どうやら昔話のようです【1】
あれから私は体の不調が続き、しばらくバイトを休んでいた。そして眠るごとに見る不思議な夢。
真人さんのあの姿を見てから、夢の内容は起きてもしっかりその内容を覚えていることが多くなった。
あれはもしかしたら私が昔、前世に体験したことの一部なのかもしれない。悲痛な叫びが響くあの夢だけではなく、最近は穏やかに笑って過ごす夢なども見るのだ。どんな内容を話しているのかは覚えていないのだが……
そしてやっと体調が回復し、明日からバイトに出勤するとメールを送った。
ブーブー
携帯のバイブの音に画面を見てみると、真人さんの名前が表示されていた。
(うっ……ついに電話が……)
ずっとメールで連絡していたので、直接話すことはなかった。
あの日、私は倒れてしまってから、翌日の朝までぐっすり眠ってしまったのだ。そして翌朝、私が目覚めた後にたぬき達にまたカフェまで送ってもらったのだが、体が怠く、結局移動中も睡魔に耐えられず眠ってしまい、気がつくと真人さんに抱えられカフェの入口を潜ったところだった。
そんな状態だったので頭もはっきりせず、早く帰ってゆっくり休んだほうがいいと勧められ、ぼーっとした頭のまま家に帰ることになった。そしてそれから体が怠く体調が悪い日が続き、しばらくお休みをもらうことになった。
起きてすぐは頭が回らない状態で何も考えていなかったが、私は真人さんに告白したのだ。
体調が良くなったことでやっと思考が動き出し、どうしてあの時その場の勢いだけで告白してしまったのかと頭を抱えたくなる。ついつい意識してしまい、どういう態度で接していいのかわからなくなる。
もし電話に出て早々に断られてしまったらと思うと、なかなか通話ボタンを押せない……
しかしどうせこのままずっと先延ばしになどできないのだからと、意を決して震える手でボタンを押す。
「もしもし……」
緊張で少し掠れた声で電話に出る。
「突然電話をかけてしまい、すみません。やはり直接声を聞かないと心配になってしまって……本当に体調は大丈夫ですか?」
真人さんのいつもの優しげな声で少し緊張が緩む。
やはりどんなことがあっても真人さんは真人さんだ。いつも一番に私を心配してくれる。
しかしやはり告白の返事のことが頭をちらつく。もし断られたら今までのまま普通にバイトは続けられないだろう……そんな不安な想いを振り切るように頭を振る。
「はい。もう大丈夫です! しばらく休んでしまって申し訳ありませんでした。明日からはまた出勤できますので、よろしくお願いします!」
「そうですか。それはよかった! 私も優希さんの元気そうな声が聞けて安心しました。ですが明日はバイトお休みにしていただきたいのです」
「お休みですか?」
「ええ。それでもしよければ、明日優希さんのお時間をいただきたいのですが、ご都合はいかがでしょうか?」
もともとバイトに出ようと思っていたので、予定はない。しかしこのタイミングで真人さんと外出となるとおそらく私がした告白の返事なのではないだろうか。そう思うと少し緩んでいた緊張がまた戻ってくる。
「えっと……はい。大丈夫ですよ」
「よかった! それなら明日10時頃にカフェに来ていただけますか?」
「わかりました」
「それでは明日!」
「はい。また明日」
そう言って通話ボタンを切ると、心臓がドキドキと脈打ってくる。
声は柔らかかったし、別段こちらを避けるような感じもしない。これは期待してもいいのだろうか?
私はぶつけることのできないモヤモヤした気持ち発散するため自室のベットに向かってダイブした。
「おはようございます、優希さん」
「おはようございます」
私が緊張しつつも挨拶を返すと、真人さんはにっこり笑って私の顔を覗き込む。
「よかった。本当に回復したようですね」
表情で本当に心配してくれていたのだということが伝わってくる。
「すみません。ご心配をおかけしました……でもこの通り、もう大丈夫です!」
私が手振りも交え、そう伝えると、真人さんはクスリと笑う。
「本当によかったです。では参りましょうか?」
「どこに行くのですか?」
てっきりカフェでお話しでもするのかと思っていたので私が頭をかしげると、真人さんがニコッと笑う。
「せっかくのデートですから、行ってからのお楽しみということで。さぁ優希さん、車に乗ってください」
そう言われ、車に乗り込むと真人さんは上機嫌で車を発進させる。
(さっき真人さん、デートって言ってたよね。じゃあやっぱりこれって告白の返事はOKってことでいいのかな?)
