【164】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編③ 〜黒紫の刻印〜
──その夜。
冒険者育成学校、二年生男子寮。
アーシスの部屋には深い静寂が満ちていた。
シャワーを浴びたにゃんぴんが、ぷかぷか浮かびながら風魔法で毛を乾かしている。
アーシスはベッドに座り、あの時の事を思い出していた。
──はじめてのネーオダンジョン。
圧倒的な力の差に追い込まれたアーシスたち。
その絶望の淵で、突然にゃんぴんの身体が光り、アーシスの身体へと黒紫のマナが流れ込んだ──瞬間、アーシスの心臓は悲鳴を上げ、視界が赤く染まる──だがそれと同時に、魔力が急激に高まり爆発的な力が全身を駆け巡った。
──しかし、その力に身体は耐えられなかった……。
耳に甦るのは、ダークデンジャーの言葉。
"人より抜きん出て強くなるには、"特性"が不可欠"
"少なくとも今のままじゃ、その先には行けないよ"
(あの力を、自分のものにするんだ……)
アーシスは唇を噛んだ。
「ふんふんふん〜♪」
鼻歌交じりに頭へ着地したにゃんぴんに、アーシスは声をかける。
「なぁ、にゃんぴん」
「んにゃ?」
「……あの時のこと、覚えてるか?ネーオダンジョンに、斬剣祭……」
アーシスの瞳は真剣そのものだった。
「あの時、お前の身体が光って、その光が俺の中に流れ込んできた……。そして、全身にものすごい魔力が湧き上がってきたんだ。……あれはいったい、なんなんだ?」
「んにゃ〜、わからないにゃ〜」
にゃんぴんは頭の上でのんきにゴロゴロしている。
「にゃんぴん。……俺は、あの力を自分のものにしたい。……この世界、思ってたよりも深い闇がありそうだ。俺は……出会ったみんな、大切な人たちを守りたい。……でも、今の俺じゃダメなんだ」
言葉を吐き出すように告げるアーシス。
その前に、にゃんぴんがふわりと舞い降り、真剣な眼差しで見つめた。
「ん〜……危険にゃ」
アーシスは顔を上げる。
「……あの光は“黒紫のマナ”。魔物から吸収したマナにゃ。にゃんぴんの身体には、それを取り込む“刻印”があるみたいにゃ」
「えっ?」
「ネーオダンジョンでアーシスを守ろうとしたら、身体から"黒紫のマナ"が飛び出したにゃ。普通の人間だったら即死するようなマナにゃのに、アーシスには適合性があったみたいにゃん」
うんうんと首を縦に振るにゃんぴんの前で、アーシスの顔から血の気が引く。
「ちょ、ちょっと待てよ。……俺も死んでたかもしれないってことか!?……そんなもんを俺に放ったってことか!?」
「わ、わざとじゃないにゃ!それに、結果オーライにゃっ!」
必死に弁解するにゃんぴんに、アーシスはジト目を向けた。
「こほん……。ともかく、アーシスは黒紫のマナを力にすることが出来る。にゃんぴんはすごいから、練習してある程度自由にマナを放出できるようになったにゃ」
にゃんぴんは胸を張る。
「それじゃあ──!」
アーシスの瞳が輝く。しかし、にゃんぴんは首を横に振った。
「……アーシスの身体が持たないにゃ」
「……!?」
「"黒紫のマナ"は、血管の隅々まで魔力を注ぎ込むにゃ──その負荷は、心臓を破裂させるにゃ」
「そ、そんなもん、まだわかんねぇじゃねえか!」
「……斬剣祭を思い出すにゃ。……適合性はたしかにある。……でも、身体への負荷が大きすぎるにゃ」
静寂。
だが次の瞬間──
「……にゃっ!?」
アーシスはにゃんぴんの頬を両手でむぎゅっと引っ張った。
「にゃんぴん、そんなことで俺が諦めるとでも思ったのか?」
「……!」
アーシスは口元に笑みを浮かべる。
「ちっちゃい頃から、散々色々あったけど、その度に二人で努力して乗り越えて来ただろ?……今回も同じだ」
ぱちん、と手を離す。
「それに、命を賭けるのなんて、冒険者なら当たり前のことだぜ。……最強の冒険者を目指すんならな!」
その瞳には、真紅の炎が宿っていた。
にゃんぴんは一瞬だけ目を細め──まるで子を見守る親のように、やさしく息を吐いた。
「……まったく、昔から変わらないにゃ」
「へへっ」
「しょうがにゃい、明日から特訓にゃ!!黒紫のマナをコントロール出来るようになるまで、死ぬ気でやるにゃ!」
「おう!望むところだぜ!!」
深い夜が静かに過ぎていく。
──それは、後に《黒紫の剣士》と呼ばれる剣士が産声をあげた瞬間だった。
(つづく)




