どうやらずっと待っているようです【3】
「やっぱりこの色にして正解ね! 優希さん良く似合っているわ!」
「ありがとうございます」
思い悩んでいるうちに、あれよあれよと日にちは過ぎ、いつの間にやら宵山になっていた。
そして私は晶子さんのお宅にお邪魔し、やっと着付けが終わったところだった。
「わぁ! 優希ちゃん綺麗だね!」
入口のほうを見ると透くんがキラキラとした笑顔でこちらを見ていた。
「透くん、ありがとう!」
「そろそろ大江さんが迎えに来る時間かしら?」
晶子さんがそう言うと、ちょうどインターホンがなった。晶子さんがその音に部屋を出て行くと入れ替わるように座敷わらしさんが現れる。
「ほう。よく似合っておるではないか! これで真人もメロメロじゃな!」
座敷わらしさんはニヤッと揶揄うようにこちらを見つめる。
「もう! 揶揄うのはやめてくださいよ!」
私が頬を膨らまして座敷わらしさんをジト目で見ていると、玄関のほうから晶子さんが呼ぶ声が聞こえた。
「優希さーん! 大江さん来られましたよ」
「あ、はい! すぐに行きます! それじゃ透くんまたね! 座敷わらしさんはまた後ほど」
「うん! 優希ちゃんまたね!」
「うむ。後でな。楽しんでくるのじゃぞ!」
私は二人に手を振ると急いで玄関に向かった。
玄関に出ると浴衣を着た真人さんと目が合った。こちら見て目を見張ると少し頬を染め、にっこりと笑う。
「優希さん、すごく綺麗です。その浴衣とても似合っていますね」
「あ、ありがとうございます。真人さんも素敵です。その浴衣とてもお似合いです」
流石は真人さんだ。浴衣を完璧に着こなしていた。落ち着いた色味がより一層真人さんの大人の色気を引き出している。
少しの間惚けて見つめてしまったが、はっとして視線を逸らす。
(こ、これはいきなり直視は危険だわ。ちょっとずつ慣れていかないと……)
真人さんは不思議そうに首を傾げていたが、また惚けてしまうと思うとなかなか視線を上げられない。そんな私の様子に晶子さんのふふっと笑う気配がした。
「二人ともとてもお似合いですよ。楽しんで来てくださいね」
それから私たちは晶子さんに見送られ、出店のある通りに向かって歩き出した。
「やっぱり二人に内緒で来てよかった……」
「え?」
私が真人さんの声に視線を上げるとにっこりとこちらを見下ろしている真人さんと視線が合った。
「こんな綺麗な姿の優希さん、せっかくなら独り占めしたいじゃないですか?」
「そ、そんなこと……」
なんと返していいか分からず、どんどん顔が熱くなる。すると真人さんが私の目の前に手を差し出した。
「ここから先どんどん人も増えて来ますし、はぐれてしまっては大変ですから。それに変な虫に寄り付かれないようにしなければ」
(変な虫って……)
むしろそれを言うならよっぽど真人さんのほうが綺麗なお姉さんや女の子たちに声をかけられるだろう。
真人さんは元々人並み外れたかっこよさと色気がある。それが今は浴衣効果でさらに色気がダダ漏れてしまっているのだ。今だってチラチラ視線を感じている。一人になれば間違いなく囲まれてしまうだろう。
私が苦笑を浮かべ、そんなことを考えていると真人さんが不安そうな声をあげる。
「…………手を繋ぐのは嫌ですか?」
その声に顔を上げると真人さんの悲しげな表情が目の前にあった。
私はブンブンと勢いよく首を横に振ると真人さんの手に自分の手を重ねる。
そんな声と表情で言われては手を繋ぐ以外の選択肢は無い。
手を繋ぐと真人さんは嬉しそうに頬を染めてにっこりと笑った。するとさらに色気が増して、私はずっと心臓がドキドキと脈打っていて、なかなかおさまらない。
(うっ!真人さんの笑顔で動悸が……早くこの笑顔になれないとずっとこれは心臓に悪いよ……)
落ち着け落ち着けと念じながら、私たちは屋台の出ている通りへと入って行った。
最初はどうなることかと思っていたが、お祭りをまわり出すとなんとかいつもの調子に戻ってきた。
途中でたこ焼きを買って、真人が「あーん」と楽しそうな笑顔で口元に差し出された時は、またも真っ赤になってしまったが、いろいろな店をまわっている間にそれも楽しさに変わっていく。
真人さんと一緒だとやはり女性陣からの熱い視線が途切れることはなかったが、手を繋いで歩いているせいか声を直接かけてくる人はいない。
「やっぱり手を繋いでいて正解でした」
「そうですね。人すごいですし、気をつけないとすぐはぐれてしまいそうですね」
