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どうやらずっと待っているようです【5】

 襖を開いた先がは庭に面した部屋になっており、月明かりが部屋の中を照らしている。

 そしてその中央には正座をして俯く女性の影があった。しかしそれはどう見ても……


(す、透けてる! ってことはあれは幽霊……?)


 一気に体が強張る。そんな私の様子に真人さんが安心させるようにぎゅっと手を握る。


「優希さん、そんな緊張されなくても大丈夫です。彼女から敵意は感じませんから」


 たとえ敵意を感じなくても、こんな雰囲気のある場所で、はっきり姿が見えてしまえば緊張するなと言われてもやはり体に力は入ってしまう。

 女性はこちらに気づいたのか、ゆっくりとこちらへと振り向く。そして今まで髪に隠れて見えなかった顔が現れる。

 私は咄嗟に息をつめるが、その女性は私が考えていた幽霊の姿とは異なり、とても美しい女性だった。黒い艶のある髪にくりっとした目、鼻や口は小さく整った顔立ちをしている。幽霊なだけあって顔色だけは青白くはあるが、透けてさえいなければ普通の人と違いはない。私は安堵の息をついた。


「今日は客人を連れてきたのじゃ。邪魔するぞサチ」


「まったく。あなた様はまた勝手に。私はいつもこの日を一人で静かに過ごしたいと話しているでしょう?」


 そして私たちを見ると驚いたように目を見開く。


「まぁ珍しい。二人とも私のことが見えるのですね。そうですよね。あなた様が連れてくる方なら普通ではないのでしょうね」


 女性はそう言うと興味深そうにこちらを見つめる。


「私は大江真人と申します」


「こんばんは。私は幸神優希です」


 私たちが挨拶すると女性は嬉しそうに微笑んだ。


「生身の人と話しをするなんて久しぶりだわ! 私はサチと申します」


「サチは百年以上前に亡くなっているのだが、ずっとここに留まっておる」


「百年ですか!?」


 私の様子にサチさんが苦笑する。


「そうなの。私はずっと待っているから……」


「いったい何を待っておられるのですか?」


 私が問いかけるとサチさんは寂しそうに微笑んだ。そしてどうしてこのような廃屋にずっといるのかを話してくれた。



 サチさんは百年以上前この家に嫁いで来たそうだ。旦那さんは働き者でとても優しい人だったらしい。その時代にしては珍しく恋愛結婚だったそうだ。

 毎日が幸せで周りの人たちからはおしどり夫婦として有名だった。ある日、旦那さんが仕事で遠方に出張となり、その出張中に事故に巻き込まれて消息不明になったらしい。旦那さんは出張に行く前にサチさんにこう約束したそうだ。


『しばらく家を空けるが、必ず帰ってくる。それまで家を頼む。俺が帰って来れるのはサチのところだけだ。しばらく寂しくさせちまうが待っていてくれ。行ってくる』


 そう言って笑顔で手を振ったのが最後の姿だったそうだ。旦那さんが消息不明になってからも、サチさんはずっと帰ってくると信じて待ち続けたらしい。来る日も来る日も。

 しかし大好きな人とずっと会えず、生きているかもわからないという状況はどんどんサチさんの心と体を弱らせていった。

 美人と有名なサチさんはまだ若いこともあり再婚を勧められたが、決して再婚はしなかった。そして終いには病気にかかってしまい、旦那さんが消息不明になったちょうど三年後、サチさんはこの家で一人で息を引き取ったらしい。


「このね祇園祭の宵山の日が命日なの。私はあれからもずっとここであの人が帰ってくるのを待っているのよ。あの人は絶対に約束を果たす人だから」


 サチさんの笑顔に胸が締め付けられる思いがした。長い時をずっと一人でその人のために待ち続けるなんて、どれほどその人のことを愛していたのだろうか。そしてどれほど孤独だっただろうか。


「そんな顔しないでちょうだい。私はとても幸せだったのよ。それにまた会えると信じているから!」


「まったく……サチはテコでもここを動かんのじゃから」


 座敷わらしさんはそう言うとため息をつく。

 座敷わらしさんはこの近くによく寄る家があり、偶々その移動中にこの家から不思議な気配を感じサチさんを見つけたそうだ。

 普通強い想いを持って亡くなり、その場に留まり続けると、どんどん魂が穢れてしまうそうだ。しかしサチさんは清らかな魂のまま、あの姿を保っている。それはとても珍しいことで、だからこそ清浄を好む座敷わらしさんを引きつけたのかもしれない。


「私のことは放っておいてください。あなたたちもせっかくの宵山の夜でしょう? こんなところにいずにお祭りを楽しんでいらっしゃいな。ほら、もうこんな時間。一日が終わるまでもう少しよ」


