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どうやら神様同士の関係もなかなか複雑なようです【2】

「こちらにどうぞ!」


 神使の少年は神道(しんどう)という神様やそれに連なるものが使う道を通ってカフェまで来たそうだ。

 しかし、人間がその道を使うのは体に負担がかかってしまうようなので、真人さんの車で目的の神社まで来ていた。


 車を駐車場に止め、外に出ると少年はスタスタと神社の奥に進んで行き、私たちを手招いた。

 私たちは導かれるまま少年の後について行くと、御神体がある建物の中まで連れて行かれる。

 そしてその建物の前で手をかざすと少年の手から(まばゆ)い光が溢れ出す。その光は少しずつ大きくなり、真人さんの身長ぐらいまで大きくなると少年がこちらを振り返った。


「中にどうぞ!」


「え? この光の中に入るんですか?」


「はい。こちらが主の住まいに直接つながる神域と人界との(はざま)になります。この中間の場所であれば人間の体にも負担はかからないはずです。人界だと人目についてしまいますから……」


 そして少年はそのまま光の中に入って行く。

 鞍馬さんは嫌さそうな顔でため息をつき、仕方ないというように少年に続き中に入っていった。


(鞍馬さんも普通に入っちゃったけど本当に大丈夫なの? 真人さんたちの仕事上こういうことは普通なのかな? でも中には神様が二柱もいらっしゃるんだよね? ついに直接対面か……変なことしちゃって怒らせたりしたらどうしよ?……)


 悪い考えばかりが頭をよぎり、不安が膨れ上がっていく。なかなか足を踏み出せないでいるとそっと肩に手が置かれた。


「優希さん、大丈夫です。深呼吸してください」


 優しげな真人さんの微笑みで、緊張で息をつめていたことに気づく。

 何度か深呼吸すると真人さんが笑みを深くして頷いた。


「落ち着きましたか? 私や智風くんも一緒にいるので大丈夫です。何かあればフォローしますから。さぁ、行きましょう」


 ゆっくり深呼吸したことで、緊張して冷たくなっていた手に少し温かさが戻ってくる。私が真人さんの目を見つめ頷くと、真人さんは私の手を優しく取る。そして真人さんに手を引かれて一緒に光の中に入っていった。



 明るくて目が開けていられず、ぎゅっと目を閉じる。真人さんの手に優しく引かれ、一歩足を踏み出す。すると徐々に光が弱まっていくのを瞼の裏で感じ、ゆっくり目を開ける。


 そして私は思わず目を見張った。

 そこは先程とは全く別の場所だったのだ。

 驚いて周りを確認しようとぐるりと目線を走らせる。


 木々が生い茂った山中のようで眼前には立派な朱色の建物が建っている。周囲を覆い尽くす木々もその一本一本が太く大きく、よく神社で見かける樹齢何百年と言われる御神木のような木々が連なっている。

 空気感も先程までと全く違い、清らかで冴え冴えとして身のうちから清められていくような感覚がする。


 朱色の建物のほうに目をやるとその前に腰を下ろす二つの人影が見えた。その姿を捉え私は確信した。


(このかたたちが神様だ……)


 普通の人間とは明らかに違う。


 一方の人影は白い着流し姿で、大きくはだけた胸元から見える体は筋骨隆々とした大きな体で雄々(おお)しいという表現がぴったりな外見だ。まるでそこに山でもあるかのような圧迫感がある。

 しかしその造形は人ではないと一目でわかるほどに美しい。刈り上げられた少しくすんだ赤色の髪に、彫りの深い顔立ち、その瞳は金色に輝いている。


 もう一方の人影は美しい花の刺繍が施された着流しを着ており、中世的な顔立ちをしたとても麗しい外見をしている。骨格から男性だろうと予想はつくが、顔の造形だけならばどちらか見分けられない。

 腰まである長くまっすぐな黒に近い緑色の髪は光の加減でさまざまな色に輝いて見える。瞳の色はこちらも金色でその目には涙が溜まり、目の端を赤く染めていた。


 とても美しい神々にため息が漏れそうになるが、それと同時に自分とは全く違う存在なのだと畏怖(いふ)の念も抱く。


 こちらに気づいた二柱の神が私たちをじっと見つめる。



「やっと来たか。遅かったな」


「仕方ないだろ。俺たちは神道を通れるわけじゃねーし。いきなり呼び出したそっちが悪いだろ? これでも早いほうだ」


「失礼を承知で申し上げますが、智風くんの言うとおりです。それに彼女まで連れて来いだなんて。優希さんはカフェのバイトであって、断ち切り屋を手伝っているわけではないのです。何故彼女まで呼ばれたのかお聞きしても?」


