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どうやらずっと待っているようです【6】

 私たちは早速、新町さんの出店に戻った。

 今日は宵山。一番出店が混み合っている日だ。他にも連れ出すのが難しいことは想像できた。

 しかしそれでもサチさんのため、何とかしなければと気合いを入れる。


「あの……新町さん」


「ん? さっきのカップルさんじゃないか。どうかしたのかい?」


「えっと……あの今から一緒に来てもらいたいところがありまして!」


「え? 今から? あんた達とかい?」


 どうにかお願いしなければという思いが先行して咄嗟に声をかけてしまったが、間違いなく怪しすぎる。新町さんとは今日初めて会ったのだ。たとえ姪の晶子さんの知り合いであっても、この忙しい時にいきなり一緒に来てくれというのは訝しんでも当然だろう。



「いや、あの〜えっとですね……」


「すまないが今日は忙しいんだ。一緒に行くことはできねーよ」


 私がどのように説得しようかと考えていると真人さんがすっと前に出る。


「実は晶子さんから頼まれているんです。新町さんを連れて来て欲しいと。どうもあるものを見て欲しいとのことで……ここには持ってこれないモノのようなのです」


「晶子が?……でも晶子なら今日が忙しいのはわかっているはずなんだが?」


 新町さんが怪しいというようにこちらを見つめる。


「ええ。晶子さんもそうおっしゃっていました。しかし今日話したいことのようなのです……実は晶子さんからは忙しそうなら伝えなくてもいいと言われたのですが……ですが晶子さんがとても深刻な表情をされていたもので、心配になって……私も内容は知らないのですが、きっと来ていただいたほうがいいと思ったのです。もちろん今はすごく混み合っているので今すぐにとは申しません」


