【119】伝説の鍛冶屋編① 〜パンケンの正体〜
「ふにゃ〜、ボロボロにゃ……ポリポリ」
小魚をかじりながら、空中をくるくると旋回するにゃんぴんの声が、アーシスの部屋にこだました。
アーシスは静かに、手元に置いた剣を見つめていた。その刃は幾度も戦いをくぐり抜け、今では至る所にヒビと刃こぼれが走っている。
「……新調するしかないか」
ぼそりと呟いたその声には、少しの寂しさと、戦友への愛情が滲んでいた。
◇ ◇ ◇
「これなんかどうだ?」
翌日、放課後の武器屋巡り。アーシスは剣を手に取っては、振ってみる。
バランスは悪くない。しかし、何かが足りない。
「……そんな剣じゃ、お前の技量に耐えきれず、すぐにオシャカだぞ」
シルティの鋭い言葉に、アーシスは剣を元に戻す。
「だよな」
別の剣──見た目も良く、振り心地も上々な一振りを手にすると、シルティが珍しく微笑んだ。
「これは……いいかもな」
だが──その価格を見た瞬間、二人は絶句した。
「……じゅ、十万ゼルミ……!?」
……脱力して店を出たアーシスたちは、夕暮れの通りを歩いていた。
「はぁ〜……」
溜息が漏れるアーシスに、アップルが首を傾げる。
「アーシス、他に剣は持ってないの?昔使ってたやつとか」
「ん〜、思い当たらないなぁ……」
そう言いながらアーシスは、何気なく通りの金物屋に目を向けた。
「あ……パンケンがある……」
「パンケン?」
◇ ◇ ◇
アーシスの寮の部屋。
「……あった、これだ」
アーシスは押し入れの奥から、布に包まれた長物を取り出した。
布をほどいた瞬間──出てきたのは、油と焦げで黒く染まった、何とも言えない一本の剣だった。
「……なにこれ!?」
「く、黒焦げ!?」
アップルとマルミィの悲鳴が重なる。
「……昔さ、山にしばらく放り出された時、フライパンがわりに使ってたんだよ、これ」
目を閉じて思い出し笑いを浮かべるアーシス。
「……それで"パンケン"、ですか」
マルミィが顎に人差し指を当てながら呟く。
「……なんてバチ当たりなことを」
シルティはしらけた目でジトっとアーシスを見る。
「いやぁ、どうしてもステーキが食べたくなっちゃてさぁ、この剣なら丈夫そうだし大丈夫かと思って。
そしたらさぁ、熱伝導がよくて、素材の旨みを一瞬で封じ込めるから、めちゃめちゃ美味しいレアステーキが焼けるんだよ」
「……た、ためしてみよう」
よだれを垂らすシルティに、アップルは「おい…」と突っ込む。
──そんな中、
「この剣を、武器屋さんにメンテナンスしてもらうのは、どうですか?」
マルミィが冷静に提案した。
◇ ◇ ◇
ドタドタドタっ!!
武器屋の主人は、剣を見た瞬間に椅子から転げ落ちた。
「?」
「……大丈夫ですか?」
立ち上がる主人は、震えながら小声で言う。
「……こ、これは……オ、オリハルコン……」
一瞬の沈黙の後、
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
アップル、シルティ、マルミィの声が武器屋の外まで響き渡った。
「……なんだ?……そのオリなんとかって?」
何も知らないアーシスに「オリハルコン!!」とアップルが激しく突っ込む。
「……伝説級の、金属です…」
興味がなさそうにふわふわと浮遊するにゃんぴんの横で、マルミィが呟いた。
「……え?」
アーシスは状況を理解できていない。
「お、ま、え、は、なんていうものをフライパンにしてたんだ…」
シルティはアーシスの頬に拳をぐりぐり押し付ける。
「と、とにかく、こんな代物はうちじゃあ整備できないよ……悪いけど、他をあたってくれ」
◇ ◇ ◇
「んー……剣はあったけど、このままじゃ使えないな」
町角の小さな公園のベンチに座って、アーシスは天を仰いだ。
「せっかくのオリハルコンなのにね」
アップルも残念そうに頭で手を組む。
「あの……ギルドで鍛冶師を紹介してもらうのは、どうでしょう?」
マルミィがぼそっと提案した。
「マルミィ、今日は冴えてるな」
シルティが笑顔でぽん、とマルミィの肩を叩いた。
◇ ◇ ◇
ギルドへ行くと、カウンターでマーメルとナーベが話をしていた。
「あら、アーシスくん」
アーシスたちに気がついたマーメルが、笑顔で声をかけてきた。
「どもっ。お、ナーベも来てたのか」
気さくに声をかけるアーシスに、ナーベは少し頬を赤らめる。
「いやぁ、実はさあ、この剣を整備して欲しいんだけど、武器屋さんに断られちゃって……」
布を少し取って、ちらっと剣を見せる。
「!!……そ、それって……」
ちらりと見えた剣を見て、ナーベの顔が青ざめる。
「ああ、オリなんちゃらってやつ。マーメルさん、誰か良い鍛冶師知らないかな?」
「……そうねぇ、オリハルコンとなると、ちゃんとした腕のある人じゃないと……」
あっ、と思いついたマーメルは話し出す。
「……あの二人なら、もしかしたら……でも、引き受けてくれるかはわからないなぁ」
「それでいい!教えてくれ!」
「……"スチールフォージ工房"……場所は、ヤトソ山脈のふもと──ニメタス村よ」
マーメルは懐かしそうに呟いた。
「スチールフォージ工房……か」
アーシスが呟くと、横からアップルが提案した。
「ねぇ、ちょうど次の休み、連休だし、行ってみる?」
「……面白そうだな」
シルティも興味津々に同意する。
「鍛冶屋見学も面白そうです」
マルミィも頷く。
「よっしゃ、そんじゃあ、行ってみるか!」
アーシスが元気よく叫ぶと、にゃんぴんも楽しそうに空中をくるくると回りだした。
「ちょっとした、旅行にゃ〜」
こうして、アーシスたちは伝説の鍛冶屋を探す旅へと出ることになる──
(つづく)




