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【118】斬剣祭《ザンケンサイ》編⑩ 〜祭りのあと〜


 ──勝者が決まった闘技場は、なおも歓声に揺れていた。


 砂塵の舞う円環の中心で、アーシスは仲間たちに支えられながら、ゆっくりと立ち上がっていた。

 両腕には、シルティとナーベがしっかりと肩を貸している。アップルが小走りでやってきて、包帯とポーションの準備をしながら怒鳴った。


「ったく!無茶しすぎだってば!」

「……へへ、でも、勝ったから……いいだろ?」


 アーシスが笑うと、応援席から生徒たちが歓声を上げ、次々と階段を駆け下りてくる。


「よっしゃああああ!!勝ったぞぉぉぉ!!」

「分校が!分校が勝ったんだぁぁ!!」


 その声はやがて、会場全体を巻き込むような熱狂となって広がっていった。 本校の生徒たちも、思わず手を叩いていた。勝負の行方を越えた、若き剣士たちの姿に胸を打たれたのだ。



   ◇ ◇ ◇


 観客が見守る中、中央ステージで表彰式がはじまる。


 勝利した分校の剣士たち5人──アーシス、シルティ、ダルウィン、パット、そして傷の癒えたグリーピーが、横一列に並ぶ。


 王国の代表として登壇したのは、威厳ある銀髪の老騎士。彼が手にしていたのは、光を反射する黄金の指輪と、細身ながら気品のある鍔付きの剣。


「この栄誉ある戦いの勝者──分校に、“王剣の証”を授ける!」

 観客が息を呑む中、指輪が掲げられた。


「そして、今年度の“金剣の指輪”──個人MVPは……」


 一瞬の静寂。


「アーシス=フュールーズ!!」

 場内は割れんばかりの歓声に包まれた。


「うわっ、まじか……!」

 アーシスは驚いた表情のまま、壇上に進む。


「君の剣は、強さだけではなく……仲間の想いと歩んだ証だ」

 指輪がアーシスの指に滑り込むと、黄金の光がほのかに弾けた。

 その光の中で、にゃんぴんがアーシスの頭の上にぴょこんと飛び乗り、満足げに一鳴きした。

「にゃ!」



   ◇ ◇ ◇


 表彰式終了後──。


 歓声がやや落ち着いた頃、控えのステージ裏。人払いされた通路の端で、パブロフと、本校の顧問ダンバイロンが向き合っていた。


 ダンバイロンはひくひくと唇を震わせながら、青筋を浮かべていた。

「……フン、まぐれ勝ちでいい気になるなよ。所詮は田舎者……本物の実力が試されるのは、もっと先だ」

 その声は、捨て台詞というよりも、敗北を受け入れきれない己への言い訳のようでもあった。


 パブロフは苦笑すら浮かべず、淡々とした目で相手を見つめる。

「だったら次の“本物”の舞台で、また会おうぜ。……教師として、お前より“強い冒険者”を育ててな」


「……っ!!」

 その一言に言い返す言葉もなく、ダンバイロンは悔しそうにその場を去っていった。



   ◇ ◇ ◇


 舞台裏、通路の一角では、ダークデンジャーが弟子・トルーパーとすれ違う。


「……あのときの一撃、忘れるな」

「はい、師匠……」

 トルーパーは唇を噛み、拳を握りしめたまま背を向けた。

 その様子を見ていたダークデンジャーは、小さく笑った。



   ◇ ◇ ◇


 分校控え席の生徒たちの様子を、パブロフは遠くから見つめていた。


 その横でガンドールが肩を組んでくる。

「パブロフ、すごい生徒たちを育てたな」


「……別に。あいつらが勝手に育ってくれたんですよ」

 魔導タバコに火をつけ、深く吸い込むと、パブロフは晴れた空を仰いだ。



   ◇ ◇ ◇


 ──そして。

 夕暮れの王都イシュヴァル。


 宿舎への帰り道。

 市場の片隅、果物屋の台の上で、いつの間にか売り物のリンゴを咥えていたにゃんぴんが、尻尾を立ててにゃーと鳴いた。


「にゃんぴん!?また盗み食いして!」

 アップルの叫び声が、夕空に響き渡った。


 ──それは、いつもと同じ、賑やかな笑い声だった。



   ◇ ◇ ◇


 王都の一角に設けられた分校の臨時宿舎。

 アーシスは一人、部屋の窓辺に立ち、月を見上げていた。

 窓の外にはまだ、王都の賑わいの残る灯りが揺れていた。


「……あの時の、黒紫のマナ……やっぱり、にゃんぴんから出てたよな……」

 ポツリと呟いた声は、誰に届くでもなく、静かに部屋に溶けていった。


「……ネーオダンジョンの時と、同じだ。あれは偶然じゃない……」

 アーシスは拳を握り締める。


「にゃんぴん……お前、いったい何なんだ……」

 しかし、背後のベッドで寝転がっているにゃんぴんは、例によっていびきをかいていた。


「……にゃ、にゃ〜……すぴ〜……」


 アーシスは笑いながら頭を掻く。

「……まあ、今はいいか。まだ、時間はあるさ」


 月明かりの下、少しだけ深まった夜の静寂の中で、アーシスの胸には一つの決意が芽生えつつあった。


(斬剣祭編、完)


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