【126】単独任務:ダンジョンボス捕獲クエスト編② 〜クルズの古城跡へ〜
朝靄がまだ校舎の屋根にかかる頃、冒険者育成学校の正門前には、4人と1匹の影が集まっていた。
「──よし、行くかっ!」
アーシスが元気よく拳を掲げたが、後ろからため息が聞こえた。
「支援魔法の準備は万全だけど……捕獲術式、ちゃんと発動できるか自信ないなぁ……」
アップルはローブの裾をいじりながら、眉を寄せてぼやく。
「そのボス……《幻術系》の噂がある……」
マルミィは資料が詰まった小さなブックポーチを抱えて、ぽつりとつぶやいた。
「ビビってもしょうがないだろ」
シルティが腕を組み、ズバッと言い切った。凛としたその声に、空気がぴしりと引き締まる。
「……そうだな」
アーシスは笑って頷き、にゃんぴんがぽふっと空中を回転する。
「にゃんとかなるにゃ〜」
そうして、エピック・リンクの単独任務が始まった。
◇ ◇ ◇
揺れる馬車の中、アップルが巻物を広げながら語りだした。
「《クルズの古城跡》ってね、元は西方貴族の居城だったんだよ。魔王軍の進行で崩壊したあと、しばらくは放棄されてたんだけど……10年前、《グリムレイス》って魔物が住み着いて、B級ダンジョン認定されたの」
「一度は討伐されたんだよな?再覚醒って……どういう仕組みなんだ?」
アーシスの問いに、アップルは真剣な目で答える。
「……不完全な討伐だった可能性が高いよ。魂に未練があったか、封印が緩んだのか……」
「あるいは──」
にゃんぴんがぽつりと呟く。
「だれかが……わざと目覚めさせた可能性も、あるにゃん」
重たい沈黙が馬車の中に落ちた。
◇ ◇ ◇
日が傾きかけたころ、一行は《クルズの古城跡》へと到着した。
クエスト依頼書を手形に、ギルドにより封鎖されたダンジョンに足を踏み入れる。
崩れかけた石壁、蔦に覆われた城門、そしてそこから漂う、うっすらと紫がかったマナの気配。
「にゃんか……心がざわざわするにゃ〜」
にゃんぴんが空中で毛を震わせた。
城門をくぐり、不気味な雰囲気の中、警戒しながら一歩ずつ奥へと進んでいく。
「……なにも、出てこないな…」
あたりを見回しながらアーシスが呟いた。
以前は穀物庫だったのか、納屋だったのか、あるいは騎士館だったであろう廃屋の間を抜け、古城の主城門を抜けた──その時だった。
ぴちゃり──と、湿った足音のような音。
「──構えろ!」
シルティの号令と同時に、エピック・リンクの面々は戦闘体制に入る。
緊張が走る──アーシスたちは息を殺してまわりを警戒する。
「……あそこ!」
マルミィが叫んだ先、何かの影が最奥の建物の中へと消えて行くのが見えた。
◇ ◇ ◇
影を追いかけて入った建物は、闇に沈んだ地下礼拝堂だった。
天井から垂れ下がった黒く溶けたようなシャンデリアと、祈りの像が割れた十字の祭壇が静寂を支配している。
その空間の中心に、うごめく“影”があった。
「ッ……出たな……」
アーシスが思わず後ろへと半歩下がる。
祭壇の影からゆらりと立ち上がったそれは、狼にも人にも見える曖昧な輪郭の幻獣。
だが、顔の中央にあるのはぎらついた“紅の一つ目”──。
「っ……あれは、シャドウフィンド!?」
アップルが悲鳴交じりに叫んだ。
「ッ、こっちに来るにゃんっ!!」
にゃんぴんの声が響くと同時に、それは滑るように前進してきた。
影から影へと瞬時に移動するその姿に、目が追いつかない。
「来いッ!」
アーシスがホワイトソードを振るう。
だが──、
斬撃が、影の身体を素通りして霧散した。
「くっ、斬ってもすり抜ける!?」
「……物理、効いてませんっ!」
マルミィが叫ぶ。その間に、シャドウフィンドの影がアーシスの足元に広がった。
(つづく)




