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どうやらずっと待っているようです【7】

「この光はいったいなんなんだ?」


 新町さんはあまりの明るさに目を覆っていたが、自分の手に触れる光の蔦の感触にそろりと目を開ける。

 そして淡く光っているサチさんの方へと視線を向けるとびっくりしたように目を見開く。


「あ、あんたは……?」


 サチさんは新町さんと視線が合ったことに一瞬驚くが、すぐにとても嬉しそうに微笑んだ。


 新町さんは目を細め、何かを考えるようにしばらくサチさんを見つめると小さく呟いた。


「…………サチ……?」


 新町さんの呟きにサチさんはまた大きく目を見開いた。止まっていた涙がまた溢れ出る。


「覚えていらっしゃるのですか?」


 新町さんはそう問われると、サチさんの涙に焦ったように頭を掻く。


「いや、すまない……わからないだ。でも何となくあんたの名前はサチだと思ったんだ。俺に呼ばれたのは嫌だったか? すまない、そんなに泣かないでくれ……何故だかあんたには泣いてほしくないんだ。泣かれると、どうしたらいいかわからなくなる……」


 サチさんは一瞬寂しそうな表情を浮かべるが、また嬉しそうににっと微笑んだ。


「い、いえ。違うのです。あなたにもう一度名前を呼んでもらえたことがとても嬉しかったのです。それに懐かしくて……いつも私が泣いてしまうと、そうやって焦っておられました」


 サチさんの言葉に新町さんは首を傾げる。


「俺はあんたと会ったことがあるのか? すまない……どこで会ったのか覚えていない」


「いいえ。仕方がないのです。私とあなたが会ったのはもうずっと前のこと。今世では初めてお会いしますもの……」


「今世じゃない?」


「ええ。私は前世であなたの妻だったものです。突然こんなことを言われては驚かれてしまうと思います。それにこのような姿ではあなたを怖がらしてしまったかもしれませんが……」


 サチさんの言葉に新町さんは苦笑する。


「いや、もうこの状況以上に驚くことはないさ。それにあんたを見ても全く怖いとは思えなかったよ。俺はずっと不思議だったんだ……ずっと誰かを待っている気がしてた……若い頃に付き合ったこともあったし、見合いを勧められたこともあった。でもいつも思うんだ。俺がずっと連れ添いたいのはこいつじゃないって。あんたに会ってわかったよ。俺が待っていたのはあんただったんだな」


 その言葉にさらにサチさんはまた大粒の涙を流し、それを見て新町さんが焦り出す。

 サチさんは焦り出した新町さんを見てふふっと涙を流しながらとても幸せそうに笑った。その笑みを見て新町さんもまたとても嬉しそうに微笑んだ。


(よかった……)


