どうやらただのカフェではないようです【1】
「やっぱり実家は落ち着くな〜」
自室のベットに寝っ転がりながら一人呟く。
実家に帰ってきて今日で1週間が経つ。
あの日、連絡もなく突然帰ってきたので、両親はとても驚いていた。しかし、私の毎日の様子を知っていた両親からは「一度ゆっくり休んでから、また仕事を探せばいいんじゃない」と慰めてもらえた。
本当なら会社に行って辞表を出して、引き継ぎをしてから辞めるべきなのだろう。
しかし、おそらく行ったが最後、そのままいつものように働かされるだろうと予想でき、結局電話で無理矢理になってしまった。別に後悔はないが……
私はしばらく実家で過ごすことにした。
やはりだいぶ疲れていたのだ。最初の三日は起きてはご飯を食べ、また寝てを繰り返し、ほぼ寝て過ごした。
しかし、四日目ぐらいからは、ずっと家でゴロゴロしているとなかなか寝付けなくなった。
さすがに一週間も経つと、このままずっと家でゴロゴロ引きこもっているのも、どうかと感じてくる。
だから今日は、少し散歩にでも行こうと、一週間ぶりに化粧道具を手に取った。
久々に実家の近くを散歩する。
川を渡って住宅街を歩き、そういえばこんな店があったなと懐かしさを感じながらぶらぶら歩く。
しばらく歩くと、自分の記憶にはない路地を見つけて、何となく興味本位で奥に入ってみた。
狭くて暗い路地を抜けると、少し道幅が広くなり、遮られていた光が一気に差し込む少し広い場所に出た。
そしてその突き当たりに、一軒のカフェを見つた。
建物は昭和レトロ感があり、ゆっくり落ち着いた雰囲気だ。
少し興味がわき、店の前の看板を覗き込む。
店の外の看板には《カフェenishi》と書かれていた。
「せっかくだし、入ってみようかな?」
扉に手を伸ばし、ゆっくり引っ張るとギィっと小さな音がなり、少し重めの扉が開いた。
カランカランとベルの音がなり、店員さんが振り返る。
「いらっしゃいま……せ……」
私は心の中で悲鳴をあげる。声を出さなかったことを褒めてやりたい。
そのカフェにいた店員さんはそれはそれはかっこよかった。人並み外れたかっこよさだ。
(うわっっ! めっちゃイケメン!)
真っ黒な癖の無いサラサラの髪に優しげな少し垂れ目がちな目。身長は180cmほどあり高身長で足が長い。歳は三十前後だろうか。白いシャツから覗く首筋と肘までまくった袖から覗く引き締まった腕から大人の色気が漂っている。
(これはタイプのど真ん中だわ……)
ポーっとしながら少しの間、惚けて見つめる。
そして少し頭が回り出したころ、先ほどのことを思い出す。
(そういえば、さっきの「いらっしゃいませ」の間は何だったんだろう?)
少し驚いたような顔をしていた気もするが……
もしかするとあまりのかっこよさに凝視しすぎたせいかもしれない……変な人だと思われていないだろうか?
これはやばいと思い、何か言わなければと必死に頭を回転させるがパッと言葉が出ない。
「お一人でしょうか? カウンターとテーブルお好きなほうにお掛けください」
少し低めの柔らかい声で、にっこりと眩しい笑顔で話しかけられる。
(よかった! 別に変に思われてないみたい)
私は安堵しつつ店員さんの顔を見つめる。優しげな笑顔の中にも色気が見える。
(え、笑顔の破壊力が……!)
心の中で興奮しながら、私もなんとか笑みを浮かべ、平静を装いつつ答える。
「そ、それじゃあ、カウンターで……」
私は興奮した気持ちを落ち着かせよう何度か深呼吸し、席に座るとメニュー表を手に取り、さっと目を通す。
そしてちらっと店員さんを見ると目が合った。ドキっと心臓が跳ねるのを感じながら見つめていると、店員さんがニコッと笑い、メニュー表を指差した。
「今の時間だと、飲み物を頼んでもらえると、モーニングセットで食パンとスクランブルエッグお付けできますよ」
「そうなんですね。それじゃあホットコーヒーにモーニングセットつけてください!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
もう一度店員さんは柔らかく微笑むと、背を向けてカウンターの奥に行く。
(本当にカッコいい……目の保養ね! いいとこ見つけちゃった!)
