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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第二部 第一章
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約束の宴 05 —宴の始まり—






 ——翌日。『魔女の家』の裏手の山の中腹にある、せり出した崖付近。そこには結界魔法を唱えるライラと、それを見守る莉奈の姿があった。



「——『結界の魔法』」


 ライラが魔法を唱え終えると、彼女の身体が淡い光に包まれる。効果が現れた証だ。


 ライラは、昨晩の話に出た『結界を張り終わったらサランディアに向かう』という件を莉奈から聞き、「じゃあ、急いでやらなきゃだね」と、いつもよりも速いペースで結界を巡っていた。


 そのペースに何とかついていった莉奈は、今は地面に座り込み肩で息をしていた。


「……お疲れえ、ライラ。今日はこれで最後なんだよね」


「うん。魔力回復薬なくなっちゃったから、今日はおしまい。思ったより早く終わっちゃったね」


 ライラは空を見上げる。太陽はまだ、西に少し傾いたばかりだ。どのみち今日はエルフ達との酒盛りがあるので、ちょうどいいと言えばちょうどいいが。


「いやあ、すごいねライラ。私は疲れちゃったよ……」


「えー、私も疲れてるよ。でもさ、だったらリナ、空飛んじゃえばよかったのに」


 そう、莉奈はライラと一緒に歩いてきた。空を飛ぶのも疲れない訳ではないが、それでも山道をハイペースで登るのに比べれば遥かにましだ。


「だってライラが頑張ってるのに、何かズルしてるみたいじゃん?」


「もー、私は気にしないのに。一緒にお話ししてくれるだけですごい楽しいよ! あ、そうだリナ、ねえねえ、こっち来て!」


 ライラはてててと莉奈に近寄り、手を掴んで引き起こした。莉奈はライラに引かれるまま、柵の張られた崖の方へと歩いて行く。


「どうしたの、ライラ?」


「ほらほら、ここ。こっからお家見えるの。気をつけて……あ、リナならだいじょぶか」


 うながされるまま莉奈が柵越しに下を覗き込むと、この崖の迫り出した部分は丁度『魔女の家』の真上の様だった。屋根が見える。


「あ、ほんとだね。家があんなにちっちゃいや」


 莉奈は柵を飛び越え、ふわりと崖の淵に腰掛けた。風が気持ちいい。ライラも後ろに立ち、一緒に景色を眺める。


 莉奈は心地よい風に身を委ねながら、ライラに語りかけた。


「いい眺めだねえ」


「そだねえ」


 いつもの見慣れた家。そして、そこから広がる雄大な森。


 莉奈は空からの景色は見慣れている。だが、その空からの景色は誰とも共有出来ないものだ。


 不思議なもので、こうして誰かと一緒に見る景色はいつもよりも美しく感じる。二人は風を感じながら、無言でその景色をしばらく眺めた。



 莉奈はこの世界に来た時の事を思い出す。


 あれから四年。元の世界の事を思い出す事も少なくなってきた。ともすれば、元の世界での出来事は夢だったのではないかと、錯覚してしまう程だ。


 あの世界では莉奈は家族に恵まれなかった。


 だけど今の莉奈には後ろにいる少女や、誠司にヘザーもいる。レザリアを始めとする、仲の良い友人や知人も出来た。


 時々、怖くなる。これが夢なら覚めないで欲しい。今の生活を失いたくはない。誰一人として失いたくはない。


 そして『厄災』のせいで流れてしまったが、誠司との約束——誠司とライラを正常な状態に戻す方法を探す旅に、早く出かけたい。


 そして本当の意味で、皆で一緒に生活出来る日が来る事を莉奈は切に願うのだった。



 やがて疲れも癒えた莉奈は、宙に浮きライラの隣りに降り立つ。


「——さ、ライラ。そろそろ帰ろっか。夜の準備もしなくちゃだしね」


「うん! みんなとお食事するの、楽しみだなあ!」


 二人は並んで歩き出す。このペースだと、予定通り後二日で終わるだろう。二人は今日の夜宴に思いを馳せながら、足取りも軽く家路につくのであった。






 二人が家に着くと、ヘザーが樽を抱えて馬車に運び込んでいる姿と遭遇した。


 この馬車は、先月サランディアから帰る際に誠司が「これから出掛ける事も増えるだろう」と購入した物だ。なかなかしっかりとした造りの馬車で、長距離の移動も問題なさそうである。


