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どうやら昔話のようです【9】

「覚悟は、覚悟はもちろんある! どんなことでもする! 何か方法があるならば教えてくれ!」


 私は必死に頼み込んで頭を下げる。


「……わかった。だがうまくいくかどうかは私にもわからないし、それはお前次第だ」


「私次第……?」


 その言葉に固唾を呑み、反芻すると、冥府の神は頷いた。


「お前が神でなくなれば、あの断ち切られた魂の一部は一つに戻ることはない。だからお前が人間に転生し、その娘から分けられた魂に刻まれている断ち切りの力を自ら使いこなせるようにするのだ。そして自分で娘との魂を断ち切り、転生した娘の魂に戻す。恐らくこの娘はもう一度転生することはできるはずだ。魂は自らの一部であったものには馴染みやすいし、もともと残った娘の魂の方には縁を繋ぐ力が残っている。それであれば修復は可能なはずだ」


「そのようなことが本当にできるか?」


「もちろんそれもお前次第だ。この娘が転生しても、もし前世の記憶を残していれば、それだけ魂の崩壊は早くなる。それまでにお前は自らの力を磨き、彼女を見つけなければならない。あいにく私は人間の輪廻転生を司る黄泉の国の一部、冥府の神だからな。お前も人間となるなら私の力を奮える範疇だ。大体の転生する次期、場所は合わせてやれるが、やはり最後はお前自身で探すしかない」


「それはもちろんだ。少しでも可能性があるなら何だってする!」


 冥府の神は私の言葉にすっと目を細める。そして重たい声を出す。


「その言葉嘘偽りはないな? もう一つ重要なことがある。今のお前をそのまま人間に転生させることはできない。お前の神としての魂は人間の器に収まりきらない。体のほうが壊れてしまうからな。だからその魂を収めるためにお前の魂に刻まれた力を削がなければいけない」


「力を削ぐ? それは一体どうやって……?」


 冥府の神はこちらをじっと見つめる。まるでこちらを試しているように。

 私は手をぎゅっと握り締めると、問いかける。


「教えてくれ」


「私の取り仕切る冥府には罪人を閉じ込めるための蔵がある。その蔵の中では常に魂の力を奪われ続ける。お前がその蔵に入れば魂の力を削ぐことは可能なはずだ。しかし魂の力を無理やり削がれるのは想像以上の苦痛を伴う。それこそ体中をバラバラにされるような激痛だ。以前にも神から人になりたいと願ったものはいたが、その激痛に耐えられず結局逃げ出した。それにそんな激痛を乗り越えて人間になったとしても、うまくいくかわからないうえ、娘に魂を返せば今度は壊れていくのは人間として転生したお前の魂だ。それでもお前は人間になりたいと望むか?」


