どうやら神様同士の関係もなかなか複雑なようです【6】
それからも私は靄が広がればお神酒かけを繰り返していた。
それにしてもこのお神酒は本当にすごい。少量でも一度かけるとしばらくは靄が広がらないのだ。
流石は『最上級のお神酒』だ。
その間も真人さんはシャベルで地面を掘り続けた。
そして大きく地面にシャベルを突き刺した時だった。何かがぶつかる音に真人さんと顔を見合わせる。
土をそっとよけていくとそこには靄が纏わりつき黒い塊となった何かが埋まっていた。
「真人さんこれって……」
「ええ。これで間違いないようですが、これだけ靄が纏っていては縁の糸も何も見えたものではありませんね……」
「見つかったか!?」
鞍馬さんは汗を流し、息をきらせながら蔓をかわし、こちらにチラッと視線を流す。
「とっとと切っちまえ!」
「わかってます! 優希さん、徳利をこちらへ」
私が徳利を差し出すと、真人さんはその黒い何かにドボドボとお神酒をかけた。するとドロドロと黒い靄が流れ落ちるようにして、中にあったものが見えた。
「これって………」
「ええ。あれと同じもののようですね……」
そこには以前、葵の家で見つかったお札のようなものがあった。しかしこちらのほうが黒い靄がきつい。じっと目を凝らすとお神酒で黒い靄が多少流れたおかげで、何とか赤い糸が見えた。
「今からこれと桜を繋いでいる縁の糸を断ち切ります。優希さん、念のためもう少し離れてください」
私は真人さんの言葉に頷くと二、三歩後ろに下がった。
それを確認した真人さんはいつものように腰の辺りに手を添えてゆっくりと『何か』を引っ張り出し、構えた。
「断ち切れ!」
その言葉とともに真人さんが『何か』をあのお札のようなものを目掛けて振り下ろす。しかし途中で振り下ろした真人さんの腕が止まり、お札のようなものとの間に稲妻のような閃光が散る。力が拮抗しているのかしばらく光が散り続ける。
だんだんと激しくバチバチと光が散り、その光に照らされた部分が、いつもは見えないはずの真人さんが持っている『何か』を照らし出す。
構えた姿から想像はしていたがそれは刀だった。青白く光る刀身がなんとも神秘的で美しい。
そしてもう一つ、いつもと違う光景が浮かび上がる。
その光に照らされた真人さんの髪が美しい白銀に輝いているように見えた。その姿は刀と同じく神秘的で昼間に会った神様たちを彷彿とさせる。
私は驚いて目を擦り、もう一度真人さんのほうを見つめる。真人さんは癖のないサラサラとした真っ黒な髪だ。
そしてもう一度真人さんに目を向けると今度はいつもの美しく黒髪に戻っていた。
(さっきのは一体……でもあの感じなんだか既視感が……)
「真人! まだか!?」
鞍馬さんの声にはっと我にかえり、そちらを見つめると、錫杖で黒い蔓を纏めてぎりぎりのところで受け止めている。
鞍馬さんも限界が近いのか蔓を受け止めている腕が震え、肩で息をしている。
「あと……少しです……」
「真人さん! 頑張ってください!」
私の声に真人さんの口元がふっと笑うように微かに動く。
真人さんはさらに力を入れるよう刀を握り直すと、「はーーー!!」と声を上げた。
激しく光が散り、真人さんの腕が徐々に札のほうに動き出す。そして一際強く光が弾けると刀が振り下ろされ、ついに糸が切れた。
それと同時に強い風が巻き起こる。
私は足を開いて飛ばされないように踏んばった。
しばらくして風がおさまるとそれまでの重苦しい空気が嘘のように消えていた。
「真人さん大丈夫ですか?」
「はい。なんとか……優希さんも何ともありませんか?」
「私は大丈夫です」
真人さんが汗を拭いながらこちらを確認する。そして思い出したというように鞍馬さんのほうを向く。
「智風くんも……大丈夫そうですね。」
「ああ。なんとかな……」
鞍馬さんは髪をかきあげ疲れきった表情で怠そうにそう返事をする。私が鞍馬さんのほうに目を向けた時にはあの錫杖が消えていた。
(やっぱりあれって出し入れできるものなの? 手品?)
