どうやら守ってくれているようです【2】
先輩の話によると無くなるものは毎回違うらしい。
ハンカチ、髪留め、ボールペン、定期入れ、鍵、ブレスレッド、ピアス等、無くなる物はバラバラだが、その時の状況には共通点がある。
それはだいたい先輩が一人のときに無くなり、何故か誰かと会ったりすると見つかることがほとんどのようだ。それも先輩がさんざん確認し、それまでなかったはずの見つけやすい場所にあり、それをその時会った人が見つけてくれるらしい。
そして「何故こんな見つけやすいところに置いてあるのに見つけられないのか」とみんな笑いながら言うそうだ。
先輩からすれば確認したはずのところに何故だか突然ものが現れるという感じだという。
しかし、中には結局見つからなかったボールペンやハンカチもあるそうだが……
私はもう一度先輩の足元にいる犬を見つめる。今は先輩の足元に丸まってくつろいでいる。
(うーん……たぶん犯人はこの子だと思うんだよね……さっきも咥えてた時は先輩に見えてなかったけど、私が手に持つとハンカチ見えたみたいだし……)
しかしまだ確証はない。今回のハンカチはたまたま先輩が落としたハンカチを拾って、私に渡しに来ただけかもしれない。
(うーん……この子悪意があるようには感じないし、嫌な感じもしない。見極める必要があるけど、どうしたら……)
「あっ! いけない! そろそろお買い物済ませて晩御飯の準備しないと彼が帰ってくるわ……」
私が悩んでいると、突然先輩が声をあげた。
「結構時間経ってたんですね……すみません!」
私は時計を確認し先輩に視線を戻す。
(あの犬のことは気になるけど、あまり引き止めちゃダメだよね……)
「ねえ、今日はあまりゆっくりできなかったし、今度家に遊びに来ない?」
それは私にとって願ってもないことだった。もちろん先輩とゆっくり話したいのもあるが、やっぱり犬のことが気になる。
「いいんですか!?」
「うん! ぜひ! 優希ちゃんの都合の良い日また教えてくれる?」
「はい! それじゃまた連絡しますね!」
私たちはカフェを出て市場のほうに向かって歩く。
その時、先輩の足元にいた犬が後ろを振り返った。私もつられて足を止め後ろを振り返る。
しかし、そこは人で賑わっているいつもの風景があるだけだった。しばらくじっと後ろを見つめた後、犬はまた先輩の足元に走って行く。
私はその行動に首を傾げながら、少し離れてしまった先輩との距離を縮めるため、小走りで追いかけた。
「どうかした?」
「いえ。なんでもないです」
「そう?……それじゃまた今度は家でゆっくり話しましょうね!」
「はい!」
私は先輩と別れると、もう一度あの犬の行動に首を傾げて自宅に向かって歩き出した。
「優希さん、次のシフトで用事がある日とかあります?」
「あっ! それならできれば再来週の土曜日にお休みいただきたいです」
「優希さんどこかに出かけるの?」
「うん! 実はこの前の休みに前の会社で良くしてもらった先輩に会って、今度先輩の家に遊びに行くことになったの。それでちょうど再来週の土曜日は先輩の旦那さんが外出するからのんびりできるよって声かけてもらったんだ!」
「そうなんだ! よかったね!」
二郎くんの言葉に笑顔で返事をすると、先日の犬のことをふと思い出す。
(多分ずっと先輩についてるみたいだけど、先輩大丈夫かな?)
