どうやら昔話のようです【5】
「しかしまさか私が土地神にさせられるとはな……」
その言葉に私がまだ怒っていると思ったのか男がピシッと姿勢を正す。
「いや、本当にすまなかった……」
「別にお前を責めるつもりで言ったのではない。どうせ今更どうにかできるものでもないからな」
男は安心したのか、ふっと表情を緩めた。
「でもあんたが土地神になってくれたのなら安心だ。あんたは長い時を生きるんだろう? 俺がいなくなった後も俺の子供たちの様子を気にかけてくれないか?」
「馬鹿言うな。私は知らんぞ。せいぜい長生きすることだな」
「そんな冷たいこと言わないでくれよ。なぁ、俺とあんたの仲じゃないか」
「どんな仲だ」
私がそう返すと男はしょんぼりしたようにチラチラとこちらを窺ってくる。私は小さく息を吐くと、男と反対方向を向く。
「そんな目で見つめてくるな。……少しだけなら見てやってもいい」
「本当か!? ありがとうな!」
男は私の前に回り込むと私の手を掴んでにっこり笑う。
すると繋がれた手から光が溢れ、周囲に向かって光の波が一気に広がっていった。
私ははっとして、しまったと後悔し頭を抱えるが後の祭りだ。
「な、なんだ? 今の?」
「はー……しくじった……」
「何がだ?」
何もわかっていないだろう男を見つめ、盛大にため息をつく。最近こんなうっかりが多い気がする。長く時間を共にしているうちにこの男の抜けた部分が移ってしまったのかもしれない。
「お前と契りを交わしてしまったんだよ。一族を見守るっていうな。私の神としての力はまだ安定してない。そのせいで力が勝手に誓約と認識したらしい……これで私の祝福をお前の血筋のもの全員に与えることになってしまった。そのせいで私の力はどんどん流れていくぞ……」
私の言葉に男がはっとして私の顔色を窺ってくる。
「そうなのか? あんた体は? 体は大丈夫か?」
「それはなんとか大丈夫だ。もともと私の力は膨大だったからな。でも永遠と外に流れ出ていくだけではいずれ枯渇するだろうがな……」
「えっ!! どうしたら回復するんだ? 俺の力をあんたに戻せないのか?」
「それはもう無理だな。それにお前一人の力くらいでは、今後もずっと子孫が増える度に力を与えるわけだからな。しかし私は神になったわけだから、おそらく信仰が失われなければ、力は回復すると思う。神とは信仰で成り立っているからな。信仰する者が多ければ多いほど神は強くなるものだ」
男はなるほどと大きく頷くと、胸を張る。
「そうか! それなら任せてくれ! ちゃんと里のものにあんたを敬い信仰するように伝えるよ。そうすればあんたの力は回復するんだろう?」
「ああ…………だが、やっぱりいい。おまえは何もしないでくれ」
私の言葉に男は不思議そうに頭をかしげる。
「なんでだ? ちゃんと伝えたほうがいいだろ?」
「おまえに任せるとろくなことにならない気がする。だから何もしなくていい!」
「ひでーな。流石にそれくらいでどうこうなったりしないぞ」
結局男は任せてくれともう一度言うと里に帰っていった。
そしてそれから男の血筋のものたちに次々と不思議な力が現れていった。その力は多岐に渡り、その力で生計を立てることもできるほどに里の内外でも重宝された。
里は不思議な力を持つ者たちの住む里として有名になり、次第に不思議な力を求め金が入り、裕福になっていった。
それでも男はどれだけ歳を取ろうとずっと変わらず、寿命がきて亡くなるまで私の元に通い続けた。いつもあの笑顔で、楽しそうに。
男が亡くなった日、おそらく祝福を与えていたせいだろう。大切なものを失ったのだという喪失感が私の心に満ちた。胸にポッカリ穴が空いてしまったようだ。
翌日、男の息子が私の祠まで来て、男が亡くなったことを伝えて来た。
そして男の冥福を祈ろうとして初めて気づく。
あれだけ長い時を一緒に過ごして来たというのに男の名前を聞いていなかったことに。何故聞かなかったのかと疑問に思うが、すぐ答えに行き着く。
