【117】斬剣祭《ザンケンサイ》編⑨ 〜最終決戦《後編》〜
聖刃円環。
剣だけがすべてを決する円形闘技場。
アーシスの剣が、ついに天才トルーパー=リビンズの頬を裂いた。
観客席がざわつく。驚き、どよめき、そして歓声。
静まり返った本校の控え席。
その中で、トルーパーは無言で立ち上がり、剣先をゆらりと構えた。
「僕の剣が、“受け”だけではないことを──見せてあげるよ」
──その刹那、風が裂けた。
トルーパーが地面を蹴り、まるで閃光のような速度でアーシスに迫る!
「おわっ……!!」
アーシスは受け止めるが、その重さと鋭さに腕が痺れた。
──攻守が逆転する。
トルーパーの剣は今や嵐のように容赦なく振り下ろされ、アーシスはただひたすら受け、かわし、地を滑る。
「つ……強い……」
応援席のアップルたちは息を呑む。
(当たり前だ。このダークデンジャー様が、直々に指導してきたんだからな)
観客席の片隅で、自慢げなポーズを決めるダークデンジャー。
「……ちょっと、邪魔で見えないんですけど」
後ろの観客からクレームを受けるダークデンジャー。
──バシュッ!!
「ぐっ……」
咄嗟の防御でも間に合わず、肩に一太刀──血が舞った。
「アーシスくん!!」
応援席のマルミィが叫ぶ。アップルが両手を合わせて祈るように見つめ、ナーベは強く唇を噛んでいた。
さらに、胴をなぞるように刃が走り、足元がふらつく。
左右から神速で繰り出される斬撃を受けとめきれず、闘技場にはアーシスの血が激しく飛び散る。
会場の空気が静止する──観客は、この戦いの結末を感じ始めていた……。
「……決まりね」
ルールーが呟く。
ふらつくアーシスを前に、トルーパーは少しの距離を取って構える。
「……終わりだ。
《無音断閃──サイレント・ブレイカー》!!」
その一閃は、まさに無音だった。
剣が振り抜かれた時には、すでにアーシスの身体は弾かれ、空中を回転しながら壁へと叩きつけられていた──。
「アーシス!!」
シルティの叫びと共に、会場が悲鳴に似た声でどよめく。
壁にもたれるように倒れ込んだアーシスの口から血が垂れ、眼は虚ろだった。
「や、やられたのか……?」
観客たちが息を呑む中、アーシスは血を吐きながらも、倒れたまま拳を握りしめた。
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!」
震える声で叫んだその瞬間── マルミィの頭に乗っていたにゃんぴんの額に紋章が浮かび上がった。
──淡い黒紫の光がほとばしり、細く長いマナの流れがアーシスへと流れ込む。
「……なに? このマナは……」
ナーベが目を見開いた。次の瞬間──
ズキッ——!
「ぐっ……!」
心臓を釘で打ち抜かれたような衝撃──視界が赤く染まり、全身に異様な熱が巡る。
「ぐ……あああああああああああああッ!!」
アーシスの体から凄まじい魔力が放たれる。
「……な、何が起きてるんだ……」
トルーパーの眉がわずかに動く。
そして、闘技場の空気が──変わった。
立ち上がったアーシスは、紫の魔力炎を剣にまとわせ、地面を焦がしながら突き進む!
「うおおおおおおおおっ!!」
魔力剣が唸りを上げ、空間を切り裂き──受け止めたはずのトルーパーの剣を貫通し、鎧を十字に切りつけた──。
「な……な、んだ、と……」
鎧が裂け、胸元から赤い閃光がほとばしる。
「が……っ……」
トルーパーは膝をつき、力なく地に崩れ落ちた。
──静まり返る会場。
一瞬の沈黙の後、実況の声が結界を突き抜け、空まで響いた。
「勝者、アーシス=フュールーズ!! 今年の斬剣祭は──分校の初勝利だあああああっ!!」
観客席はまるで地鳴りのような歓声に包まれた。
「やったあああああ!!」
バペットは全財産の賭け札を振り回して泣き叫び、「か、勝った……分校が……本当に……」ギルド関係者や市民の中でも、目頭を押さえる者すらいた。
「……アーシス!!」
真っ先に駆け寄ったのはシルティだった。
倒れかけたアーシスをしっかりと抱きとめ、「……お疲れ様」そう囁いた。
後方から駆け寄ってきたアップルとマルミィ、ナーベも加わり、光のヒーリングが放たれる。
にゃんぴんの額に浮かんでいた紋章は、人知れず、ふっと静かに消え、空へと昇っていった。
──そして。
控え席から遠く離れた観客席の最上段、黒いマントを羽織ったダークデンジャーが、腕組みしながら呟く。
「……アーシスが、勝ったか…」
顎に手を当て、どこか満足そうに微笑むその視線の先──。
トルーパーは地に伏しながら、うっすらと目を開けた。
「………負けた、のか……」
人生で初めての敗北。その痛みに、どこか憧れにも似た光が宿っていた。
(これでまた、トルーパーも強くなるな…)
ダークデンジャーは静かに一人、頷いていた。
──遠く離れた建物の一室。
モニターに映る勝利の瞬間に、スターリーは興奮していた。
「……すごい!!今の見ました!?」
その隣で、黒い影の男が静かに立ち上がる。
「……はじまっているようだな…」
その目には、光と闇の均衡を見定めるような鋭さが宿っていた。
スターリーは、腰に手を当てて男をみつめる。
「……運命からは、逃れられない──」
男はモニターを見ながら、そう呟いた──。
◇ ◇ ◇
「ん……んん……」
目を覚ましたアーシスに、シルティが声をかける。
「大丈夫か!?」
「……ああ、ありがとう」
アーシスは、わずかに笑みを浮かべて周囲を見渡す。
「……俺……勝ったんだよな……?」
その声に応えるように──
「ああ、お前の勝ちだ」
現れたのはパブロフ。魔導タバコをくわえたまま、眼鏡の奥の瞳でまっすぐにアーシスを見つめて言う。
「いや……“お前ら全員”の勝ちだ」
シルティ、ダルウィン、パット、グリーピー──それぞれが目に涙を浮かべ、肩をぶつけあいながら叫ぶ。
「よっしゃああああああああ!!!」
天に突き上げられた拳が、夕陽に染まる空へと咲き誇った。
(つづく)




