どうやらずっと待っているようです【2】
散々悩み、青色から白色へとグラデーションが美しい、淡い紫の小花が散った涼しげな浴衣を選んだ。晶子さんも私の肩に浴衣を当てながら似合っていると絶賛してくれた。
「ところで晶子さん。真人さんも一緒にというのは真人さんにも用事があったんですよね?」
「ええ。せっかくなら優希さんと似たような色味で大江さんにもと思って用意していたの」
「私もですか?」
私たちの浴衣選びを微笑ましげに見守っていた真人さんが驚いたように晶子さんを見つめる。晶子さんはにっこり笑うと一度部屋から出て行き、私と同じ青色ベースの落ち着いた色味で所々に白い小さな柄が入った浴衣を取ってきた。
「男性ものはあまりないんだけど、優希さんが青色系だったからこの色味なんてどうかしら」
晶子さんはとてもセンスがいい。真人さんに似合いそうな色味だ。
「私までもらってしまっていいのでしょうか?」
真人さんが申し訳なさそうに晶子さんを見つめると「もちろんです!」と晶子さんがにっこり頷いた。
「もう少しで祇園祭ですし、せっかくなら二人で浴衣を着て行ってはどうでしょう?」
「そういえばもうそんな季節ですね。」
「時間を決めて来てもらったら着付けも教えられるし、どうかしら?」
確かにお祭りの時なら浴衣を着ている人も多いだろうし、ちょうどいい。私は真人さんを窺うように見つめると真人さんが優しげに笑う。
「それなら私は優希さんの浴衣姿も見れますし、そうできれば嬉しいですが、優希さんは他の方と約束などはされてませんか?」
「誰とも約束してないので大丈夫です!」
「よかったわ! それなら予定を決めましょう! 宵山の日でよかったかしら?」
祇園祭は日本三大祭と言われるほど大きな祭りだ。美しい山鉾が京都市内を巡行し、そしてその数日前から山鉾が市内に設置される。巡行は昼に行われるが、前の晩を宵山と言い、沢山の出店がひしめき合う。浴衣を着てお祭りといえば宵山の出店に行く人も多い。
「真人さんは宵山の日で大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「それでは晶子さん、宵山の日にお願いします」
「ええ! 準備をして待ってるわね。私も優希さんの浴衣姿楽しみだわ。それじゃあ大江さんは……」
晶子さんが窺うように真人さんを見つめる。
「私は自分で着付けできるので大丈夫ですよ。優希さんが準備できた頃に迎えに来ますね」
「ありがとうございます。真人さんは自分で着付けできるんですね。私着付けは全くわからなくて……」
「昔はよく着物や浴衣を着る機会があったので」
よく着る機会があったとはこの時代には珍しい……真人さんはいいところのお坊ちゃんだったのだろうか?
しかし、以前孤児院で育ったとバイトの雑談中に聞いたことがあった。その時はあまり踏み込んで聞くのはどうかと思い、そんな詳しく聞かなかったが……
あの縁を断ち切る刀の事といい、生い立ちの事といい真人さんは謎が多い。不思議に思い見つめていると「どうかしましたか?」と尋ねられた。
「いえ! なんでもありません」
私は咄嗟にそう答えると首を振る。まだ透くんの部屋にも行かなければいけない。またゆっくり話を聞いてみようと心の中で決め、私たちは晶子さんに断って透くんの部屋に向かった。
「透くん入ってもいいかな?」
透くんの部屋の前に着き声をかけるとすぐに襖が開き、嬉しそうに透くんが顔を出した。
「どうぞ!」
「「お邪魔します」」
部屋の中央に目を向けると座敷わらしさんがちょこんと座っていた。
「座敷わらしさんもお久しぶりです!」
私がそう声をかけると座敷わらしが驚いたように目を見開く。
「優希はわらわの姿が既に見えているのか?」
「え?」
私が首を傾げると座敷わらしさんが説明してくれた。どうやら座敷わらしさんは今は透くんだけが見えるように力を調整していたらしい。
「真人はともかくまさか優希まで見えるとは……優希はさらに視える力が強くなったようじゃな」
透くんがどうぞと座布団を持って来てくれた。私がお礼を言って腰を下ろすと座敷わらしさんがこちらに近づいてくる。そして手で輪っかを作ると私の方に向け覗き込む。
「ほ〜ふむふむ。これはまた……すごいな……」
「えっと……?」
私が首を傾げると座敷わらしさんが感心したようにこちらを見る。