 こちらに気付き頭を下げるヘザーに、莉奈は手を振った。


「ただいま、ヘザー!」


「お帰りなさい、二人とも。どうです、結界の方は順調に進んでいますか?」


「バッチリ、だよ!」


 ライラはヘザーに親指を立てる。


 と、その時、莉奈とライラの気配に気付いた二頭の馬が「ブルルル!」と鳴き声を上げた。その声を聞き、莉奈は馬房へと駆け寄る。


 そして馬房から顔を出す二頭の間に入り、首を撫でながら声を掛けた。


「クロカゲ! アオカゲ! いい子にしてた?」


「ブルルルル!」


 この馬達も、馬車と一緒に購入したものだ。


 彼等の馬房は今度ちゃんとした物を職人に依頼するという事なので、それまではエルフ達が簡易的に造ってくれた物を有難く使わせて貰っている。


 莉奈のイメージと違って、こちらの馬達はかなりガッシリしている。


 誠司が言うには、莉奈の持っているイメージは元の世界でいう所の競走馬だという事だ。


 こちらの世界では荷馬車等の運用が中心となる為、どうやら重馬の交配が盛んな様だ。サランディアからの帰り道、魔物を蹴散らして走って行く彼等の姿は実に壮観だった。


 クロカゲ、アオカゲという名は誠司が付けた。


 呼び慣れてきた頃にどういう理由か莉奈が尋ねてみた所、なんて事はない、黒鹿毛くろかげ青鹿毛あおかげと見たまんまの毛色を呼んでいただけだった。


 莉奈はそれはどうかと思ったが、馬達もその名前で機嫌良さそうに反応する様になってしまっていたので諦めた次第である。


 そこにライラが近寄って来て、二頭に向かって「やっ!」と手を上げる。


「クロカゲ、アオカゲ。今日よろしくね!」


「ブルルル!」


 アオカゲは目を細めてライラに鼻をすり寄せる。負けじとクロカゲも莉奈に頭をすり寄せてきた。ライラが叫ぶ。


「うひゃあ、くすぐったいよう!」


 この二頭は莉奈とライラによく懐いていた。特に莉奈に。


 二人とも馬車を操縦する練習を空いた時間にしているが、そのおかげで実にはかどって仕方がない。なんなら馬達に気を遣われているレベルだ。申し訳ない。




 そして大分陽も西に傾いた頃。荷を積み終わり支度も終えた三人は、月の集落へ向けて馬車を走らせる。レザリアは準備の為、先にあちらに行っているとの事だ。


 馬車を操るヘザーの後ろ姿を眺めながら、莉奈はライラに話しかける。


「さあ、今日は食べるよ、ライラ!」


「うん、いっぱい食べよ、リナ!」


 ——徒歩十五分程の距離も、馬車だとあっという間だ。やがて集落に着き馬車が止まるや否や、二人はお腹を鳴らしながら荷台から飛び出して行ったのであった。







「——すごい! おいしい! すごい!」


 語彙力の低下したライラが料理を褒め称える。


 莉奈達の到着時には、中央のスペースにすでに食事が並べられていた。地面には布が敷き詰められており、どこにでも座れる。


 それにこの場所には結界魔法の初歩の初歩、『虫除けの魔法』が張られているので野外でも安心だ。


 この夜宴の話が出た時、当初ライラは「うん、じゃあその日はすぐ寝るね」と初っ端から誠司を参加させるつもりでいた。


 だがライラが参加しない事は、周りは誰一人として望んでいなかった。周りの説得にも気を遣ってなかなか首を縦に振らないライラだったが、レザリアの「美味しい料理が待ってますよ」の一言でついに陥落した形だ。


 そして今、ライラの幸せそうな顔を見てエルフ達も「よかったよかった」とほっこりしている。


「おいしいでしょ、ライラお姉ちゃん! いっぱい食べてね!」


「えへへ……お姉ちゃんかあ……えへへ。うん、いっぱい食べるよ!」


 満更でもない様子で子供エルフ達の相手をしながら、出される食事を平らげていくライラ。莉奈とヘザーは他のエルフ達と談笑しながらそれを見守るのであった。





 ——そして小一時間程経過した時、子供エルフ達の「えー」という声が上がる。


 ライラは人差し指を立てて、なだめすかしている様だ。そしてお互いに手を振り、莉奈達のもとへやって来る。


「ありがと、とってもおいしかった! 私、やっぱり来てよかった!」


 そう笑顔で礼を言うライラに、エルフ達は複雑そうな表情を覗かせる。事情を知っているので仕方がないとはいえ、彼等から次々と惜しむ声が寄せられた。


 だが、そんなエルフ達にライラは「いいの、いいの!」と両手をぶんぶんと振った。


「それじゃ、私そろそろ寝るね。みんな、お父さんを楽しませてあげてね! おやすみ!」


 ——そう言い残して、少女は『子守唄の魔法』を詠唱する。


 一瞬の光に包まれた後、そこには入れ替わりで誠司の姿が現れたのであった。





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