どうやら神様同士の関係もなかなか複雑なようです【1】
今日はいい天気だ。
カフェの外を箒ではきながら、晴れ渡る空を見上げ、体を伸ばす。
これだけ天気がいいとゆっくり散歩に行くのも気持ちいいだろうなと考えながら、少しぼーっとしていると、道の先にゆらゆらと蜃気楼がたちのぼる。
「ん?」
私は目を擦り、もう一度そちらに目を向ける。
今日は確かに快晴で暖かいがまだ蜃気楼がおこるような暑さではない。
じっと蜃気楼を見つめているとその中央に小さな光の珠が浮かぶと、みるみる光は大きくなり、ついには目を開けていられなくなる。
自分の手で光を遮り、うっすらと目を開けると光の中に影が見えた。
眩し過ぎて影の正体を捉えることはできない。
しばらくして光が徐々に収まるとやっとその姿を捉えることができた。
その光の中から出てきたのは六、七歳くらいの可愛らしい男の子だった。
明るい緑色の癖っ毛にくりっとした濃い緑色の瞳、とても整った可愛らしい容姿で真っ白な袴を纏っていて、なんだかとても神々しい感じがする。
その容姿だけでもすぐに人間とは違う何かという感じがするが、驚くべきは背中に背負っているものだった。
(こ、甲羅!?)
私はその背中に背負っている物に目が釘付けになる。
その間もその男の子はトコトコとこちらに歩いて来て、私を下から見上げると尋ねてきた。
「ここがカフェenishiで間違いないでしょうか?」
「あ……はい、そうです……」
容姿とはかけ離れた落ち着いた話し方に私はポカンなりながらも何とか返事をする。
「断ち切り屋をしているというこのカフェのオーナーはご在宅ですか?」
「あ、はい。おりますので、どうぞ中にお入りください」
その少年が敬語ということもあり、こちらも敬語で中に案内するとその少年は恭しく頭を下げ、カフェに入っていく。
会話の自然な流れで背中にある一番気になる物には触れられないまま中に案内することになった。
中に入ると早速、少年は店内にいる二人に話しかけた。
「もし、こちらのカフェのオーナーの大江様とはどなたでしょうか?」
真人さんと二郎くんもその姿にきょとんとし、その少年の姿からすぐに状況を察したようで、にこりと微笑み挨拶をする。
「私がこのカフェのオーナーの大江と申します。お姿から察するにどちらかの神の使いとお見受けいたしました。たいしたおもてなしはできませんが、どうぞ席におかけください」
真人さんも恭しく挨拶をするとカフェの椅子を勧め、二郎くんに目で合図する。二郎くんはそれに目で答えるとおそらく鞍馬さんに電話をかけに行く。
(なるほど! これが神使! だからなんだか神々しい感じがしたのか……あれ? 大福くんも神使って言ってなかったっけ?)
神使としての年数の差なのか大福くんとは全く受ける印象が違う。大福くんもそのうちこんな感じになるのだろうか? そもそも人型になれるのだろうか?