あの男だけだったからだ。私のことを思いあれほどここまで通いつめ、話をするのはあの男だけだったから。ただ二人しかいないこの場所でお互いを呼び合うのは『あんた』と『おまえ』で十分だった。私の中でそれほどあの男は唯一のただ気楽に話しができ、笑い合える友だったのだ。そう気づくとより喪失感が強くなる。
「おい」
私がこちらに膝をついている男の息子に話しかけるとビクッと肩を震わせる。
「あの男の名前は何と言った?」
「父の名前でしょうか? 与助と申します」
「与助…………」
あの男にピッタリの名前だ。人を助け、与える。自分は食べるものがないのに私のところに食べ物を持ってくる姿を思い出す。
「もうよい。帰るといい」
私は男の息子にそう告げると自分の姿を見えなくする力をかける。その様子に驚き回りを見つめていたが、私の姿が見えなくなったことに安堵の息を吐くと男の息子は帰って行った。
やはりこのような姿で、特別な力まで持っているなど、たとえ神であっても恐がるのが普通なのだろう。与助と娘のユウが変わっていたのだ。
もうあのように気軽にこちらに呼びかけてくる声は聞こえない。そしてまた私の退屈で面白味のない日常が始まった。
それから何百年か経ったころだった。
私はあれからずっと変わらぬ退屈な日常を過ごしていた。
極力人の前に姿を現さず、だが信仰を失わない程度に姿を見せる。あの男の息子の様子を見てから、あまり相手を怯えさせないためにはその方がいいのだと考えた。
しかし長く時が過ぎ、山にお参りに来ることが義務感からとなれば信仰で回復する力も弱くなる。私の力は以前と比べだいぶ弱くなっていた。
そんなある日、山に一人の少女が入って来た。五、六歳ほどの少女で驚くことに私のいる山の真ん中のところまで入ってきたのだ。そして周りに大人の気配もない。里で遊んでいるうちに山に迷い込み、そのまま奥まで迷い込んでしまったのだろう。
私はどうしたものかと頭を悩ませる。このまま放っておくとどこかで怪我をしてしまうかもしれない。私が土地神になってからは人を襲うような妖は追い出したが、野生動物などはたくさんいるのだ。
しかし私が姿を見せれば、この歳の子だ。きっと恐怖で泣き出してしまうに違いない。もともと山で迷子になり、心細いところに私のようなものが姿を見せれば……
そうして私が悩んでいる間にも少女はどんどんこちらへと歩いて来て、そして蔦に足を取られて、盛大に顔から地面に突っ込んだ。
私はびっくりして、咄嗟に少女を助け起こす。
あのこけ方は酷かった……まさか顔から突っ込むとは。
「おい大丈夫か?」
私が少女を持ち上げ、怪我を確認していると額と膝に少し擦りむいた怪我があった。そしてそこで少女がじっとこちらを見ていることに気づいた。しかし少女は泣き出すこともなく、大人しく私に抱えられている。
少女は不思議そうにこちらを見つめ、いきなりぱっと手を出すと私の角を鷲掴みにした。
「あっ! こらっ!」
少女はそのままニギニギと角の感覚を確かめるように握り締める。
「やめなさい」
私の言葉に何が楽しいのか少女はにこっと笑った。
そしてふと気づく、彼女の魂の気配が同じことに。
あの男の、与助の娘、ユウと同じであることに。
少女は変わらず楽しそうに私の角を触っている。
まさかこれほど広い世界でまた同じ土地に生まれ変わるとは…………
私は自分の頬が自然と緩むのを感じた。そして仕方がないと息を吐くと、木に腰掛けて少女を自分の膝に座らす。
「お前名前は?」
「ユキだよ! あなたはこの山の神様?」
「そうだ。ユキしばらく動くな」
私は自分の手をユキの額に当てると擦り傷を治していく。ユキは驚いたように見つめ、そして自分の怪我が治っていることに気づくとキラキラと瞳を輝かせる。
「すごいね! 神様、すごいね! ありがとう!」
その様子が最初与助の怪我を治した時とそっくりで私はふっと笑ってしまう。
私はそのままユキを抱え上げると、里に向かって歩き出した。
「どこ行くの?」
「お前の里だ。ユキの親が心配しているだろう?」
「んー……ユキ戻りたくない……」
「何故だ?」
私が足を止めてユキを見つめると、ユキは子供ながらに言葉を考えてゆっくり話し出した。