「何か悩みごとでもあるのですか?」
「え?」
顔に出てしまっていたようで、真人さんが心配そうにこちらを見つめている。
しかし、あの犬のことはまだよくわからないし、真人さんに話して変に心配をかけてしまうのも申し訳がない。
「いえ! そんなことないですよ」
私が笑顔で返すと、真人さんは探るようにじっと私の顔を見つめ、微笑んだ。
「そうですか。ですがもし、何か悩みや心配事があれば何でも言ってくださいね。私で力になれることであれば協力しますから」
「ありがとうございます!」
やっぱり真人さんは優しい。だからこそ心配も迷惑もかけたくない。あの犬からは嫌な感じはしないし、自分でできる限り調べてみようと決意込めて頷いた。
「えーと……確かこのマンションだよね」
私は香先輩の住むマンションに来ていた。
落ち着いた雰囲気の住宅街の中にいかにも高級そうなマンションがある。
セキュリティもしっかりしているようでマンションの部屋に向かう前のエントランスの出入り口にもロックがかけられている。暗証番号を打ち込み部屋の鍵を差し込むことで扉が開くようになっているようだ。住人が中からロックを解除することもできるらしく、その場合は部屋番号を機器に打ち込み、呼び出すと住人が中から扉を開けてくれる仕組みになっているらしい。
「よし! 約束の時間ぴったり」
私は先輩の部屋番号をマンションの入り口の機器に打ち込むとインターフォンを押す。
「はーい。優希ちゃんいらっしゃい! 今ロック開けるから、エレベーターで上がって来て!」
「こんにちは! わかりました」
先輩に返事をするとすぐ入り口の扉が開いた。私は中に入り真っ直ぐ進もうとして、宅配業者の人と入り口付近でぶつかりそうになった。
「あ! すみません!」
「ちっ!」
(うわっ! 舌打ちされた……)
その宅配業者の男性は小さく舌打ちするとイライラした様子でマンションから出ていった。
(さすがに今のは向こうも悪いんだし、舌打ちはないんじゃない? しかもあっちは謝りもしないで出て行ったし……何か嫌なことがあったのかもだけど、何て態度の悪い……)
私は先程の人が出て行った扉をむっと睨みつけると、ため息をつき、先輩の部屋に向かうためエレベーターに向かった。
部屋に到着し、インターフォンを押すと先輩が出てきた。
「いらっしゃい! さあ、どうぞどうぞ! 中に入って!」
「お邪魔します!」
私は促されるまま部屋に入ると、早速先輩の足元にいる犬と目が合った。
『ワン!』
まるでその犬もいらっしゃいとでも言うように口に何かを咥えたまま器用に鳴き声あげる。
(……やっぱりこの子のイタズラなのかな? 今日は何咥えているんだろう?)
私は先輩が反対方向を向いた隙にしゃがみ込むと犬の前に手を出した。すると犬は先日と同じように私の手の上にそっと咥えていたものを乗っける。
(これって……ファンデーション? 何でこんなものを……)
私はファンデーションを受け取ると、先輩に声をかけた。
「あの……香先輩ファンデーションを無くされたりされてません?」
私がそう言うと先輩はハッとしたように振りかえった。
「え? 何で!?」
「あっ……えーとここにファンデーションが落ちてたので……」
私は咄嗟に床を指差し自分の手のひらにあるファンデーションを差し出すと先輩が不思議そうに眉を寄せる。
「ありがとう。それ私のファンデーションだわ。さっき無くして探してたの……とりあえず中に入って座って」
先輩はリビングに案内すると私に椅子を勧めてくれた。
「ありがとうございます」
私が席につき、しばらくすると先輩が紅茶とお菓子を持ってきてくれた。しかし先程から先輩の顔色はすぐれない。
「あの……先輩? 体調悪いですか?」
「違うの! 大丈夫よ! でもその……やっぱりこれだけ物が無くなったりするとちょっと気味悪くなっちゃって…最近無くなることがすごく増えてるの……さっきのファンデーションもついさっきまで使ってて、少し棚に置いた瞬間に無くなっちゃったの。おかしいでしょう? 家の中には私以外誰もいないはずなのに……こんなこと言われても優希ちゃんのほうが困るよね」
先輩は苦笑し、またすぐ暗い表情になる。
やっぱり次から次に物が消える現象が起これば、気味が悪いのは当然だ。先輩もだいぶ参っているように見える。
いっそのことはっきり犬のことを言った方がいいのかもしれない。
(でも信じてもらえるかな? 変な人とか思われないかな?)
そんな不安が頭をよぎるが、先輩の表情をもう一度見るとやっぱり黙っているより言ったほうがいいだろうと判断する。
何かわからないものより、昔の愛犬のほうがまだ受け入れやすいのではないだろうか?
私は意を決して先輩に切り出した。