そんなどうでもいいこと考えつつやっぱり視線は背中の甲羅にいってしまう。
「ご丁寧にどうも。では失礼して……」
その少年は席に腰掛けると私の視線に気づいたのか自分のことについて話し出した。
「ご挨拶がまだでしたね。私は京都の西の酒造の神に仕える亀の神使です。この度は主からの依頼でこちらにお邪魔しました」
(なるほど! だから甲羅! 神使もいろんな生物がいるってことね)
やっと一番の疑問の答えを得られてスッキリする。そういえば猿や狐なんかも聞いたことがある。一人で納得していると真人さんはお茶の準備を終え、その少年の前にそっと差し出した。
「それでその依頼というのは?」
「実は今、主の社に別の神が来ているのですが……」
少年は真人さんに頭を下げるとお茶を手に取った。そして神妙な顔でそう切り出す。
神様同士の話し合いとなれば余程重要なことではないのだろうか? それもその最中にわざわざ自らの神使を使いに出すとは……
少年の神妙な顔といい、言い出しにくそうな間でとても重要な案件なのでは……と私も真人さんも固い表情になる。
「その……できる限り迅速に我が主の社に来てもらいとのことで……その依頼というのが……」
「依頼というのが……?」
固唾を呑んで次の言葉を待っていると、少年は言いづらそうに視線を泳がす。
「……主の社に来ている酔っぱらいの神を連れて帰って欲しいとのことで………」
「………は?」
「………え?」
私も真人さんもポカンとなって、じっとその神使の少年の顔を見つめる。ちょうど戻って来た二郎くんもその話が聞こえたのかきょとんとした表情で私と真人さんを見つめてくる。
しばらくの沈黙の後、真人さんはため息をつき、困ったというふうに頭に手を当てる。
「あの、申し訳ないのですが、私たちの仕事は断ち切り屋という悪縁などを断ち切るものでして、何でも屋というわけではないんです。ですので今回のお話は対応しかねるのですが」
「あ! それはもちろんわかっております!」
少年は慌てて手を振ると必死に言い募る。
「その神が酔っ払って我が主の社に来ているのは理由がありまして……それをどうにかしない限りずっと帰らないのではないかと主は頭を抱えております。その問題の解決に縁を見れるあなたの力をお借りしたいのです。とりあえず詳しくは主の社でお話しします」
なんとなく厄介ごとの気配がプンプンする。しかし、そう言われては真人さんは行くしかないだろう。
カランカラン
「待たせた! 二郎から緊急だって聞いたんだが……」
鞍馬さんは肩で息をし勢いよく中に入って来た。とても急いで来たことがわかるが、私たちの表情を見るや何か感じとったのか胡乱げな表情になる。
「急ぎじゃなかったのか?」
「まあ急いで来てくれとは言われていますが……」
真人さんが困ったように苦笑いを浮かべ状況を説明をすると鞍馬さんも頭を押さえため息をついた。
「……それでも神からの依頼ならとりあえず行かないわけにはいかねーしな」
「それじゃあ私たちは今から出ますね……何時に帰れるかわかりませんし、今日は昼過ぎに店終いをお願いしていいですか?」
真人さんが二郎くんと私に向かってそう言うと神使の少年が私の方を見て慌て出す。
「あ! お待ちください! すみませが、主からの命でそちらのかたにも一緒来ていただきたいのです!」
「え? 私ですか? でも私は少し視えるくらいで、お役に立てるような力はありませんよ?」
「それに彼女はカフェのバイトであって、断ち切り屋の仕事を手伝ってくれている訳ではないので」
真人さんも私のことを心配そうに見つめそう言ってくれたがそれでも少年は首を振る。
「これも主からの命ですから……」
「はー……そう言ってんだし、連れて行くしかないだろ。その命を断って後で根にもたれるのも問題だろ? あんたも今回は諦めて一緒に着いて来てくれ」
鞍馬さんの言葉に私は渋々という体で頷いた。
神様に直接呼ばれ会いに行くことになるとは人生とは何が起こるかわからない。失礼があってはいけないし緊張してしまう。もし怒らせるようなことがあっては祟られてしまうなんてことも考えられる……
私がそんなことを考えつつ俯いているとそっと頭に手が置かれた。
「優希さん、大丈夫ですか?」
私が顔を上げると真人さんが心配そうにこちらを見下ろしていた。
「すみません。大丈夫です! ちょっと緊張してしまって……」
「大丈夫ですよ。私たちも一緒にいますから。何かあればフォローします」
「まあ滅多なことしない限りは大丈夫だ。あちらさんが呼び出してんだからな」
「そうだよ! 優希さんは心配しなくて大丈夫だよ!」
「主は基本的には温厚なかたですから心配なさらずとも大丈夫ですよ」
私の顔色が悪かったのかみんなが励ましてくれる。そしていつもの真人さんの優しげな笑顔に勇気をもらう。
「皆さんありがとうございます」
「それではジロくん。申し訳ないですが、後をよろしくお願いします」
「うん! 任せて! 優希さん、頑張ってね!」
こうして私たちは二郎くんに見送られ神様のもとに向かうことになった。