 冥府の神の重みのある言葉に、私はしっかりと視線を合わせて頷いた。


「もちろんだ。たとえ何があろうともユキの魂だけは今度こそ何があっても守り抜く」


 冥府の神が私の目をじっと覗き込む。私自身も決意が伝わるよう決して視線を外さず見つめ返す。するとふっと冥府の神は表情を和らげた。


「わかった。ならば私についてくるがいい。その娘の魂は私が預かろう」


「おい! 本気か? そんな誰かに入れ込むような理を歪ませることをすればお前だって……」


「こんなものは大したものではない」


 北の神は私を睨むと今度は冥府の神を見つめ、はーっと息を吐き出した。


「わかったもう勝手にするがいい。この地はしばらく私が預かろう」


 そう言うと私の体を縛っていた何かが外れたように体が軽くなる。


「行くぞ」


 そして私は北の神に頭を下げ、冥府の神の後に続き、黄泉の国に向かった。





「ここが先ほど話した蔵だ」


 私が連れてこられた場所は黄泉の国の冥府の中でもさらに一番奥深く、ひっそりとした薄暗い場所にあった。

 蔵の扉の外にいてもぞっとするほどの異様な気配が漏れ出してきている。

 しかし私は蔵の取手に手を伸ばすとゆっくりと扉を開いた。


「ふっ……この気配を前にしても思いは変わらぬか。いいだろう。これを渡しておこう」


 冥府の神は私に向かって力の込められた不思議な珠を差し出す。


「これは特殊な加工でこの珠からは力が抜け出ることはない。もし耐えきれず止めたくなればその珠に合図を送るといい」


「いや、それは必要ない」


 私の言葉に冥府の神はふっと笑うが、私の手に珠を押し付けた。


「まぁ、一応持っていけ。もし最後まで耐えきれたならば、魂が人間の体に収まるようになったころ、私が扉を開けてやる」


 私はその言葉に頷くと、真っ暗な蔵の中に入っていった。


 蔵の中は話を聞いていた以上の想像を絶する激痛を伴った。魂の力を削がれる前に自我が崩壊してしまうのではないかというほどの……

 しかしそれでも私はずっと耐え続けた。唯々ユキの魂にもう一度会い、その魂を元に戻したいという願いのために。



 何百年経っただろうか、意識もあやふやになる中、蔵の扉がゆっくり開いた。


「まさか本当にこれほどの時を耐えきるとはな……」


 私はなんとか立ち上がると、ふらりと蔵の外に向かって歩き出した。

 ここへ来た時はこの蔵の扉の前が薄暗いと感じていたのに、今はここも明るく感じる。それほど蔵の中は何も見えないような真っ暗な闇だった。


「ユキの魂は……?」


 久々に出した声はガラガラで、体中が痛みで感覚がない。

 それでもそれだけは確認しなければと冥府の神を見つめる。


「大丈夫だ。ここにある。私の力で何とか崩壊は食い止めているが、早く転生させたほうがいいだろう」


 掌にあるユキの魂を差し出した冥府の神は私がその言葉に頷くと歩き出した。


「ついて来い」


 私は冥府の神の後に続き、案内されるまま歩いて行く。しばらく歩き、大きな扉の前で冥府の神が振り返る。


「これが転生するものがくぐる扉だ。何か最後に聞きたいことはあるか?」


 必要なことは事前に聞いた。ただ少し気になっていたことがあった。


「どうして……どうして私たちにここまでしてくれたのだ?」


 冥府の神は全て魂に平等でなければならない。そのことは知っている。私が窺うように見つめると冥府の神はふっと表情を和らげる。


「大したことではない。ただ少し興味が湧いたのだ。神と人が互いを想い合い、自らを犠牲にして行き着くその先に。だからお前が気にすることはない。さぁ、行け」


 私は冥府の神に深々と頭を下げると扉に向かって歩き出した。


(ユキ……必ずお前の魂を見つけ出すから……)


 扉をくぐり中の光に触れた瞬間、全ての感覚がなくなった。







 私は真人さんから聞いたそのあまりに衝撃的な話に呆然となり、しばらく放心する。

 真人さんはそんな私の様子に困ったように笑った。

 私は何とか口を動かし、真人さんに問う。


「それでは真人さんは……真人さんはその神様の生まれ変わりということなのですね?」


「はい……すみません。重すぎる話でしたね……このレストランにも長居しすぎました。少し場所を移しましょうか?」


 真人さんの言葉に何とか頷き、私たちはまた水族館の中を歩き出す。



 しばらく沈黙が続く。


「……私が恐くなりましたか?」


 真人さんの小さな呟きに私は大きく首を横に振る。


「そんなこと! そんなことはありません! ただ……」


 あまりに悲しすぎる衝撃的な話だった。


 そんなに長い時を苦しみ待ち望んできた真人さんにこんなことを聞くのは図々しいと思う。それでもユキさんを思う真人さんの言葉に、そしてはっきりさせたいと思う私自身の気持ちに聞かずにはいられなかった。

 

「真人さんは私をユキさんの魂だと思うからこそ、優しくしてくださっていたんですね……?」


 真人さんは私の言葉に苦笑する。

 そして私の正面に立ち、しっかりと目を合わす。


「確かに最初はそうでした。優希さんがカフェに来られた日、どれほど歓喜したか……ずっと探していたユキの魂を持つあなたに会えたと……しかしずっと一緒に過ごすうちに感じました。あなたはユキとは違う人だと。似ているところもあるけど、やっぱり違う人間だと。それでも私はあなた自身に惹かれていきました。信じて欲しい……私はあなたを愛しています。あなたから想いを伝えてもらえて私はとても嬉しかった」


 その表情は嘘を言っているようには見えなくて、私を見つめる真人さんの表情はとても優しいものだった。私はその言葉と表情に涙が溢れてくる。

 真人さんはまた困ったように笑って私の涙をそっと手で拭ってくれる。そしてぎゅっと私を抱きしめた。


「あなたと会えて本当によかった」


「私も……」


 私もぎゅっと真人さんに抱きつく。長い孤独の中で、辛い時を過ごし、ずっと一人で耐えてきたこの優しい人に少しでもこの愛しい気持ちが伝わるように。

 そして真人さんはゆっくり私から離れるとふと悲しげな表情する。


「最後にこの気持ちをあなたに伝えることができて、こうしてデートもできて私はとても幸せでした。ですからもう悔いはありません。優希さんは幸せになってください……」


 真人さんは愛おしげに私を見つめるとそっと私の頬に自分の手を添える。

 私はその言葉にはっとする。


「ま、待ってください!」


 そうだ……真人さんは私の破損している魂を戻すため、こうして転生してきたのだ。さっきの言葉、このデートを最後に私に魂を返すつもりだったのだろう。


「いいえ。もう時間がありません……優希さんの魂は少しずつ崩壊が始まっている」


「でもそんなことをすれば真人さんが!」


 真人さんはその言葉に大丈夫だというようににっこり笑う。


「覚悟の上です」


「ダメです! もっとしっかり話し合いましょう! 私はそんなの嫌です!!」


 そう叫ぶと同時に頭に激痛が走る。そしてそれと同時に真人さんから聞いた話しと被る映像が頭の中に流れ出す。私は頭を押さえるが耐えきれずにその場に倒れそうになる。その体を真人さんが抱きしめ、支えてくれた。


「優希さん! 優希さん! 大丈夫ですか!?」


 私はその真人さんの言葉に返事をできぬまま、意識を手放した。



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