「花の神からの絆を繋ぐ加護と水の神からの祝福に神使から授かった浄化の力、あと力は弱いが探し物を手伝ってくれるこれも神使かの? それとわらわの汚れから守るお守りじゃな」
「わかるんですか!?」
「まぁな。わらわほどの力があれば少し見ただけでだいたいはわかる。…………誑かしているのは真人らのほうかと思っておったが……案外優希のほうであったか……?」
最後のほうが聞こえず私が聞き返すと何でもないと苦笑いで返された。
「ところで座敷わらしさん、あなたが私と優希さんをここに呼ぶように仕向けたんですよね? 何かあったのですか?」
「仕向けたとは失礼じゃな。ただ晶子にちょっと二人に浴衣をやってはどうかとアドバイスしただけじゃ。まぁ祇園祭に行くのであれば少しお願いをしようかと思ってな」
真人さんの言葉に不満そうではあったが祇園祭に行くことまで想定していたのなら、やはり座敷わらしさんの思惑通りに仕向けられたということだろう。
真人さんはその言葉にやれやれというように座敷わらしさんを見つめる。
「それでお願いとは?」
「お前たち晶子からも誘いを受けたじゃろ? 宵山に行くのであれば晶子の親戚が営んでいる屋台に是非顔を出してくれと」
「はい。確か晶子さんの叔父さんが祇園祭の時は屋台を出されるのですよね? 晶子さんの話をしたらかき氷をタダで出してもらえるから是非行ってみてって言われました」
「ふむ。それでは宵山の日その屋台に行った後に詳しい話をしようかのう。20時過ぎにその屋台に来れるか?」
「20時過ぎですか? そのお願いには時間も関係あるという事でしょうか?」
私がそう尋ねると座敷わらしさんがニヤッと笑う。
「別に時間はもう少し早くてもいいのだがな。だがそれだとせっかくのデートがゆっくり出来んだろ?」
「デ、デートだなんてそんな!」
私が一人で焦っていると真人さんがにっこり笑って頷いた。
「そうですね。気を使っていただいてありがとうございます。それではその時間でお願いしましょう」
私が一人でワタワタしている間に話が決まってしまった。真人さんは私とそんな風に思われていいのだろうか? 窺うように真人さんを見つめると嬉しいそうな優しい笑顔で返されてしまい何も言えなくなった。
それから私たちはしばらく透くんとお話しをし、もう一度晶子さんにお礼を言い、葵家を後にした。
「そういえば二郎くんや智風くんも宵山行きますかね?」
「そうですね……二人とも優希さんが行くと聞けば一緒についてくるでしょうね」
真人さんは二人の様子を思い浮かべるようにして、苦笑をもらす。智風くんはどうかわからないが二郎くんが「一緒に行きたい!」と言うのは想像に難くない。
「二人には内緒にしましょうか? せっかくのデートですし!」
真人さんのほうを見るとまるでいたずらっ子のようにニコッと笑うと人差し指を口元に当てる。
「ふふっ! そうですね!」
「…………すみません。冗談で」
「……え?」
「……え?」
二人で首を傾げお互いを見つめる。
(もしかして真人さん冗談のつもりだった? デートだなんて本気にするなんて恥ずかしい!)
私は一気に顔が熱くなる。真人さんを困らせてはいけないと思い、みんなで行こうと言おうと真人さんを見つめるが、それより先に真人さんが口を開いた。
「本当に二人きりでいいのですか?」
「え? でも冗談って……」
「私は優希さんと二人で行きたいと思いましたが優希さんならみんなで行こうと言われるのではないかと思って……二人で行きたいと私が我儘を言うと優希さんを困らせてしまうかと……」
とても珍しいことに真人さんは頬を赤く染めそれを隠すように手を口元に当てて視線を逸らしている。その言葉と色気の溢れる表情にこちらまで真っ赤になってしまう。
「……わ、私も真人さんが良ければ二人で行きたいです」
勇気を出して口にすると真人さんが驚いたように目を見開き、そしてそれが蕩けそうなほど甘い微笑みに変わる。
「もちろんです。ジロくんたちには内緒ですよ」
「はい……」
真人さんは私の返事に嬉しそうに頷くと、とても機嫌が良さそうな様子で歩き出す。
私は先程の真人さんの甘い微笑みにまだドキドキと高鳴る胸を押さえる。
(……さっきの微笑みはやばい!! なんて色気なの!? これは早まったかもしれない……こんなんで二人っきりで出かけて心臓もつかな……?)
そんなことを思いつつ、もはや断ることはできないと腹を括って、私は気持ちを落ち着かせるように一つ大きく深呼吸した。