さすがに真人さんが手を繋がなければ女性に囲まれそうだと率直な感想は言えず、私が誤魔化すようにそう言うと、きょとんとした顔でこちらを見つめてくる。
「あ、いえ。まぁそれもそうなんですけど、それだけではなく……」
「ああ! やっぱり女性から声をかけられないってことですか? 真人さんに集まる視線すごいですもんね。それに真人さん町内でもファンクラブができるほど人気ですし」
自覚があったんだなと思いつつそう言うと、真人さんが苦笑を浮かべる。
「えっと……私のことでは無いのですが……いえ、気づいてないならわざわざ言う必要はないですかね……なんでもないです」
真人さんは何でもないと手を振りながら、顎に手を当て小さく声で呟く。
「……私がさっき屋台に並んでいる時に声をかけようとしてた人たちには気づいてなかったのか……やっぱりもっと気をつけないと」
真人さんの小さな呟きは祭りの雑踏で聞き取れず首を傾げるとさらにぎゅっと手を握らる。
「なんでもありません。優希さんとのせっかくのデートですし、時間は無駄にしたくありませんから、さぁ行きましょう」
優しく微笑まれ、色気ダダ漏れの甘い声を耳元で囁かれる。
私はばっと手で耳を隠し、真人さんを見つめる。真人さんは楽しそうにニコッと笑い、また手を引いて歩き出した。
(こ、腰が抜けそう……真人さんの不意打ちには注意しなきゃ!!)
慣れてきたと思っていたがやっぱりそうそう簡単に慣れるものではないらしい。
「そろそろ座敷わらしさんと約束している店に向かいましょうか? 屋台でかき氷いただく予定ですし、食べている間に座敷わらしさんも来るでしょう」
真人さんの言葉に時間を見ると約束の時間の15分ほど前になっていた。すっかりお祭りを堪能し、あっという間に時間が過ぎてしまっていたようだ。
「本当だ。もうこんな時間だったんですね」
「あっという間でしたね。優希さん、また私と出かけてくれますか?」
「はい! 是非!」
真人さんの言葉に喜んで答えると真人さんも嬉しそうににっこり笑う。
「そうだ! お店に行く前にこれを」
真人さんはそう言うとそっと私の髪にそっと触れる。
何か髪に付けられたような感覚に頭を傾げるとシャラリと小さな音がなる。
「やっぱりとてもお似合いですね」
真人さんは優しく微笑むと「ちょっと待ってくださいね」と携帯で私を撮影し、それを見せてくれた。
私の髪には金の棒に小さなピンク色の小さな桜がシャラシャラと揺れる可愛らしい簪が挿さっていた。
「かわいい……」
私がその簪に触れ呟くと真人さんが嬉しそうに笑う。
「気に入っていただけたようならよかったです! 今日付き合っていただいたお礼にプレゼントです」
「とても素敵です……あっ! でもいつの間に? それにいただくなんて申し訳ないです!」
私がそう言って焦り出すと真人さんが苦笑する。
「申し訳ないなんて思わないでください。さっき優希さんが出店に並んでいる時に近くに簪のお店があって見つけたんです。これは絶対に優希さんに似合うだろうなと思って、私が優希さんにつけてもらいたくて買ったんです。だからもらっていただけると私も嬉しいです」
真人さんが私のことを考えて買ってくれたのかと思うと嬉しくなる。ありがたく素直に受け取ろうと満面の笑みでお礼を伝えた。
「ありがとうございます!……私、桜の花好きなんです。とても嬉しいです」
「それは良かった。以前嵐山に行った時に優希さんがとてもキラキラした目で桜を見られていたものですから……優希さんも桜が好きなのかなと思っていたのです。予想が当たってよかった…………やっぱり好みはそうそう変わるものではないのでしょうか?」
最後の言葉は聞き取れず、首を傾げると真人さんが首を振る。
「なんでもありません。さぁ行きましょう」
真人さんが優しく私の手を取ると、私の歩幅に合わせゆっくりと歩き出す。
(……やっぱり私……真人さんが好きだ)
以前は自分では釣り合わない。だからこそ好きになればつらくなるだけだと思っていた。だが強く自覚してしまえばもう否定することは出来なかった。
(大丈夫。自分の心の中だけでそう思っていれば、口にしなければいいんだ。思うだけなら勝手なんだから!)
みんなで和気藹々とバイトをして、楽しく話せる関係は壊したくない。もし告白して気まずくなってしまえば今の状態には戻れないだろう。だからこそ、この想いは胸の内に秘めておけばいい。
そんなことを考えつつ私たちは晶子さんに紹介された出店に向かって歩き出した。