 そう言うとサチさんは懐から懐中時計を取り出した。ピカピカに磨かれてきれいに月の光を反射している。サチさんが亡くなったのは100年以上前というのだから、ずっと持っていたら止まっていてもおかしくない。それに電池の入れ替えなんてサチさんにはできないだろうし、どうやって動いているのだろうか。

 凝視していると私の視線に気づいたのかサチさんが笑う。


「気になる? 確かに不思議よね。これは何故かずっと動いているのよ。この時計はねあの人が家を出る時にお守り代わりに大事にしていた時計を渡してくれたの。だからあの人が戻ったら返さなきゃいけないからいつもピカピカにしているの」


「そうなんですね。とても綺麗に磨かれていたので大切にされているのだろうなと思っていたんです」


 私がそう言うとサチさんは嬉しそうに微笑んだ。


「さあ、ここにずっと居ても仕方ないでしょう? あなたたちはそろそろ帰りなさい」


 ここは元々サチさんの家で、勝手に入ってきたような状況だ。そう言われてはずっと留まるわけにもいかず、私たちは一旦廃屋を出ることにした。


「あの最後に一つ聞いてもいいですか?」


「ええ、いいわよ」


「サチさんの旦那さんの名前は何ておっしゃるんですか?」


「正よ。私はずっとここで正さんを待っているの。それじゃあ気をつけてね」




 私たちは廃屋から出ると家の前で振り返る。


「すごいじゃろ? ずっとあの調子で百年以上待ち続けておる。わらわが何を言っても無駄なのじゃ」


 百年以上も前なのだ。もうサチさん旦那さんの正さんは帰ってこない。誰にもどうにもできないのだろうが、やるせない気持ちになる。

 そしてふと気づく。


「そういえば偶然ですよね。かき氷屋さんの店主も正さん。サチさんが待っていらっしゃるのも正さんなんですね」


「優希さん、それはおそらく偶然ではありませんよ。そうですよね? 座敷わらしさん」


 真人さんの言葉に座敷わらしさんが苦笑する。


「なんじゃ真人は気づいておったか?」


「え? え?」


 私が一人で頭を捻っていると真人さんがため息をついて話し出す。


「座敷わらしさんがわざわざあの出店で待ち合わせと言われた時に変だと思ったんです。人通りが多いところが嫌いな座敷わらしさんがわざわざ人の多いところに来ること。それにサチさんの持っていた懐中時計から微かに出店にいらした新町さんとの縁を感じました」


「そ、それじゃあ、あの出店にいらした新町正さんはサチさんが待たれている正さんの生まれ変わりということですか? こんな近くにいるのにずっと会えていなかったなんて……」


「そうじゃ。こんな近い距離にいるのにずっと会えておらんのじゃ。サチは以前の姿のままで会えるのを、正は転生してもう一度新たな姿で出会えるのを。それぞれ二人はお互いが会えるのを待っておる……」


 お互いに相手に会えるのを待っているのに、その方法が違ったために、すれ違ってしまっていたなんて悲しすぎる。


「サチにはもう正は転生しておると言っても信じんし、わらわが正を連れてこようにもこんな子供のなりじゃ連れてくるのも難しいじゃろ? 夜のほうがサチを感じやすいし、わらわも夜の方が動きやすいからな。一度やってみようと試みたが警察に迷子だと通報されかけてな……」


 座敷わらしさんはやれやれと頭を振ると、私と真人さんを見つめる。


「だからお前たちに頼みたいのじゃ。正をここに連れて来てもらいたい。そしてあわよくば……」


「あわよくば、優希さんが咲耶姫様からいただいた絆をつなぐ加護で新町さんにサチさんの姿を見せてほしいですか?」


 真人さんの先を読んだ言葉に座敷わらしさんが頷いた。


「えっ!? そんなことがこの加護の飾り玉でできるのですか?」


「いや、わからん。じゃから、あわよくばじゃ……正からは見えずともサチはきっと正の姿を見れば納得するはずじゃ。気持ちが納得すれば真人があの懐中時計との縁を切ればサチは輪廻に戻るはずじゃ。だからどうかお願いできんかのう?」


 座敷わらしさんはこちらを窺うように不安げに見つめる。

 サチさんを知ってしまったのだ。長い時をずっと孤独に一人で待ち続けている彼女を……そんなの答えはすでに決まっている。


「私にできることなら、もちろん協力いたします!」


「全く座敷わらしさんは(ずる)いやり方をしますね。あんな風に見せられては優希さんならこう言うに決まってるじゃないですか。私ももちろん協力しますよ……長い時を一人で待つのは孤独ですから……」


 妙に実感のこもったような真人さんの言葉が気になり見つめると、何でもないというようにいつもの笑顔に戻ってしまった。


「すまぬな。よろしくたのむ」


 座敷わらしさんは私たちの言葉に嬉しそうに微笑んだ。

 

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