 私はうまく力が使えたことに安堵の息をつく。二人の幸せそうな表情にこちらまで嬉しい気持ちになる。

 トンッと優しく肩に置かれた手に振り返ると、真人さんが労わるような微笑みを浮かべていた。


「優希さん、お疲れ様でした」


 私はその言葉に小さく頷くと笑みを返した。





「幸神さん、大江さん本当にありがとう」


 サチさんはこちらに振り向くと私と真人さんに頭を下げた。


「頭を上げてください。二人が会えて本当によかったです」


 サチさんはにっこり笑みを浮かべると、遠くを見るように空を見つめた。


「私もそろそろ行かなければいけませんね」


「せっかく会えたのに、もう行っちまうのか?」


 新町さんが寂しそうに呟くと、サチさんは手をそっと新町さんの頬に当て優しく微笑んだ。


「私は随分長く魂だけでここに留まってしまいましたから…………そうでした! こちらをお返ししなければ……」


「……これは?」


 サチさんが懐から懐中時計を取り出すと、新町さんに手渡した。新町さんは不思議そうに懐中時計を見つめる。


「ずっとお預かりしていたものなのです。あなたにお返ししなければと……」


「だがこれは前世の俺のものなのだろう? 俺がもらっていいのか?」


 新町さんが悩ましげに懐中時計を見つめる。


「新町さん。もらってあげてください。それでサチさんは思いを遂げて新たな道へ進み出すことができますから」


 真人さんの言葉に新町さんは少し考えるように懐中時計を見つめると、しばらくして小さく頷き、受け取った。


「それでは……今度はきっと来世で会いましょうね」


「ああ。もちろんだ」


 新町さんがサチさんに手を伸ばすと、サチさんが嬉しそうに微笑み、その手をそっと頬に当てる。

 サチさんを包む光がどんどん強くなっていく。目が開けていられないほどに光が強くなると一気に光が弾けた。

 そこにはもうサチさんの姿は無く、キラキラとした光の残滓(ざんし)だけが漂っていた。




「行ってしまわれましたね」


「ええ。今回は断ち切りの力は必要ありませんでしたね。ああやって自然と新しい道へ進まれるのが一番です」


 私たちは顔を見合わすとにっこり笑いあった。

 新町さんはしばらく寂しそうに虚空を見つめ、はーっと息を吐き出した。


「俺はもう今世は結婚できねーな。まぁもうこの歳だし、元々諦めてたんだが、サチに会って、改めて思ったよ。やっぱり他の奴とは結婚できないって」


 新町さんは何かが吹っ切れたように笑った。そして私と真人さんに頭を下げる。


「ありがとうな。あんたらのおかげでずっとモヤモヤしてたもんがスッキリしたよ!」


「いえ! 私たちのほうこそ嘘をついてここまで連れて来てしまってすみませんでした」


「それは仕方ねーよ。あれを見てなけりゃ、信じられないからな。それにしても、あんたたちはサチに頼まれて俺を連れに来たのか?」


「いえ、サチさんの知り合いのある人からお願いされたんです。それで私もサチさんと会って協力したいと思ったので……」


 新町さんはある人という言葉に一体誰だと頭を捻る。


「その人にも礼がしたいから今度俺の店に連れて来てくれよ!」



 一般の人の前に姿を見せることはあまりない座敷わらしさんだが、一緒に来てくれるだろうか?

 私が部屋の隅に視線を向けると座敷わらしさんと目が合った。

 私の視線に仕方ないというように小さく頷いた座敷わらしさんを見て、私はにっこり笑って頷いた。


「わかりました!」





「さて、そろそろ帰るか?」


 新町さんの言葉に頷き、部屋を出ようとしたところで、真人さんに呼び止められた。


「すみません優希さん。少し座敷わらしさんと話しがあるので、先に外に出ておいてもらえますか?」


 私はチラッと座敷わらしさんに視線を向けると、座敷わらしさんがこちらに向かって手を振る。どうやら私がいては話しにくいことなのかもしれない。私は頷くと新町さんと先に外に出た。





「それでどうかされましたか?」


「一応この部屋を浄化するために鞠を使っていたのじゃ。もう使わなくて良くなったからな。この鞠をやろうかと思ってな。以前報酬で渡した鞠より少し効果は弱いがまだ使えるぞ」


「いえ、それは貰いすぎになってしまいますよ。浴衣とデートのセッティングもしていただいたのですから。それに今回は私が力を使ったわけではないので、渡すなら優希さんにですね。話しがそれだけなら私は戻りますよ?」


「なぁ真人。サチと正は話もできなんだからずっとすれ違ってきた。相手の話を聞かねばわからないこともある。お前がどれほどの願いを持って行動してきたか、わらわには想像もつかん。しかしその願いはお前の独りよがりではないのか? その結果相手が悲しんでしまうのは良いのか? せっかくお互いもう一度出会えたのなら、お前だけで決めるのではなく、相手と良く話すのも大事じゃと思うぞ」


「ご忠告ありがとうございます。でもこれは私の問題ですよ」


 先程までの柔らかな笑みが消え、真人さんは突き放すように冷たく言うと外に向かって歩き出す。

 座敷わらしさんは小さく息を吐いた。


「……違うじゃろ……それはお前の問題ではなく、お前たちの問題じゃろ……」


 座敷わらしさんの呟きは誰に聞かれるわけもなく夜の闇の中に消えていった。


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