【114】斬剣祭《ザンケンサイ》編⑥ 〜威風堂々〜
聖刃環の熱気は収まらず、むしろ高まりを見せていた。
だがそれは、連敗を喫した分校の応援席には重く、冷たくのしかかっていた。
「結局いつも通りか……」
「まぁ、最初から勝てるとは思ってなかったけどな」
観客席のあちこちで、そんな声が漏れる。
一方、本校の控え席では──
「ふわぁぁ、斬剣祭も終わりか…」
ドムスが大あくびをしながら言う。
「……ま、次で終わりでしょ」
ルールーが気だるげに言う。
「……まだ、わからないよ」
その横で、寡黙な剣士──トルーパーが口を開いた。
──視線の先には、赤髪をなびかせて控える少女の姿。
「ふん、ペパールトなら万が一にも負けないでしょ……私より強いんだから」
ルールーは鼻を鳴らした。
◇ ◇ ◇
魔導スピーカーが響く。
「さあっ、お待たせしました!いよいよ第三試合の時間だぁぁ!!」
暴風の魔導エフェクトがフィールドに展開され、断崖と荒岩がせり上がる。その上空を吹き抜ける轟音の風。
「今回のステージは──烈風の断崖!視界と体勢を常に乱される、最悪のフィールドだぁ!!」
「ふふ…あの女、運にも見放されたわね。"風"はペパールトの得意分野よ」
そう言うと、ルールーはドサッと椅子に深く座り、足を組んだ。
──歓声が上がるなか、両選手が登場した。
「くっくっく……これで終わりにしてやるよ、本国から逃げ出したお姫様」
嫌味たっぷりに笑みを浮かべて登場したのは、アルゼニア王国からの交換留学生、ペパールト=グレッチ。
──だが、シルティは無言。
その赤い瞳は、ただ静かに相手を見据えていた。
「始め!」
号令と同時に風が唸る。
ペパールトは地を蹴ると、風に乗り、高速で宙を舞った。
「さあ踊れよ、シルティッ!」
その剣に風が絡み、螺旋を描いて斬撃が繰り出される。
空気を裂く剣圧が、鋭い衝撃波となって断崖を削りながらシルティを襲った。
「なんだあれ!?」
「か、風と一体化しています」
アップルとマルミィが応援席で驚く。
だが──
バシュッ、バシュッ、バシュッ。
風の音を斬り裂くように、シルティの剣が動いた。
わずかな一瞬、放たれた全ての斬撃を、真っ向から切り伏せていた。
その剣筋は、ペパールトには見えなかった。
「は?……なんだ、どういうことだ!?」
ペパールトが困惑した瞬間、暴風になびく断崖の先で、シルティは一歩、髪とマントをはためかせながら、足を踏み出した。
「……この野郎、調子に乗りやがって!!
くらえ、《風纏駒》──スピニングカット!!」
ペパールトの体が旋風に変わる。
剣を構えたまま、渦巻くように回転突撃。その威力は断崖を抉り、空間を震わせる。
「シ、シルティ!!」
アップルが叫んだその時──
──斬!!
一瞬で全てが終わった。
気づけば、ペパールトの剣は空中で砕かれ、彼の体は無数の浅い斬撃を浴び、風に乗って宙を舞った。
その血が風に乗り、赤い竜巻のように渦を巻き、断崖の岩場へとペパールトを叩きつける。
──会場は一瞬で静まり返った。
「……きゅ、救護班!!」
審判が叫び、ホバーボートがサイレンを鳴らして降下してくる。
シルティは静かに剣を納めると、無言のままステージを降りた。
「し、勝者──シルティ=グレッチ!!」
実況の絶叫に、観客たちがようやく息を吹き返し、大歓声が巻き起こる。
「よっしゃぁ!」
「やるにゃん!」
アップルはガッツポーズ、にゃんぴんは飛び上がり、応援席も歓喜に包まれる。
ゆっくりと控え席に戻ってきたシルティは、迎えるアーシスと、無言でハイタッチ。
「……ああ、あれが……"剣聖"の血筋か」
観客の中で誰かが呟いた。
この瞬間、風の断崖を制した少女の名が、イシュヴァルの空に刻まれた。
(つづく)




