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どうやら力が目覚めたようです【6】

 私たちが天狗の里に来てから四日が経った。

 初日に真人さんと智風くんは里に埋められた不気味な札のようなものを複数枚持って帰ってきたが、どうやらそれは里のあちこちにまだまだ埋められているようで、今日も二人は調査に出ている。


「お姉ちゃんありがとう」

「娘を助けていただきありがとうございます」


「いえ、そんな。でももう少しゆっくり寝てないとダメだよ?」


 私がにっこり笑って娘さんにそう言うと「うん」という元気な返事が返ってきた。

 私はというと、初日は外出を禁じられたが、翌日からは里の穢れによる体調不良の人のところを巡っていた。


「優希さん疲れてない?」


 二郎くんが私の顔色を窺うように覗き込む。


「うん! 全然大丈夫!」


 初日に無理をしてしまったため、二郎くんは事あるごとに私の様子を気にかけてくれる。

 すると後ろから声がかかった。



「優希様お待たせしました。次の者のところに案内してもよろしいでしょうか?」


「はい。お願いします」


 私は颯さんの言葉に振り返り、返事をする。

 この里の案内役を颯さんがしてくれているのだ。

 最初の頃は皆警戒して、私たちの案内役を誰にするか押し付け合いをしていたそうだ。しかし颯さんは私に浄化してもらった恩があるからと、自ら案内役を買って出てくれたそうだ。


 私たちは家主に「それでは失礼します」と声をかけると、感謝の言葉と共に深々と頭を下げられ見送られた。



 颯さんに案内され里を歩いていると、初日は皆家に篭っていたが、ちらほら外に出ている人が見受けられる。

 そしてその人たちから深々と頭を下げられたり、笑顔で手を振る人もいて、私もそれに応えるように手を振り返す。



「それにしても、だいぶ里の雰囲気が明るくなったよね? 里の人もだいぶ僕達にも慣れてきたみたい!」


 二郎くんはその様子にニコニコと嬉しそうだ。

 確かに最初、里が穢れに満ちていたこともあり、とても寂れたような印象を受けたがそれも鞠と浄化、そして真人さんと智風くんの札の調査のおかげで少しずつだが明るくなってきたような気がする。


 智風くんから聞いていたが、天狗は人間に紛れて生活してきた分、人間の生活区域に入った時に嫌な思いや苦い思いをしてきたものも多くいたようだ。

 そのため最初は皆こちらを警戒するような鋭い視線が向けられていた。

 しかしこうして浄化をして回っている間に多くの天狗たちが私たちに対する見方を変えてくれている。そしてそれは前を歩いている颯さんが里の人たちに私たちは信用の置ける人物だと説得してくれたことも大きい。


「そうだね! 颯さんが私たちの案内役になってくれて、みんなに話をしてくれたおかげだね!」


 私がそう言うと、颯さんはこちらを振り返ると、頭を振る。


「そ、そんなことはありません。これは優希様のお力です。皆の力になってくださっているからこそです。そしてお二人の人柄が良いからこそ、皆信用できる人なのだと納得できたのだと思います。かく言う私も、お恥ずかしながら最初は人間など信用できぬと思っておりました。しかし優希様を知り、皆が皆信用ならない者ではないのだと考えを改めましたから……」


 颯さんは少し頬を染め、はにかむ。

 そういうふうに思ってくれたことが嬉しい。


「ありがとうございます!」


 私がにっこり笑って返すと、颯さんがじっと私の顔を見つめ、ふらりと一歩こちらへと足を踏み出す。私はその様子に首を傾げて見つめていると、私たちの間に割り込むように二郎くんが体を滑り込ませた。


