エピローグ そして迎える白い世界⑤(完)
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リナは飛ぶ、ライラは飛ぶ、オッカトル国、ケルワンの空を。
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——スパーン!
マッケマッケのハリセンの音が、痛快に響き渡る。
「……いたた。マッケマッケ? なんで私、いきなり殴られるわけ?」
「……セレス様ぁ? あーし達の国は落ち着いたとはいえ、まだまだ対外的な処理は山ほど残っているんですよ? それがなんですか、その格好。浮かれに浮かれた仲良しこよしお手て繋いでチーパッパみたいな服着てどこへ行こうっていうんですか!?」
「マッケマッケ? いえ、この悩殺ファッションでセイジを落としに行こうと思うのだけれど」
春色全開、ワッペンの貼ってあるスモックに生足、ボストンバッグを背中に背負い、水筒を肩にかけているセレスは小首を傾げる。誠司の価値観で言うならば、園児のコスプレだ。
——スパパパパーン!
思う存分セレスをしばき倒したマッケマッケは、フーッフーッと肩で息をしていた。
「……まったく、あーしはこんな人のために……お預けです、お預け! さあ、各国の復興へ向けて、派遣の打ち合わせをしますよ! 春を謳歌するのはその後にして下さいっ!」
「……マッケマッケぇ……そんな、ご無体なぁーー……」
水筒を掴まれ、ズルズルと引きずられていくセレス。だが、それを引っ張るマッケマッケの顔には——笑顔が浮かんでいた。
(……でも、そんな自分に素直で真っ直ぐなセレス様だからこそ、あーしはあなたについていくんですよ)
「そうだわ、マッケマッケ。夏の水着はどんなのがいいかしら?」
「…………こんのぉ…………浮かれポンチがあっっ!!」
ハリセンの音がケルワンの街にこだまする。
その音を聴きながら、酒場でジュリアマリアは管を巻いていた。
「……うー、クソ狼、おかわり持ってこーい……」
「……さすがに飲み過ぎだぞ、ジュリ。オレ達の仕事は終わったとはいえ、昨夜からずっと飲みっぱなしなんだぞ?」
「……いま……何時っすか……」
「……正午を回っている……」
そう。ここケルワンが、とりあえずの落ち着きを見せた今、ジュリアマリアは特訓をしているのだ。
飲み比べでは百年間負け無しのジュリアマリアに土をつけた、新女王、マルテディを打ち倒すために——。
なんだかんだで付き合いのいいボッズは、彼女にずっと付き添っているというわけだ。眠い。
「……あー、もうギブっす。うー、こんなんじゃ勝てないっすよ……」
「勝とうとするな。奴こそ真の底なしだ。しかし……フッ、上には上がいるもんだな……」
「笑うな、クソ狼……しかし、アレっすね。こうしていられるのも……」
「ああ。グリムもそうだが、英雄『白い燕』、そして、命を厭わず抗い戦い続けた皆のおかげだ」
腕を組み感慨深く語るボッズを、ジュリアマリアが座った目で見据える。
「……ボッズさん。もうあんな無茶しちゃ、ダメっすよ?」
「そうだな。肝に銘じよう」
「……フン。どうせまた、無茶するクセに……さあ、この後は……久しぶりの……洞窟探索……に……」
そう言って突っ伏したジュリアマリアから、幸せそうな寝息が聴こえてきた。
彼女を肩に担いだボッズは、宿屋を目指し幸せな街並みを歩き始めるのだった。
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リナは飛ぶ、ライラは飛ぶ、万年氷穴の空を。
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「女王竜様、宴の準備、できたよー!」
ピョンと抱きつくペチカを眺めながら、女王竜は満足そうに頷いた。
「うむ、うむ! 待っておったぞ! して、長老よ。復興の方は無事終わったのか?」
「ええ、ええ、女王竜様。入り口の崩落も大したことなく、今ではすっかり元通りですじゃ。ささ、街の方へとお越しくださいませ。サンカ様もルー様も、ご一緒に」
「ふふ。どうしてもって言うのなら、行ってあげないこともないけど?」
「…………サンカ、よだれ出てる…………」
女王竜、サンカ、ルーは人の子の姿になりイベルノの街へと向かう。
先導する長老は歩む速度を落として、女王竜に並び彼女に尋ねた。
「して、女王竜様。いかがでしたかのう、巣替えの方は」
「……ククッ。喜べ、長老。妾が見聞に行った南の地、悪い気が満ちておったが——」
