どうやら守ってくれているようです【8】
「それにしてもあんたも無茶するよな……」
真人さんが車を停めた駐車場まで歩きながら、鞍馬さんが呆れたというふうにこちらを見つめる。
「す、すみません……」
「そうだよ! もう僕すっごい心配したんだから!」
「普通、ああいう場合は二郎が追って、あんたが警察を連れて来るべきだろ? 俺と真人が駅付近にいたら、泣きそうな顔した二郎がこっちに走ってくるし、それを見た真人が真っ青な顔でこっちの話も聞かずに路地裏のほうに走って行くし……大変だったんだぞ」
「返す言葉もありません……」
鞍馬さんはため息をつく。そして痛々しげに私の頬を見つめる。
「まあ無事でよかったよ。まぁ俺がやらかしたのも原因の一つだから、あんたになんか言える立場じゃねーけど」
鞍馬さんは軽くポンポンと私の頭を撫でる。そしてチラッと真人さんに視線を向ける。
「本当に無事でよかった〜」
私の腕に涙目でしがみつく二郎くんをあやしていると、突然鞍馬さんが二郎くんを引き剥がし、襟を掴む。
「ちょっ! ちーくん首絞まる」
「大丈夫だよ。死にやしねーよ」
鞍馬さんは私に目で合図するように真人さんの方を指し示すと私と真人さんを残しどんどん先に進んでいった。
真人さんはずっと下を向いていて、あれから一言も話していない。
「真人さん。あの、助けてくれてありがとうございました。手、痛いですか?」
真人さんの手は男を思い切り殴ったため、赤くなり所々血が出ている。
私の声にビクッと肩を震わせるとそっと目線上げる。
私がそっと真人さんの手に触れると驚いたように目を見開き、すっと私から視線を逸らす。
「手は大丈夫です……それより優希さんを怖がらせてしまったのではないですか?……」
真人さんが怖いなんてことはない。あの時真人さんが来てくれてとても安心したのだから。
(あ……もしかしてあの時、私がビクッとしたからかな?)
真人さんを止めるため声をかけた時、あまりにいつもとは違う雰囲気と眼光の鋭さに、まるで別人のように感じ、私は一瞬体を震わせた。
しかしもう一度声をかけるといつもの真人さんに戻っていた。
「怖くなんてありません! 確かにいつもとは違う真人さんの様子にびっくりはしてしまいましたが……私はあの時、真人さんが来てくれてすごく安心しました。助けに来てくれたって……」
真人さんは私の言葉に顔を上げると、今にも崩れ落ちそうなほど不安げな表情で呟く。
「あの時、優希さんの姿を見てカッとなって、目の前が真っ赤になりました。今まであんなに怒りを覚えたことはなくて、自分でもあんなに怒りが抑えられないことに驚いたんです。気づいたら何度もあの男性を殴っていて……助けに行ったはずのあなたまで怖がらせてしまった。それにもし優希さんが止めてくれなかったら……」
真人さんは迷子の小さな子供のように不安そうな顔で俯いてしまう。
「怖いんです……優希さんに嫌われるのも、怒りで自分を制御できなくなることも……」
「大丈夫です! 私は真人さんを嫌いになることはありません! もしもまた真人さんが自分を抑えられなくなったら私が止めます!!」
私は真人さんの様子を見ていられなくて、咄嗟にそう口にしていた。そうは言ったがもし真人さんが正気を失っていれば私では止められないだろう。
しかしそう言わずにはいられなかった。
真人さんは驚いたようにこちらを見る。
「真人さんが助けに来てくれたから私もこれくらいの怪我で済んだし、先輩も無事だったんです。だからそんなに自分を責めないでください」
私の言葉に真人さんは私を見つめ、申し訳なさそうに微笑んだ。
「ありがとうございます……」
私もにっこり笑って返したが、すぐに笑顔を消し、私は頬を膨らました。
「でも真人さん、私は怒っています」
私の様子に真人さんは他に何かしてしまっただろうかと焦り出す。
「あの、えっと……それはもっと早く助けに行けなかったことにでしょうか?」
「違います!! 警察の人に真人さんと鞍馬さんが証拠渡してましたよね?」
そう、実は警察官が男を連行して行く時に、男が香先輩にストーカーしていたという証拠を二人が渡していたのだ。
どうやら真人さんは最初に先輩にあったときに怪しい男に気づき、鞍馬さんと二人で調査していたらしい。だからこそここは任せてほしいと言ったのだろう。
「どうして私や先輩にそのことを教えてくれなかったんですか? そうすればもっと対策できていたと思います。もしかしたら今回のことも……」
私は全く気づいていなかったのだからこんなことを言える立場ではないとは思う。しかし教えてもらえていればと思わずにはいられない。知っていれば何かもっと違ったかもしれないと……
「それは……すみません……でも出来るだけ心配をかけたくなかったんです。結果的にお二人を危険にさらしてしまいましたが……」
前を歩いていた鞍馬さんにも私の声が聞こえたのか、こちらをチラチラ見ると、バツが悪そうな顔でこちらに引き返してきた。
「そのことだが……俺にも非がある。真人はあんた達に心配かけたくなかったんだよ。だから証拠が集め終わったらあんた達に話して、それまでは俺らが守れば大丈夫っ思ってたんだ……」
「いえ。智風くんは最初から話すべきだと言ってました。ですが私の我儘でお二人に話さないでもらったんです。本当にすみませんでした」