「ところで次のお家はもう少しなのかな?」


 二郎くんの言葉に颯さんははっとしたようにまた前を向き「もう少しです」と答えると歩き出す。

 二郎くんはその様子にため息をつくと小さく呟いた。


「もう……油断するとすぐこれだ……やっぱり僕は優希さんの側を離れられないな。颯さんに案内役が決まった時、真人さん大反対だったもんな……」


「ん? 二郎くん何か言った? ごめん声が小さくて聞き取れなかった」


「ううん! 何も! ただの独り言だよ! さぁ、次の家に行こう!」


 私は二郎くんの様子に首を傾げながらも、背中を押されて颯さんの後に続いた。




「優希様ありがとうございました……」

「ありがとうございます……ありがとうございます……」


 次の家でも浄化を施すと、泣きながら頭を下げられた。

 まだ小さな赤子の天狗だった。先ほどまで真っ青な顔色だったが、今は血の気が戻り、ぐっすりと眠っている。

 これほど小さな赤子だ。もう少し浄化が遅ければ、助からなかったかもしれない。そう考えると肝が冷え、私はよかったと安堵の息をついた。

 そして泣き崩れている母親の肩を宥めるようにさすると、安心させるように微笑んだ。


 その時外がバタバタと騒がしくなる。何事かとみんな体を固くし、二郎くんは私を守るように私の前で構える。そして颯さんはすぐに扉に近寄ると、外の様子を確認するように扉に耳を寄せる。すると家の扉が大きく開かれ、一人の天狗が駆け込んできた。


「は、颯!! 優希様は? 優希様はいるか?」


「どうした? そんなに急いで?」


 驚いた様子で颯さんが尋ねると、駆け込んできた天狗は肩で息を切りながら、焦ったように答える。


「とにかく! 今すぐお館様の屋敷に戻ってくれ! お館様が! お館様が!!」


 私たちはその言葉に顔を見合わせると急いで智風くんの実家に向かった。


 その道すがら私達を呼びにきた天狗が簡単に状況を説明してくれた。

 今朝まで落ち着いていた風牙さんの容態が一気に悪化したこと。そしてなぜか周囲に控えていたものまで体調を崩し始め、屋敷全体が穢れに包まれていること。

 そのままその天狗には智風くんを探しに行ってもらい、私たちは屋敷へ急いだ。


(でもどうして……?)


 不思議なのは里のほうには穢れが広がっていないということだ。ということは鞠の効果は持続しているはずだ。何故急にお屋敷で穢れが酷くなったのか?

 しかも屋敷の庭は一番に真人さんと智風くんが調査に入っているはずなのだ。


 私たちが屋敷にたどり着いたちょうどその時、屋敷から猛烈な風が巻き起こり、周囲に突風が巻き起こる。

 屋敷の屋根が一部飛ばされて、門の扉が吹き飛ばされる。

 私が身を固くすると、二郎くんと颯さんが私に覆いかぶさり二人に抱きしめられる。


「優希さん大丈夫?」

「優希様大丈夫ですか?」


「はい、ありがとうございました。二人は大丈夫ですか?」


 二人は私の言葉に安堵したように頷くと、大丈夫だと安心させるように各々頷いた。


「でも……今の突風は一体……?」


 その時、ドスドスと何かがゆっくり近付いてくる音が聞こえた。そしてその何かが屋敷の門の残った骨組みから顔を出す。それが掴んだ骨組みがミシッと嫌な音を立てて大きく凹んだ。

 私はその姿にぶるりと体を震わした。


「あれって……まさか……」






「真人どうした?」

 

 作業の手を止め、周囲に気配を探る真人さんに智風くんが尋ねる。


「何だか嫌な気配がしまして……」


「嫌な気配?」


 真人さんの険しい顔を見て、智風くんは頭を傾げる。しかし次の瞬間、はっとしたように自分の実家の方を見つめる。


「真人戻ろう! 今屋敷の方から強い力を感じた。もしかしたら……」


 智風くんの言葉に真人さんは表情を固くし、頷くと二人は屋敷に向かって駆け出しだ。

 そうしてしばらく走ったところで大きな爆音が響き渡る。そして突風が駆け抜けた。二人は驚いたように見つめ合うと、さらにスピードを上げて走り出す。


「今優希さんは里を巡っているところですよね?」


「そのはずだが……親父の容態が悪化したなら呼び戻そうと側近の奴らは考えるはずだ……」


「くっ………とにかく急ぎましょう!」


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