後ろをついてくるサンカとルーは、顔を合わせて微笑み合う。サンカに背負われているペチカは、キョトンとした顔をしながら耳を傾けていた。
「——『女神像』が消えたのと同時に、あそこの悪い気は消え去ってのう。あそこには今、人の子もいない。ハウメアと申し合わせて、三百年後の巣替えはあの地にすることと決めた」
「……おお、それはそれは……。ここからもそんなに遠くありませんし、地下資源もあると伺っております。我ら氷人族、お供してもよろしいでしょうか」
「わあ、女王竜様、お引越し先見つかったんだ! ペチカ、楽しみ!」
無邪気に声を上げたペチカの方を振り返って、女王竜はニヤリと笑った。
「カカッ、その頃にはペチカ、お前もすっかり大人になっておるはずだ。しっかりと働いてもらうぞ」
「うん、もちろん!」
「……女王竜様、ありがとうございますじゃ……」
長老は立ち止まって女王竜に向き直り、深々と頭を下げた。その彼の背中を軽く叩き、女王竜は歩き出す。
「よい。今は宴じゃ。妾が一族の……お主たち一族の、更なる繁栄を願って」
「……はい!」
薄く輝く青の道を、女王竜たちは歩く。
万年氷穴は静かに輝き、ここに住む彼女たち一族を見守るのだった。
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リナは飛ぶ、ライラは飛ぶ、ブリクセンの空を。
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「ハウメア、少しは動いてよ!」
「……いやー、すまないね。この暑さの中、メルちゃんが造ってくれた氷の城が心地よくてねー。動きたくなーい」
「もう、私たちは寒いんだけど!?」
「そうだよ! それにこれ、いずれ溶けちゃうんだから早く動きなよ!」
メルコレディの作ってくれた仮住まい、小さな氷の城で、ハウメアはグダグダしていた。
テコでも動こうとしないハウメアを見て、ヒイアカとナマカは深い息を吐く。
「……もう。じゃあ現状報告するからそのまま聞いて。城の再建は、補修じゃすまないレベルだから五年くらいは掛かりそう。避難していた住民は、徐々に戻ってきている。家を失った人たちは、マルテディの作った石の仮設住宅に住んでもらう予定。次にインフラだけど——」
「あー、あー、いいからそういうの。あなた達の思った通りにやってくれれば、それで問題ないから」
「……ねえ、ハウメア。やっぱり私たちに国を押し付けようとしてない……?」
呆れた顔をする姉妹を眺めながらハウメアは微笑み、心の中で語りかけた。
(……これからはあなた達の世代だ。ヒイアカ、ナマカ、しっかりやるんだよ……)
優しい視線を送ってくるハウメアを見て険しい表情を浮かべる姉妹は、もってきた書類をハウメアの前にドンと置いた。
「じゃあ、これ。暇なんでしょ? 目を通しておいて」
「ん? なにこれ?」
キョトンとするハウメアを見て、ナマカが悪戯っぽく笑った。
「ハウメアのお見合い相手の候補者資料。そろそろ身を固めなよ。時間は持て余してるんだよね? じゃあ、明日までに決めといてね!」
「ま、待って。わたしは結婚する気なんてこれっぽっちも——」
「おやあ?」
二人の姉妹が、ハウメアに詰め寄る。
「さっき、私たちの思い通りにやれって言ったよね?」
「そうだよね。まずは跡継ぎを作ってもらう。話はそれからだよ?」
にじり寄る二人。ハウメアは背後へとずり下がっていくが——やがて観念し、大声を上げた。
「わかった、働くよ、働くからあ! この話は、ナシ! それでいいだろ、二人とも!」
二人の姉妹は顔を合わせて笑い合う。ハウメアの統治は、まだまだ続きそうだ——。
「えいっ!」
マルテディが手を向けると、魔物の群れは粒子に削られ消えていった。メルコレディが駆け寄って、ギルドカードをパタパタする。
二人の戦いを背後から見守っていたルネディは、日傘を差しながら前に出た。
「すごいわね、二人とも。このブリクセン周辺の魔物も、だいぶ数を減らしたみたいね」
「うん! ほら、ルネディも、パタパタしちゃって!」
メルコレディに言われ、ルネディも苦笑いしながらギルドカードをパタパタする。
その光景を見るマルテディは、あの日の言葉を思い返していた。
——『あ、わたし閃いちゃった! 3号と7号とわたしで、いつか一緒に冒険するの! それなら7号も怖くないよね?』
あの時は——いや、『厄災』化してしまった以上、叶わぬ夢だと思っていたけど——今、こうして、あの時の約束通りに、三人で冒険者をやっている。