 二人は不機嫌そうな顔で神様に堂々と言い返すが、見ているこっちはハラハラする。まさか怒らせてはならないと言っていた二人がこんな喧嘩腰で話をするとは思っていなかった。


「私に(たて)突くか。やれやれ。噂通りの図太さだな。そう焦るな。理由は話す。娘もそんなに怯えなくともよい」


 とても低く響く落ち着いた声でそう(なだ)められる。見た目だけでなく声まで美しい。私が小さく頷くと、突然もう一方の神様が大きな声を上げる。



「どーでもいいけど君ちゃんと話聞いてるの!?」


 目に涙を溜め、先ほどまで話していた神様の襟を掴むとグイグイと引っ張り、また泣きながらお酒を(あお)る。


(あーなるほど……確かに酔っ払いだ……)


 この光景からどちらがこの地の神でどちらが酔っ払いの押しかけてきた神かすぐにわかる。

 見た目もその涙もとても美しく、声は男性にしては少し高めの涼やかな美しい声なのだが、この目の前の状況で台無しになる。

 酔っ払いというのはたとえ神であっても迷惑をかけるのは変わらないようだ。

 先ほどまで緊張でガチガチになっていたのが阿呆らしくなるほどグデングデンに酔っている。


 絡まれているもう一方の神が頭を押さえる。

 遠目でも額に青筋が浮いているようにも見える。


(神様でもやっぱりイライラするのね……)


 そんなどうしようもないことを考えていると遂に耐えきれなくなったのか、絡まれていた神が襟に伸ばされた手を無理やり剥がすとその勢いのまま相手を振り払った。

 酔っ払ってフラフラになっていたためか投げられた方は顔から地面に着地する。


(うわっ……下は砂利なのに……)


 地面は砂利になっていて、顔からいったとなればなかなかの衝撃のはずだ。あの綺麗な顔がぼろぼろになっていないだろうか。

 心配しながら見つめているとしばらく動かなかった影がモゾっと微かに動く。

 しかしそれ以上突っ伏した状態のまま動かなくなる。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


 私が恐る恐る聞くと、ピクっと体が揺れる。

 瞬きをし開いた次の瞬間その姿が消えていた。


「え?……あれ……?」



 私が周囲を見渡そうとした時、左手に温もりを感じた。

 びっくりしてそちらを見ると先程まで倒れていたはずの美貌の神様が満面の笑みで私の左手を握っている。私は思わずその俊敏すぎる動きと眩し過ぎる笑顔に固まる。



「君優しいね! 私のことを心配してくれるなんて。さっきはよく見てなくて気づかなかったけど、可愛らしい女の子だ!!」


 固まっている私のことは気にしていないようで、左手を嬉しそうに満面の笑みでにぎにぎと触っている。

 私ははっと気を取り直して、この状態をどうしたものかと考えている。


(振り払ったら失礼になるよね……?)


 すると私の肩にそっと手が置かれる。そして背後から私の手と重ねるように伸びた手が神様の手を振り落とした。


「……いい加減にしてくれますか?」


 私が背後を振り返ると低い声にいつぞやの相手を威圧するような満面の笑みを浮かべた真人さんがいた。背後に般若のような影が見える気がする……


「あれ? そういうことなの? ふーん、まあいいや」


 先ほどまで私の手を握っていた神様は真人さんと私を交互に見つめると、真人さんの威圧を気にする風でもなく、また元の場所に戻って腰を下ろした。


「ありがとうございます」


「いえ」


 私が小さな声でお礼を言うと、いつもの優しげな笑みに戻った真人さんが私の隣に移動した。

 以前より耐性がついてきたとはいえ美貌の神様に手を握られ、真人さんに後ろから抱き込まれるような体勢になるのは正直言って危なかった。


(もう少しあの状態だったら完全に茹蛸(ゆでだこ)状態になってたよ……危なかった……)


 私が必死に平常心に戻そうとしていると、もう一方の神様がため息をついた。



「女性と見るや、そういうことをしているからお前の娘も呆れて帰って来ないのではないか?」


「違うもん!! 誰にでも手を出してるわけじゃないよ! 毎年、咲耶姫はこの時期帰ってくるし、ちょっと前にももうすぐこっちに来るって連絡がきたんだ! それなのにこんなに時間がかかるなんて有り得ない! きっと何かがあったんだよ……」


 そう言うとまた大粒の涙を流し泣き始める。

 この神様ちょっといろいろと問題がありそうだ。


(うん! あまり関わり合いにならないようしよう!)


 密かにそんな決意をする。

 しかし、この見た目で父親とは神様とは人の感覚では測れないようだ。




「娘さんが帰って来ないのですか? そのことが今回私たちをここに呼んだ理由ですか?」


「ああ。そうだ」


 真人さんの問いにこの社の神が頷く。そしてすっと真剣な表情に変わると話し出した。

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