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どうやら月見は大事な行事のようです【1】

 食器を拭きながら窓から差し込む麗かな日差しをぼーっと見つめる。桜の季節が過ぎ、最近はぽかぽかと暖かい日差しが続いている。


「ふふっ!」


 隣から笑い声が聞こえ、そちらに目を向ける。


「あ! すみません……優希さんがあまりに羨ましそうに外を見られていたものですから」


 そんなに顔に出ていただろうかと自分の頬に手を当てる。そんな気の抜けた表情を真人さんに見られていたかと思うと恥ずかしい……私は恥ずかしさをごまかすようににっこり笑う。


「外があまりに気持ち良さそうだったので……こんな日にお散歩でもしたら気持ち良さそうだな〜って思ってました」


「確かに今日は天気もいいですし、天気予報でも暖かな陽気と言われていたので、散歩には良さそうですね」



カランカラン


「「「いらっしゃいませ」」」


「よお」


 ベルの音に振り返り、挨拶すると鞍馬さんが手を上げて店に入ってきた。


「あれ? ちーくんまた来たの? 最近来る頻度高くない?」


 ベルの音に厨房にいた二郎くんが顔を出し、カウンターのほうに出て来る。

 鞍馬さんはいつものカウンターの定位置に座ると眉間に皺を寄せて二郎くんを睨む。



「お前は本当にいつもうるさいな。黙って仕事できないのかよ。それに俺はこの前のことで真人に報告に来たんだ。暇でぶらついてるわけじゃねぇ!」


 真人さんと私はいつもの二人のやり取りに苦笑をもらす。



「それであの咲耶姫様を閉じ込めた札のこと何かわかりましたか?」


「いや。あれだけ人の多い場所だし、多少情報があるかと思ったが何も収穫はなかった……」


「そうですか……以前と同じですね。一体何がしたいのやら」


 二人は念のため大神様にも話を聞いたそうだが何もわからないとのことだった。


 葵家や咲耶姫様の件。あの札を仕掛けた人物は何か思惑があって動いているのだろうと推測し、鞍馬さんがずっと調査を続けている。しかし結果は思わしくない。


「まぁ、これからも他に依頼がなくて手が空いてる時は調査を続けるよ」


「お願いします」


 真人さんはそう言うと鞍馬さんの前にコーヒーを置いた。



「ところで智風くん。今日はこれから何か予定はありますか?」


 鞍馬さんはコーヒーを飲みながら不思議そうに真人さんを見つめる。


「……? いや。大した用事はないが」


「ではお使いを頼めますか?」


 真人さんの言葉に、鞍馬さんは面倒くさいというように顔を歪める。


「なんだよ? お使いって」


「本当は私が行きたいところなのですが、今日は店でやらなければいけない用事もありますので……優希さんと一緒に買い出しに行ってもらいたいのですよ」


「えーーー! ずるい!! 優希さんと行くなら僕が行きたい!!」


 真人さんの言葉に二郎くんが不満いっぱいというように頬を膨らます。真人さんは困ったように笑うと二郎くんを宥める。


「ですが二郎くんは車もバイクも運転できないでしょう? この辺の店ならいいですが、北の方の少し離れた店なので今回は諦めてください」


 二郎くんはしゅんとなって「わかりました」と小さく返事をした。



「それじゃあ二郎くんと鞍馬さんで行ってくる?」


「「それは嫌だ!!」」


 二郎くんがあまりに悲しそうに見えたので私が提案すると、鞍馬さんと二郎くんが即座に二人そろって拒否をする。

 いつも言い合いをしている二人だが、こういう時は息がピッタリだ。本当は仲が良いのではないかと思えてくる。

 真人さんがその様子に笑い、鞍馬さんのほうを向く。


「ということですので、智風くん。優希さんを北の方のお店まで送って、荷物持ちをお願いできますか?」


「でも、それなら俺一人でも大丈夫だぞ」


「ですが智風くんはよく何か買い忘れて帰ってくるじゃないですか。やっぱり優希さんと行ってもらったほうが安心ですよ。それに今日は天気がいいですからね。近くにバイクを止めて、少し歩いてお店まで買い物に行くと気持ちいいと思いますよ」


 真人さんがこちらにチラッと目を向けるとにっこり笑う。


(あっ! さっき私が散歩したら気持ち良さそうって言ったから……)


 鞍馬さんは何で店にバイクを止めずに少し離れた場所にわざわざ停めるんだと不思議そうに首を傾げていたが、真人さんの笑顔に鞍馬さんが仕方ないというように頷いた。


 真人さんはいつも何かと私を気遣ってくれる。

 あんなふうにいつも気遣ってくれると私が真人さんにとって特別なのだと勘違いをしてしまいそうだ。

 私がそんなことを思いながら真人さんのほうを見つめると優しい笑みで見つめ返されてしまった。


(う……その笑顔はずるい……)


