズジャンッ!──鉱石の板が地面に突き刺さり、仲間を一人ずつ分断していく。
凸凹の鏡に映る、自分自身の姿──幾重にも重なった“もう一人の自分”。
ぞわりと、心が揺さぶられる。
──そう、ここは《嫉妬の洞》。
ネーオダンジョン特有の“感情干渉”が始まろうとしていた。
(つづく)