私はドキドキと心臓が早鐘を打つのを感じながら、真人さんの様子をチラリと窺う。その表情はいつもと変わらず、何を考えているのかは読み取れない。
(でも前も二人で出かけた時、デートって言っていたし、あまり深い意味はないのかも……後できっちりその辺は確認しなくちゃだよね!)
私は心の中でそう決意しつつ、「よし!」と気合を入れると、目的地に着くのを待った。
「ここって水族館ですか?」
「そうです。実はまだここができてから行ったことがなかったので、一度行ってみたかったのです」
しばらく車に揺られ、真人さんに連れて来られたのは水族館だった。
「今日はゆっくり話をつつ、デートを楽しみたかったので」
その言葉に私は一瞬固まり、案内されるまま、水族館の入り口を潜る。
(これってどっちなの!? いや、ダメだ! 期待し過ぎちゃダメ!!)
心の中でそう叫びつつも、私の頭はどんどん混乱してくる。ふーと何とか落ち着こうと息を整えている間に真人さんがチケットを買って来てくれた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
そして案内されるまま、ゆっくりと水族館の中を回って行く。
回り始めてしばらく経った頃、真人さんに名前を呼ばれて振り向く。
「優希さん。私は優希さんにいろいろと話さなければいけないことがあります……その話をしたうえで、先日の返事をしたいと思っているんです」
気を抜いていたところ、突然の直球の話に心臓がビクッとなる。真人さんは私の目を見つめると微笑んだ。
「優希さんが気になっていることもたくさんあると思います。ですからまずは優希さんの気になっていることにお答えします。遠慮なく何でも聞いてください」
確かに気になっていたことはいろいろある。
だがやはり一番気になっていることは返事ではあるのだが、何でも聞いてくれと言うなら、この際全部聞いてしまおうと私は一つずつ質問していく。
「それではまずは先日のことを教えていただけますか? 私は倒れてしまった後のことはほとんどわかっていないので……天狗の里の皆さんは無事だったのでしょうか?」
「はい。優希さんの力のおかげで皆無事でした。もともと天狗は妖力の高い妖ですから、回復は早かったようですよ。智風くんからほとんどの天狗が全快していると連絡がありました」
「そうですか。それは良かったです……」
ずっと心配していたのだ。私の浄化の力で本当にみんな回復できたのかと。だいぶ弱っていた子供もいた。浄化をした後の経過を見ていないため、本当に助けられたのかと不安に思っていた。
私は安堵の息を吐くと、次の質問をする。
「あの時、真人さんの姿が変わりましたよね? 真人さんは人間ではないのですか?」
真人さんは苦笑すると、首を横に振る。
「あの姿には驚かれましたよね? ですが本当に今の私は人間です。優希さんが見られたあの姿は私の前世の姿です」
「前世ですか?」
なんとなくそんな感じがしていたのであまり驚くことはなかった。しかしなぜ突然前世の姿に変わったのか。私が問う前に真人さんがその答えを教えてくれる。
「はい。前世で私は人ではありませんでした……前世で魂に刻まれた力が強かったのです。それに引きづられ、感情が大きく乱れたり、力を使うと前世の姿になってしまうことがあるんです」
「ではあの断ち切りの力は真人さんが前世から引き継いでいる力なのですか?」
「いいえ、あれはある人間の女性が私を守るために渡してくれた力だったのですよ。そして信じられないかもしれませんが、その女性の魂が転生したのが優希さんあなただったのです……」
その答えに対してはそんなに驚かなかった。むしろ夢のこともあり納得できる。
私は「そうですか」と小さく呟くと、静かにこちらを見つめる真人さんを見つめ返した。
真人さんの表情はいろいろな感情が入り混じっているように見えた。
そしてその中にその女性を愛おしと思う感情も見えた気がして、私は自分の手が急速に冷えていくのを感じた。
今まで真人さんが私に見せてくれていた優しさは本当に私に対してのものだったのだろうか?
それともその女性に当てたものだったのだろうか?
(真人さんは私を通して違う女性を見てる……?)
そう考えると急に呼吸がしづらく感じる。彼がこちらを気遣ってくれていたのは私自身を見て、知ってくれたからではなかったのだろうか……
私はぎゅっと手を握りしめ、自分を叱咤し、真人さんに尋ねた。
「真人さんはその女性が好きだったのですか?」