テーブルに頬杖をつき、勝手にニヤけてしまう頬を両手で隠しながら、心の中でガッツポーズを作る。
店の中も昭和レトロ感があり、落ち着いた雰囲気で、茶色の濃い木目のテーブル席が三席と、カウンター六席ほどのこじんまりとした作りだ。
レトロ感はあるがどこも綺麗に吹き上げられ、清潔感がある。
テーブル席の横にある窓からは穏やかな陽射しが差し込んで心地が良い。
しばらく店内を観察していると、店員さんがモーニングセットを運んできてくれた。
「お待たせしました。モーニングセットです」
「ありがとうございます!」
コーヒーを口に含むと、芳ばしい香りが広がる。
酸味も程よく変な渋みも無く飲みやすい。思わずふーっと息がもれる。
カランカラン
その時、勢いよく扉が開き、人が駆け込んできた。
「真人さん、ごめんなさい! 遅くなりました!」
中に入るなり、大きな声で頭を下げて謝る。そしてそっと顔を上げて私と目が合うと、顔を赤くして、途端に焦りだす。
「す、すみません。失礼しました!」
私はキョトンとして、その子を見つめる。
(この子……すごくかわいい! 某有名アイドル事務所に所属しててもおかしくない可愛さだわ!)
よくよく顔を見ると、店に駆け込んできたのは高校生ぐらいの男の子で、ずいぶんと可愛らしい中性的な顔立ちをしている。
色素が薄い明るい茶色の癖っ毛に、それを抑えつけるようにバッテンになるようにヘアピンをつけている。目はくりっとした猫目で、身長は私より少し高いくらいで165cm前後だろうか?
「ジロくん、落ち着いて。一旦奥で着替えておいで」
店員さんは苦笑すると、男の子に声をかけた。
男の子は「すみません」ともう一度謝ると、とぼとぼ歩き、テーブルの奥のstaff only と書かれた扉に入っていった。
店員さんもやれやれという感じで男の子を見送ると、私のほうに視線を向け、困ったような笑みを浮かべる。
「騒がしくて、すみません」
申し訳無さそうに店員さんが頭を下げる。その申し訳なさそうな顔さえ色気が漂っている。
私はそのままボーッとなりそうになる頭を振ると、会話に意識を戻す。
「いえいえ。とても元気な子で可愛らしいですね」
ふっと笑いながら、思ったことを告げると、店員さんはこちらが気分を害していないことに安心した様子で頷いた。
「元気なことは良いことなのですが、少しそそっかしいところがあって……見ているこちらはハラハラしてしまいます……」
困ったように微笑む店員さんと顔を見合わせると、ふふっと笑いあった。
あれから四日間、私はこのカフェに通い続けていた。
多分暇人だな〜なんて思われているだろう……
しかし、居心地がよく毎日通っている。
最初に話した男性がオーナーの大江真人さんで、男の子のほうはバイトの仁和二郎くんだ。
「じゃあ優希さん五年勤めてた会社を辞めて、今は実家のある京都でお休み中なんですね?」
「そうそう。でも、そろそろハローワークでお仕事探し始めたほうがいいのかな?って考えているところなの」
二郎くんはとても人懐っこい子で、話しやすい。聞かれるとつい、いらないことまで話してしまうのだ。
「大変だったんですね……」
一緒に話を聞いていたオーナーの真人さんが心配そうにこちらを窺う。
「ですが悪い縁は切れてよかったですね。今はもうしっかり悪縁は断ち切れているようだし」
「そ…う、ですね…?」
なんだか不思議な言い回しだ。まるでその縁が目に見えているような……
「あっ! もうこんな時間そろそろ帰らないと」
ふと時間を見るとだいぶ長居してしまったようだ。
私が会計を済ませようと立ち上がると、オーナーがレジの前に移動する。
「幸神さん、実は明日から多分一週間ぐらいだと思うんですけど、カフェお休みするんですよ」
「そうなんですか? 残念です……それじゃあまた一週間後くらいに来ます! 事前に教えてもらってよかったです!」
「すみません。また一週間後お待ちしてますね!」
オーナーのカッコいい笑顔に赤面しそうになる顔を手で隠す。
(その笑顔はずるい……)
私は「はい…」と小さな声でちゃっかり返事をした。




