どうやら神様同士の関係もなかなか複雑なようです【7】
「大丈夫ですか?」
ゆっくり目を開いた女性は私の問いにこちらに視線を向ける。
とても美しい金色に光る瞳が私を捉える。
「……あなたは誰……?」
綺麗な鈴を転がすような声で咲耶姫様が答えた。
どうやら意識がしっかり戻ったようだ。
「私は咲耶姫様のお父様、大神様にあなたを探すように依頼を受けた者です」
彼女はゆっくりと上体を起こすとあたりを見回した。
「まぁ……私やっぱりあの桜に閉じ込められてしまっていたのね……では父の依頼であなた方が助けてくれたのですか?」
「ああ。依頼だったからな」
「そうでしたか。助けていただきありがとうございました」
彼女は頭を下げるとこちらをじっと見つめる。
見た目も大変美しいが所作もつい見惚れてしまうほどに美しい。
私と咲耶姫様が見つめ合っていると「おい」としっかりしろというように鞍馬さんに小突かれた。
「あ、すみません。あの……体の調子は何ともありませんか?」
私は慌てて問いかける。
「少し怠い感じはしますが、しばらくすれば治ると思います。だいぶ力を吸い取られてしまい身動き出来なかったのですが、先程いただいたお神酒のおかげで少し力が戻りました」
「そうですか。それなら良かったです」
どうやらお神酒を飲ませたのは正解だったらしい。
「咲耶姫様、少しお話を聞かせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
真人さんの問いかけに咲耶姫様が小さく頷くと、真人さんは先程まで地面に埋められていたものを取り出した。
「こちらに見覚えはありますか?」
「いいえ。それはあの桜の根本に埋められていたものですね?」
「そうです。あの桜に閉じ込められる前のことを教えていただいても?」
「ええ。私は桜を咲かせるため京都の周辺をまわっていました。そして先日ここに来て、あの桜を見つけました。あの桜はこのあたりでは毎年一番に花を咲かせる元気な桜です。しかしいつもの元気がなく……力を流して回復させようとしたのです。中に変な力があることには気づいておりましたが、私の力で流し出せると思っておりました。しかし実際に力を流そうと幹に手を触れた途端一気に力が吸い取られ、そのまま幹の中に引きずり込まれてしまいました……私はそのまま意識を失ってしまって……」
真人さんと鞍馬さんが険しい顔になり見つめあう。
「驚きだな……神の力をそのまま取り込んだっていうのか?」
「普通ではあり得ないですね……もしかしたら咲耶姫様が毎年ここを訪れることを知っていて、咲耶姫様用に特化させ、力を吸い取れるように調整されていたのかもしれませんね……」
「そんなことができるのですか?」
「わかりません。しかし実際に咲耶姫様は中に閉じ込められていましたし……いずれにしても相当な力を持った者が仕掛けたに違いないでしょう」
あの札を仕掛けた者は神様をも閉じ込めるような力を持っていると考えるとゾッとする。それもその力を穢れに変えていっているのだから。
初期に対応したおかげで、他の人にも影響をそれほど与えなかったから良かったが、知らずに放置され続けていたらどうなっていたことか……
これを仕掛けてた人物の思惑がわからない……ただ唯一確かなのは穢れを広め、人に害悪をもたらすということだ。
「本当に助けていただきありがとうございました。よろしければ明日、我が父の社に来てもらえませんか?私からもお礼がしたいのです」
「そうだな。そんじゃ、明日報告も兼ねて大神のところに行くよ」
(即答……鞍馬さん遠慮は一切ないんだな……)
確かに依頼であったし、直接報告には行くべきなんだろうけど、一切遠慮もなしにそう言い切るのはいっそ清々しい。
彼女はにっこり微笑むと「それでは明日」とだけ言い残し、ゆっくりと姿がかすみ消えていった。
「じゃあ俺らも帰るか?」
私は頷くと長い夜の終わりにグッと体を伸ばしながら、車に向かった。
翌日、私たちは大神様の社に来ていた。
(この前は神使の子が案内してくれたけど、今回はどうするんだろう?)
そんなことを考えつつ二人に後ろついて、境内をしばらく歩いていると突然目の前が光出し、次の瞬間には大神様と咲耶姫様が目の前に立っていた。
「やーおつかれ! 娘を探し出してくれてありがとう!」
突然現れ、とても軽い感じで挨拶され一瞬呆けてしまう。
私ははっとしてあたりを見回す。
この二柱の神は人間とは全く違うとても目を惹く美しい容姿をしている。しかも突然このように現れてはきっとそれを見た人間は騒ぎ立てるだろう。
「あ〜そんなに焦らなくても大丈夫だよ。今は他の人間が入ってこれないように結界を張っているし、気付かれる心配はないよ」
私の焦った様子に気づいたようで、大神様がふふっと笑う。私はふーっと安堵の息をついた。
「それじゃこれ。今回の報酬ね」
大神様はそう言うと手の中に徳利を出した。
「このお酒はね西の神の社からこっそり持ち出し……コホン。譲り受けたお酒で、だから彼の力も入っているけど、それにさらに僕の力も込めたお酒だから、なかなか使える物だと思うよ」
(今こっそり持ち出したって言ってたよね……本当に自由な人だな……というかそんな勝手に持ち出されたものをもらって大丈夫なのかな……?)
