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どうやら力が目覚めたようです【1】

「ゔあぁぁぁぁぁーーー」


 大気までも震えさせるような悲痛な叫び声が聞こえる。

バタバタと人々が走り回り、あちこちで悲鳴が上がる。真っ暗な夜の闇の中でゴウゴウと燃え盛る紅い炎が全てを飲み込むように広がっていく。


(……ああ……なんでこんなことになってしまったのだろう?)


「い……いや、だ…………お願い、だ! 目を! 目を開けてくれ……」


 とても大切な大好きな人の絶望に満ちた涙に濡れた声。

 そんなふうに悲しんで欲しくはないのに。

 私はただ……





「優希さん、優希さん。大丈夫ですか?」


 真人さんに声をかけられてはっとする。お湯が沸いているのに気づきすぐに火を止めた。


「す、すみません! ぼーっとしてました……」


「本当に大丈夫ですか? もし体調が悪いようなら今日は帰っていただいて大丈夫ですよ?」


 私は真人さんを安心させるように笑うと頭を振る。


「いえ、本当にちょっとぼーっとしてしまっただけで体調が悪いわけではないです!」


 真人さんはそれでも心配そうな顔でこちらを見つめていたが、私が大丈夫と身振りで訴えるとなんとか納得してくれた。


 最近不思議な夢をよく見るのだ。朝になれば朧げであまり内容は覚えていないが、とても悲しい気持ちになってしまう。

 だが今はバイト中なのだから気を引き締めなければと頬を軽く叩いた。



「そういえば、優希と真人は二人で祇園祭行ったんだろ?」


 今日もカウンターに座ってコーヒーを飲んでいた智風くんがふと思い出したように尋ねてくる。


「えーーーー!!! そうなの? いいないいな! 何で僕も誘ってくれなかったの!?」


 その声を聞いた二郎くんがすぐに奥の厨房から出てくると、不満気に頬を膨らませる。

 私が苦笑すると真人さんがやれやれという感じで話し出す。


「私と優希さんだけ晶子さんに用事で呼ばれていて、それから向かったので、二郎くん達に言う暇もなかったのですよ」


 半分本当だが半分嘘だ。私がチラッと真人さんを見ると、二人の目を盗んで人差し指を唇の前に立てるとニコッと笑う。その仕草にドキッとしつつ頷くと、真人さんは満足そうに微笑んだ。



「でもどうして智風くん知ってたの?」


「ああ……たぬき達だよ。あいつらお祭り騒ぎが好きだからな。人に化けて毎年祭りに行ってるんだよ。それでなんか知らんが、俺のところに報告に来たんだよな……」


 智風くんはその様子を思い出したようで、眉間に皺を寄せると疲れたようにため息をついた。


「うーーーん。今年はもう終わっちゃちゃし、来年! 来年はみんなで行こうね! 絶対だよ!」


 私と真人さんが苦笑しながら頷くと、二郎くんは満足したようににっと笑う。


「そういえば、晶子さんからの呼び出しってなんだったの?」


「晶子さんからというより、座敷わらしさんからかな……?」


 私がそう答えると、智風くんが呆れたようにこちらを見る。


「また何かに巻き込まれたのか?」


「いえ、巻き込まれたというわけでは……実は……」


 そして私は先日のサチさんの件を二人に話した。

 話を終えると二郎くんと智風くんがじっとこちらを見つめてくる。


「いや、やっぱり巻き込まれたんだろ?」


「そうだよね。優希さん優しいから……でも優希さんすごいね! どんどん力がついてきてるみたい!」


「私の力というよりは神様の加護の力だよ?」


「いいえ。優希さん自体の力がなければあの力は使えなかったはずですから。以前より視える力も強くなっているのではないですか?」


 確かに視える力が強くなった実感があったので頷くと、智風くんがやれやれと息をつく。


「人間にしては優希の力は強いんだ。変なことに巻き込まれないよう気をつけろよ? まして自分から首を突っ込むなよ」


(全くもってそんなつもりはないんだけどな……)


 私は首を傾げながらも、素直に頷いた。




 カランカラン


 扉の開いた音にみんなが扉のほうを見る。


「「「いらっしゃいませ」」」


 「若様!!」


 扉に向いていたみんなの視線が床の方へとさがる。


「あれ? もしかして一太くん?」


 中に入って来たのはたぬきの一太くんだった。



「あ、優希様。お久しゅうございます。……はっ!! 今はゆっくり挨拶している場合ではないのでした! 緊急の用で若様を探しているということでしたのでご案内したのです!」