 さすが真人さんだ。以前もよくもまあ、そんな次々と言葉が出るものだと思ったが、ここまでくると感心してしまう。

 新町さんは少し考えるように黙り込むと頷いた。


「そうか……わかった。あと一、ニ時間もすれば人も少しずつ減っていくと思うから、遅くなるがそれからでもいいか?」


「ええ、もちろんです。ありがとうございます」


「ありがとうございます!」


 私たちが頭を下げると新町さんは申し訳なさそうに笑う。



「いや、身内のことにあんたらを巻き込んで悪かったな。謝るのはこっちの方だ。場所さえ教えてもらえれば後で俺一人で行くから、あんたらは帰ってもらってもいいぜ」


「いえ、少し奥まったわかりにくい場所でお待ちなんです……説明するのも難しいので案内いたします」


「そうか。すまないな。よかったらカフェのほうは冷房入れているからそっちで待っていてくれ」



 私たちはなんとか約束を取り付け、店の中で待たせてもらうことになった。

 こちらを信頼してくれたのに結局は嘘をついてしまい心苦しい。しかもサチさんの姿が見えなければ、ただ嘘をついて忙しい時に無理矢理連れ出しただけになってしまう……

 もちろん晶子さんが来るのは嘘なのだから、連れて行ったのに晶子さんもいない、何も起こらないでは新町さんにとって迷惑以外の何者でもない。


 真人さんはあんな嘘をついたにもかかわらず平然と私と目が合うと朗らかにニコリと笑う。しかし私は自分の力にかかっていると思うと気が気ではない。

 はーっと重い息を吐き出して、私は飾り珠の力が発揮されますようにと、新町さんを待ち続けてる間、必死に祈った。



 人の波もだいぶ減ってきた頃、新町さんが店に戻ってきた。


「すまないな。だいぶ待たせちまって」


「いえ、大丈夫です。それでは行きましょうか?」



 私たちは新町さんを連れてもう一度あの廃屋に戻ってきた。


「こちらです」


 私たちが廃屋の前で足を止めると新町さんは驚いたように目を見開く。


「……本当にここで待ち合わせているのか?」


「えっと……まぁ、そうです」


 中に晶子さんがいるわけではないので、なんとも煮え切らない返事になる。とりあえず中に入ってもらおうと私と真人さんは廃屋の中へと案内する。

 新町さんはしばらくじっと廃屋を見つめていたが、私たちが中に入るとゆっくりと扉をくぐった。そうして中をキョロキョロと見回す。

 いきなり廃屋に連れて来られれば驚きもするだろう。むしろ警戒されていないのが奇跡だ。私は心の中で申し訳ないと手を合わせた。



「えっと……いきなりこんなところに連れて来てしまってびっくりしましたよね……」


 私がそう声をかけると新町さんは「うーん」と首を捻る。


「いや、まぁいきなり廃屋に連れて来られたのは驚いたんだが、それだけじゃねーんだよ。実はこの廃屋には思い出があってな」


「思い出ですか?」


 新町さん昔を思い出すように目を細めた。


「ああ。昔からなんでかわからないがこの廃屋が妙に気になってな。懐かしい感じがするというかなんていうのか……子供の頃よくここに来てたんだ。勝手に中に入るのはダメだと思ってたんだが、どうしても中が気になって、ある日こっそり入ってみたんだ。そしたら丁度、中に足を踏み入れた時におふくろに見つかって、『例え今は人が住んでおらずとも、人様の家に勝手に入るなんて』とそりゃあ、こっぴどく怒られた……」


 そして新町さんは苦笑するともう一度ゆっくり屋敷の中を見回す。


「それからは来ないようにしてたんだ。来たら何故か中が気になって仕方がない。なんだ中に入らないといけない気さえしてくる。それに不思議なんだよ。中には入ったことないはずなのに、ここを見ると心が温かくなるというか、とても懐かしいような切ない気持ちになるんだ」


 新町さんには前世の記憶が無いのだろう。だからなぜこれほどここに惹かれるのかわからない。ただ魂の奥底のどこかでサチさんのことをずっと想っている。だからこそ、そう思えてくるのではないのだろうか。


(それならきっと大丈夫……うまくいく気がする!)


 私は気合いを入れて大きく深呼吸した。




「新町さん、ここです」


 私と新町さんが話をしている間にサチさんのいる部屋の前に着いた真人さんが、新町さんを呼び寄せる。

 新町さんが部屋の前に移動すると、真人さんがゆっくり襖を開いた。



 そこには先程と同じように部屋の中央に座るサチさんの姿があった。

 サチさんはこちらを振り向くと私と真人さんに目を向け、そしてもう一人の人物に目を留めると、大きく目を見開いた。


「…………まさか……本当に……あの人なの?」


 震える声で呟くと、ゆっくりと立ち上がり、一歩、また一歩とふらりと足を踏み出す。私はサチさんと目を合わせると力強く頷く。


「新町正さんです」


 サチさんの大きく開いた目からポロポロと涙が溢れ出す。泣き声を堪えるように口元に手を当てると、嗚咽を混じらせながら呟く。


「う……っ……あり、がとう……ありがとう……彼を連れて来てくれたのね」


 私が微笑んで頷くと、サチさんが泣き笑いを見せる。


「お嬢ちゃんはどうしたんだ? 誰かいるのか?」


 新町さんの声にはっとして、自分のするべきことを思い出す。新町さんにはサチさんの姿は見えない。しかし先程の話の中で新町さんの中に想いは残っていると確信できた。だからこそ……


(大丈夫! 今私がここにいるのはこのためなんだから!)


 私は飾り珠をつけている左手を右手でぎゅっと握りしめ、心の中でどうかうまくいってと強く願った。

 そしてサチさんのほうに足を踏み出し、左手を差し出した。サチさんは涙に濡れた顔で不思議そうに私を見つめる。私がにっこり笑うとおずおずと手を差し出してくれた。

 そして手が触れると飾り珠が微かに熱を持ち、淡く光出す。


(どうかお願いします。新町さんにサチさんの姿が見えますように……彼らの縁をもっと強く、強い絆で結んでください。どうか咲耶姫様お力をお貸しください!)


 心の中で強く願う。すると淡く光っていた飾り珠から、光が溢れ出す。そして植物の(つた)のような光がのび、部屋を埋め尽くしていく。その蔦の一部がサチさんと新町さんの手に触れると一層強く光出した。


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