「彼は小さいことは気にしないから大丈夫だよ!」
表情に出ていたのか彼はカラリと笑うと全く悪びれることもなくそう言った。そして私のほうに徳利を渡そうと近づくが、その間に真人さんが割り込む。
「ありがとうございます」
真人さんはにっこり笑って手を差し出した。
「……あのね、そんなに警戒しなくてももうわかってるから大丈夫だよ。心の狭いやつは嫌われるぞ!」
「何をおっしゃっているんですか? 私はただ重たい物を女性に持たせるのはよろしくないと思っているだけですよ」
真人さんがにっこり笑顔でそう言うと、大神様がやれやれというように息を吐き真人さんに手渡した。
鞍馬さんは真人さんの横から徳利をじっと見つめるとニヤッと笑った。
「確かに……こりゃ一生に一度拝めるかどうかだな。二柱の神の力入ったお神酒か」
そういえば西の神様から直接もらったものも最上級と言われ、今回の件でもだいぶ助けられた。
それにさらに大神様の力が加わったものであればすごい効果が得られそうだ。
私もその徳利を見つめていると咲耶姫様がすっと私の隣に来る。
「父から聞いたのだけど、あなたは本来断ち切り屋をしているのではないのよね。西の神が手間を惜しんであなたを呼んだと聞いたわ。でもそのおかげで私は助かった。本当にありがとう」
「いえ! そんな! 私は何もしていません。探してくれたのは大福くんですし……」
彼女は私の手を両手でとると微笑んだ。
そのあまりの美しさにぼーっと見つめてしまう。同性であってもこれほど美しい人が微笑み見つめられると頬が赤くなってくる。
「おい……あれはいいのか?」
「まぁ……同性ですし、意図があるわけでは無さそうなので、どうにもできないでしょう」
「私やっと昨日夫に連絡できたの。とても安心していたわ」
「そうなんですね」
(そっか旦那さんがいたんだ……じゃあ今回は咲耶姫様だけで里帰りだったのね……そんな時にタイミング悪いな……)
「いつも実家に帰る時は夫は一緒ではないの。父が娘をさらった奴に敷居はまたがせないって言うものだから……」
咲耶姫様は困ったものだというようにため息をついた。
私はその話を聞きジト目で大神様を見る。当の大神様は真人さんと鞍馬さんと話しながら陽気に笑っていた。
(……ということは今回の件、大神様が旦那さんを拒否してなければ咲耶姫様が一人危険な目にあうことはなかったんじゃ……まぁ悪いのはあの札を仕掛けた人なんだし責められるわけじゃないけど。それにしても心配なら旦那さんも一緒に来てもらえば安心なのに……人間の世界も神様の世界も結局人間関係はいろいろ複雑ってことかしら……?)
私がそんなことを考えていると咲耶姫様が思い出したというように話し出す。
「そういえばあなたに渡したい物があるの」
咲耶姫様は手を伸ばすと、私の左手首に両手を当てる。私が首を傾げると彼女はふわっと優しげな笑みを浮かべた。するとその手の中から光が溢れ出す。彼女が手を離すと左手首に茶色い紐が結ばれ、そこには綺麗な丸い珠がついていた。
手首を寄せてじっと丸い珠を覗き込む。そこには木や花、葉っぱや蔓が閉じ込められており、それはキラキラと光に照らされ、まるで珠の中で風でも吹いているかのようにゆっくりと動いている。この小さな珠の中に本物の植物が生きているかのようだ。
「綺麗…………」
あまりの美しさにじっと見つめていると咲耶姫様がふっと笑う気配がした。
「気に入ってもらえたならよかったわ」
「ありがとうございます。ですがこんな綺麗な物、本当にもらってしまっていいのでしょうか?」
「いいの。私があなたに渡したかったのだから。これはただの飾り珠ではないわ。私の力が込められているから。植物がしっかりと根を張り長い時間を生き、実をつけて新たな命を繋いでいくように、あなたとあなたの大切な人との絆をしっかり繋いでくれることでしょう」
(大切な人との絆……)
「それじゃそろそろ私たちは行こうか」
大神様の言葉に咲耶姫様は頷き、こちらをじっと見つめる。しかしその目は私ではなく私の内側まで見ているように感じる。
彼女は少し悲しげに眉を顰めると私の頬にそっと触れる。
「欠けたものを補完することはできないわ……いずれそれがあなたの役に立つこともあるでしょう。あなた自身が望んだ道に進めるように。あなたの行先に幸多からんことを祈っております」
(欠けた物……? それって一体……)
咲耶姫様の姿がゆっくりと霞んでいく。
私はまだ彼女にお礼を言っていないことに気づき咄嗟に声をかけた。
「あ、ありがとうございました!」
私の言葉に咲耶姫様が優しく微笑む。そして瞬きをした後には咲耶姫様の姿が消えていた。
最後の言葉は届いたようだ。私がほっとして大神様がいたほうに視線を向けると、大神様の姿も消える間際だった。
そして思い出したように最後にこう言い残す。
「あ! 暇があれば君たちのところに呑みに行くからよろしく〜〜」
大神様が軽い感じでそう言うと、真人さんと鞍馬さんが同時に大声で叫んだ。
「「絶対来るな!!!」」