これだけ二人から申し訳なさそうな顔で頭を下げられればこれ以上は何も言えなくなる。二人はこちらのことを考えて動いてくれていたうえ、守ってもらっていたのだから。
「次からは心配かけたくないからと秘密にするのは無しにしてくださいね。余計心配になります」
私はため息をついてそう言った。
そしてふと思い出した。
「そういえば鞍馬さん真人さんに電話してきましたよね? あれって証拠集まったって話だったんですか?」
「あー……それが俺にも非があるって言った理由だよ……あの男のことをつけてたら撒かれちまって」
なんでも鞍馬さんが後をつけていることに気づいた男が、通りすがり子供を車道に突き飛ばしたらしい。鞍馬さんはすぐに助けに行き、子供が怪我をすることは無かったそうだがその隙をついて逃げられてしまったのだそうだ。
「まさか子供を突き飛ばして逃げて行った挙句、その足であんたの友達を襲いに行くとは思ってなかった。怖い思いさせてすまなかったな」
いつもツンとしている鞍馬さんに素直に謝られると調子が狂ってしまう。
「いえ、そんな……お仕事でお願いしていたわけでもないのに、いろいろとありがとうございました。秘密にされたことには怒ってしまいましたが、真人さんにも鞍馬さんにも二郎くんに本当に感謝しているんです。ありがとうございました」
私がそう言って頭を下げると、みんなが優しげな笑みを返してくれた。
「やっぱり自分の業には抗えないのですかね……」
「はっ! そん時と今は違うだろ! で? だったらお前の願いも諦めるのかよ? 断ち切り屋の仕事も」
「いいえ。それだけはあり得ない。何があっても成し遂げますよ。そのための断ち切り屋なのですから……」
二郎くんと笑い合いながら先を歩いていた私は鞍馬さんと真人さんの会話は全く届かなかった。真人さんの瞳の奥にある後悔の滲む仄暗い光にも……
あれから数日後、やっと事件がひと段落し、先輩のほうでも物がなくなることが無くなったと改めてお礼の連絡がきた。
今回の件、先輩も気づいていなかったのに何故一度会っただけの真人さんがストーカーに気付けたのかと疑問に思い、後日聞いてみた。真人さんは仕事柄いろいろな調査などで人の気配や視線にとても敏感だそうだ。さらに大福くんの周囲を気にする行動も気になっていたらしい。
そして何故常に見られていた先輩が全く気づけなかったのかというと先輩は昔からその容姿から注目を集めることが多く視線などに鈍感だったことと、大福くんが上手く誘導したいたことが大きかったようだと自分ながらに考察した。
(先輩綺麗だから自覚が無くても勝手に視線を集めちゃうんだろうな……美人も大変だ……)
私たちを案内してくれたことといい、先輩を守ってきたことといい今回の事件の一番の功労者は大福くんだなぁとしみじみと思う。
そんなことを思いつつカフェの扉にチラッと視線を移した時、カフェの扉をすり抜けて今回の一番の功労者が入ってきた。
『ワン!』
「あれ? 大福くん!?」
私の声に真人さんと二郎くんと鞍馬さんが反応し、扉のほうを向く。私はカウンターを出ると大福くんの前にしゃがみ込んだ。
「こんにちは。今日はどうしたの?」
私は大福くんの言いたいことはわからないので、二郎くんが通訳をしようとこちらに来てくれる。
『今日はお礼を言いにきたんだぞ!』
「そっか。お礼をわざわざ……ありがとう!…………ん?」
大福くんの言葉に普通に返事をし、そこでふと気づく。
(あれ? 私大福くんの言葉がわかる?)
私は自分の耳がおかしくなったのかと頭をひねる。
「あー!!!」
私は背後から聞こえた鞍馬さんの大きな声に体をビクッとさせ振り返る。そしてみんなのほうを見ると、鞍馬さんと真人さん、二郎くんまでもがびっくりしたように目を見開いてこちらを見つめていた。
「こいつ! こいつ神使になってやがる!」
「……えーっとそれは?……」
「文字通り神様の使いですが、神使になるのはそう簡単なことではないはずなのですが……」
三人がそれほど驚くことであればそうなのだろう。私にはいまいちわからないが……
すると大福くんが誇らしげな顔で告げる。
『ふふん! そうなんだぞ! 僕北の神の神使になったんだ』
どうやら大福くんの話では今までも困った人や妖のために動いていたらしい。それを認められて神使になったらしいのだが、今回の件が決めてになったのだとか。
しかし何で今回の件に重きを置かれたかはわからないとのことだった。
「……北の神ということはあの神ですか……やっぱり関わらずにいるのは難しそうですね……」
真人さんがため息と共に呟いた言葉は小さくて私の耳では聞き取れなかった。
『まあ、そういうことだから、お礼と神使になった挨拶に来たんだ! 普段はご主人の近くにいるを許可されているから、もし何か僕の力が必要な時は今回の礼に力を貸すぞ! 今回は本当に助かったからな! 僕は探索が得意なんだ!……あっ! そろそろご主人のところに戻らないと! じゃあな!』
大福くんはそれだけ告げるとまた来た時と同じように扉を擦り抜けて元気に帰って行った。
私たちは嵐ような訪問に呆然としつつも今回の件が何事もなく終わってよかったと笑い合ったのだった。