 私は赤くなった頬を気づかれないように顔を隠すと早く鎮まれとドキドキする胸を押さえるのだった。





「準備できたか?」


 私が外出の準備をして店の前に出ると既にバイクに跨った鞍馬さんがいた。

 さすがワイルド系なイケメンだ。大型のバイクが似合っている。私がじっと見ていると鞍馬さんが首を傾げる。


「なんだ?」


「あ、いえ。鞍馬さんバイク持ってたんですね」


「いや。これは真人と共有してんだ。ちょっと遠出して調査に行く時はこれを使えって言われてるんだよ。……俺には本当は必要ねーんだがな」


 鞍馬さんの最後の言葉は小さくて聞き取れず、首を傾げると、何でもないと首を振り、鞍馬さんがヘルメットを取り出した。


「それよりほら。これつけろ」


 私はヘルメットを頭にかぶると後ろに乗るよう促される。

 そしてバイクに跨って、うっと考える。


(これってどこ持てばいいんだろう……? しかもバイクの二人乗りだとやっぱり距離が近い……)


 私がどうしようかと一人で考え込んでいると前から声がかかる。


「しっかり俺に捕まっとけよ」


「あ、はい!」


 そう言われたのでおずおずと鞍馬さんの背中あたりの服をぎゅっと握ると前からため息が聞こえる。


「それじゃあ危ないだろうが!」


 鞍馬さんはそう言うと私の手を掴み自分のお腹の前にまで引っ張った。私は手を引っ張られたことで後ろから思いっきり鞍馬さんに抱きつくような格好になる。


(っ…………! 近い。距離が近すぎるよ……)


「しっかり前で手を組んどけよ。じゃないと危ねーから」


「う……はい…………」


 こんな距離でなかなか異性にくっつくことなんて無い。私は真っ赤になりながらも、ぎゅっとしがみついた。

 しかしあの感じ、鞍馬さんはこういうことは全くなんとも思わないのだろうか?

 私がチラッと鞍馬さんの頭に視線を向けると鞍馬さんの耳が少し赤くなっているように見えた。

 私だけが恥ずかしと思っていたわけでは無いのかと思うと今度はなんだかおかしくなってくる。


「ふふっ!」


「なんだよ?」


 私が小さな声で笑うと不機嫌そうな声が聞こえる。


「なんでもありません」


「しっかり捕まっとかないと落としちまうからな!」


 鞍馬さんはそう言うとバイクを発進させた。





 バイクに乗り風を切って走るととても気持ちがいい。最初は近い距離に緊張していたものの、しばらく走っていると風を切る爽快感のほうが上回る。

 その気持ち良い爽快感を感じながら、周りの景色を見て楽しんでいるとあっという間に目的の場所の付近になった。

 店が見えてきたと思ったが、鞍馬さんは目的の店を通り過ぎてしまった。


「あの! 鞍馬さんあそこの店ですよね? 通り過ぎちゃいましたよ?」


「ん? あんた少し散歩したいんじゃなかったのか? なんか真人がちょっと離れた場所に止めろって言ってたし。それにどうせ俺もこの辺に用事があるから、さっきの店と俺の行きたい場所の間に止めるぞ」


「なんだかすみません……わかりました。お願いします」


 鞍馬さんは真人さんの言葉通り私の希望に沿ってくれるつもりだったらしい。なんだかんだで口調はあまり良いとは言えないが鞍馬さんも根は優しいのだ。



 鞍馬さんはしばらくバイクを走らせると一つの民家の前でバイクを止める。


「ほら、降りてくれ」


「はい、ありがとうございます。ここって普通の民家ですけど、知り合いのお家とかですか?」


「まあな。ここはいつでも使って良いって言われてるから、この辺来る時はここに止めてんだよ」


 そう言うと鞍馬さんはその民家の駐車スペースにバイクを止める。


「そんじゃ先に真人から頼まれた物買いに行くか」






「鞍馬さん、ありがとうございました。」


 私が買い物を終え、店から出てきてお礼を言うと、私の荷物を鞍馬さんが取り上げる。


「これくらいなら持てるので大丈夫ですよ」


「気にするな。そのための荷物持ちだろ? 真人から言われてんのにあんたに物持したら後で何て言われるか……それにあんたさっきちょっとフラついてたし、本当は重かったんだろ? 無理すんな」


 確かに一人で持つには結構重たかった。それを鞍馬さんは片手で軽々と持っている。荷物を持ちながらもサクサクと先を進む鞍馬さんに私は結局甘えることにした。


「すみません……ありがとうございます」


 私がそう言うと小さくふっと笑い頭をポンポンと軽く叩かれた。


(なっ……こういう行動は反則だわ……イケメンってずるい……)


 ちょっと赤くなりそうになる頬を押さえて鞍馬さんの後に続く。

 そしてしばらく歩いた時だった。道の端から丸く茶色な二つの毛玉が飛び出し、私たちの足元に転がった。


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