 誇らしげに胸を張る一太くんに続いて中に入って来たのは、真っ黒なスーツにサングラスをかけた高身長な20代ぐらいの男性だった。髪色は黒く、サングラスで目は隠れているが顔は整っている。体も鍛えられているのか、がたいが良く、全てが黒で統一されいるせいか、威圧感を感じる。


 私がその佇まいに威圧され一歩後ろに退がると、真人さんがそっと私を庇うように前に立つ。そしてこちらを安心させるように微笑んだ。

 真人さんの気遣いに感謝しつつ、後ろから覗き込むようにそっと相手を見つめる。入ってきた男性は話しづらそうに、口を開いては閉じを繰り返し、智風くんを見つめている。



(はやて)……何の用だ?」


 いつもとは違う、低く威圧を含んだ声に驚き、ぱっと智風くんを見つめる。先程の気さくな感じのする声では無く、とても固くて冷たい感じだ。

 そして相手を睨みつけるような視線も、いつもの温かみが無く、まるで切りつけるかのような冷たさを含んでいる。

 相手もその様子に威圧されたように固くなると頭を下げた。


「も、申し訳ありません。若がこちらにいらっしゃる時に干渉されるのを嫌っておられることは承知しております。しかし今は緊急事態なのです。里が……」


 相手が言葉に詰まると、智風くんの視線が険しいものになる。


「里がなんだ?」


「里が大変ことになっております。そして御父君も……どうか一度里に戻ってはいただけませんか?」


「親父が……?」


 しばらくの間沈黙が続き、重苦しい空気が流れる。

 智風くんはそこでため息をつくとふっと威圧感を解いた。

 それに相手は安堵したように息を吐き出す。


「わかった。……すまない、真人。しばらく里に戻るから、断ち切り屋の仕事を手伝えなくなるが、大丈夫か?」


「それは気になさらずとも大丈夫です。気をつけてくださいね」


 真人さんの言葉に頷くと、智風くんは店を出ていった。



「さっきの人って智風くんの里の人ってことは、あの人も天狗ってことですか? それに里ってことは天狗の里があるのですか?」


「そのようです。私も里を見たことはありませんが……」


 以前智風くんが天狗達を取りまとめる大天狗の息子と話していたし、一太くんもその直系はすごい力があると言っていた。そして先程の智風くんを迎えに来た天狗の反応を見る限り、智風くんは相当強い力を持っているのだろう。確かに巻き起こす風や自力の力技はすごかった。

 いつもの姿を見る限りそんなふうには見えないが……



「天狗の里には多くの天狗が住んでおります。里は全国に何ヵ所か存在するようですが、大天狗様が住んでいるのは鞍馬の里にだけ。それ故に鞍馬の天狗の里に住んでいる天狗は強い力を持っております。先程のかたも鞍馬の里の一人で、確か大天狗様の側近をされていたかたかと……側近は天狗の中でも強い力を持っておりますが、その側近達と比べても若様は頭一つ分以上、いえ、二つ分以上飛び抜けたお力を持っております! 流石は大天狗様の直系でいらっしゃる!」


 一太くんはキラキラ目を輝かせながらどれほど智風くんが強いか尊敬の眼差しで語ってくれる。


「そ、そうなんだね……」


 私がその圧に押され気味に返すと、今度はふっと不安そうな顔になる。


「ですが先程の話……大天狗様に何かあった様子。元々天狗自体が妖として相当な力を持っておりますのに……里自体、そしてその長たる大天狗様に何かあったとは……一体何が起こっているのでしょうね?」


「……心配ですね」


 真人さんの険しい表情に智風くんのことが心配になってくる。


「智風くん大丈夫でしょうか……?」


「まぁ智風くんは強い力を持っていますし、大丈夫だと思うのですが……何かあればまた連絡してきてくれるでしょう」


 真人さんは私を安心させるように微笑んだ。



「私も何かわかりましたらまた連絡いたしますね! それでは失礼いたします!」


 一太くんは元気に挨拶し、パタパタと手を振りながら帰っていった。


 きっと智風くんなら大丈夫。そうは思うが、どこか不安なモヤモヤした気持ちはなかなかすっきりしなかった。


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