私が気になって見つめていると鞍馬さんはなんだ? という顔をする。
錫杖のことも気になるが今は咲耶姫様のことだ。
「そういえば咲耶姫様はこの桜の木に閉じ込められていたんですよね? 力を断ち切ればここから出られるということではないのでしょうか?」
「そうですね……桜の幹の中に気配を感じるのでまだ中におられると思います。もしかしたら力を奪われてすぎたせいで、自力で外に出られる状態ではないのかもしれませんね……」
「そんな……どうすればいいんでしょうか?……」
「あんた確か髪飾り預かってたよな?」
「え? はい。持ってます」
服のポケットから髪飾りを取り出すとその髪飾りが淡く光っていた。
「光ってる……」
つい驚いて口にするとやっぱりというように鞍馬さんが真人さんに視線を向ける。
「これがあれば何とか縁を繋げるんじゃないか?」
真人さんが私の持っている髪飾りに触れると白く光る糸が現れる。その糸は木の幹の中に続いていた。
「確かに縁の糸はつながりますが、本人が中で眠っている場合は気づいてもらえないのでどうすることもできないと思いますが……」
真人さんが困ったようにそう言うと、鞍馬さんはおもむろにその糸を掴むと思いっきり引っ張った。
「く、鞍馬さん!?」
「智風くん! 何をしてるんですか!?」
「んなもん相手がこの先にいるんなら引っぱりゃ出てくんだろ」
(え……そんな力技みたいに無理やり引っ張って大丈夫なの?)
私と真人さんは呆然と鞍馬さんを見つめる。
「ほら。お前らも手伝えよ」
「えっと……そんなことして本当に大丈夫なんですか?」
「でも他に方法もねーじゃねーか。やってみなきゃわかんねーだろ?」
私が尋ねるとそんな適当な答えが返ってきた。隣で真人さんがため息をつくと、仕方がないというように糸に手をかける。
「確かに他に方法がありませんし、こんなことしたこともないのでどうなるか分かりませんがやってみますか……」
結局私も真人さんも鞍馬さんの提案にのり、みんなで糸を引っ張る。すると少しずつ糸がこちら側に動き出し、桜の幹の中央が光出す。ゆっくりと光が広がると、とても美しい女性が姿を現した。
私は女性を受け止めようと走り出し、その女性の前に立つ。そして女性の体がこちらに傾いで来た時に両手で受け止めようと手を出すと、私の両脇から腕が伸びた。
「一人で支えるのはあんたには無理だろ!」
「そうですよ。こちらに任せてくださればいいのに」
「これぐらい細身の女性だったら私でも受け止められますよ!」
私がそう言うと二人はやれやれというように顔を見合わせるとため息をついた。
(なんだか真人さんが過保護なせいで周りにも伝播してみんなが過保護になってきている気がする……)
結局私は手を出していたものの全く女性に触れることもなく、私の両脇に立っていた真人さんと鞍馬さんが近くのベンチに女性を運び横たえた。
その女性は流石神様と言うべきか、あまりの美しさにため息が出る。
全身が夜の暗闇にあっても仄かに光っており、肌が雪のように白い。固く閉じられた目は長い睫毛で縁取られ、小さな鼻と、薄紅色の頬と小さな口が完璧なまでの比率で配置されている。
父親である大神様は緑っぽい髪色をしていたが、こちらの女神様は桜色の髪色をしており、光の加減でキラキラと輝いて見える。足元まである長い髪だが決して絡まることもなくサラサラと真っ直ぐに広がっている。
あまりの美しさに呆けて見つめていると真人さんに呼ばれてはっとする。
「優希さん? 大丈夫ですか?」
「あっ! はい! 大丈夫です! 咲耶姫様ずっと眠られたままですね……どうしましょう? このまま大神様のところに連れて帰りますか?」
「そうですね……あ! そういえば少し徳利の中にお神酒が残っていたのですが、こちらを彼女に飲ませればもしかしたら……」
確かにこのお神酒の力はすごい。試してみる価値はありそうだ。私は真人さんから徳利を受け取ると水筒のコップに移した。真人さんが咲耶姫様の上体を支え、私は咲夜姫様の口にコップを当てるとゆっくりと注ぎ込む。
喉がコクリと動く。どうやら飲んでくれているようだ。すると先程までの彼女を包んでいた仄かな光がさらに強い光に変わる。
そして睫毛が微かに震えると、ゆっくりと目が開いた。