「……あら、どうしたの、マルティ。もしかして……怖かったとか……?」
ルネディは心配そうな視線でマルテディを見る。マルテディは目を拭って、幸せそうな笑顔をルネディに返した。
「ううん、全然! だって、ルネディもメルも一緒だもの!」
「わたしもルネディとマルティがいるから怖くないよ! ささ、マルティもギルドカードパタパタしちゃって!」
「うん!」
この三人の冒険者がいれば、魔物という脅威は脅威ではなくなるだろう。
長きに渡り活躍することになる、後に伝説となる三人の女性冒険者たちは、晴れやかな笑顔と共に新たなる一歩を踏み出すのだった。
——冒険者ギルド、ブリクセン支部。
「ちょ、ちょっと、なんであなたがここにいるんですか!?」
「言ったでしょ?『次は負けないから』って」
困惑するクラリスの前には、すまし顔で椅子に座っているフィア。
その隣には——困った顔で腕を組まれているクレーメンスの姿があった。
「こ、こ、この泥棒竜! 私が留守にしている間に……」
「聞いたよ、クラリス。別にあなた達、付き合っているワケじゃないんだってね?」
「だ、誰がこの人なんかと! あなたもあなたです、クレーメンス。いつも無表情なのに、幸せそうな顔をしやがって……!」
「……教えてくれ、クラリス。世間一般では、これを幸せそうな表情と呼ぶのか……?」
困惑顔をさらにしかめるクレーメンス。ともすれば、今にも泣き出しそうな表情だ。
ブツブツ文句を言っていたクラリスだったが、やがて軽く息を吐き、フィアを見つめた。
「……まあ、あの時はあなたに助けてもらいました。今日のところは良しとしましょう。それに今日は、別にこの人に会うために来たのではないのですから」
「ということは、クラリス。あれか」
「そうです、あれが完成しました!」
「……えっ、えっ、あれって何よ、二人とも?」
なんだか通じ合っているっぽい二人を見て、フィアのクレーメンスを握る腕に力がこもる。
その様子をドヤ顔で見下ろしたクラリスは、くるりと振り返り、ギルド中に凛とした声を響き渡らせた。
「さあさあ、お立ち合い。冒険に行く者には勇気を、帰ってきた者には安らぎを。酒の肴に、土産話に一編、皆様に新たなる伝説をお届けいたしましょう!」
その声を聴いた冒険者たちは、周りの者たちと会話をしながら寄ってくる。
「お、なんか始まるみたいだせ」
「新曲かしらね。もしかしたら……あの歌の最終章かも!」
人々は輪となり、クラリスを囲み始めた。
それを遠目に見る、ブリクセン支部長のオットリーノは困った顔を浮かべた。
「……また何かやり始める気かね……あの時のサイン会みたいに……」
脂汗を流しながら心配した顔を浮かべるオットリーノに、受付嬢アリーチェはにこやかに振り返った。
「まあまあ、ギルド長。いいじゃないですか。あの人たちはこの世界を救ってくれたんだし、今日くらいは見逃してあげましょうよ。さあ、私たちも聴きましょう!」
クラリスの咳払いと共に、場は静まり返った。
皆の視線が集まる中、クラリスは口上を述べ始めた。
「さあ、皆様、お待たせいたしました。これは白き光に導かれ、破滅の運命に立ち向かった英雄たちの物語——」
耳を傾ける者たちの、期待が高まる。クラリスは観客を見渡しながらすうと息を吸い、口を開いた。
「——『白い燕の叙事詩』、第十番、最終楽章、『白き光と英雄達の讃歌』。あなたは今……歴史の継承者になります!」
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私は、飛ぶ。私たちは、飛ぶ。
このどこまでも続く、果てなき大空を——。
私たちに併走するように飛ぶ鳥の群れを眺めながら、ライラは大声を出した。
「リナー! みんな元気そうだったねー!」
「そうだねー。一時はどうなるかと思ったけど……ま、みんなが幸せそうで本当によかった!」
トロア地方のみんなは、輝いていた。起こってしまった『大厄災』は大きな爪痕を残していたけど、それでもみんなは前を向いてしっかりと歩いていた。
さあ、ここからが私たちの旅の始まりだ。ライラがうずうずした様子で私に話しかける。
「それで、リナ。次はどこ行く!?」
「そうだねー。まずはエリスさんの魔術学院の様子を見てー……そんで少し遠いけど、会いに行ってみよっか、『ちえり』さんに!」
「さんせーい!!」
見下ろせば、雄大な自然が広がる大地。私たちが守れたもの。
その時、一緒に見下ろしていたライラが声を上げた。
「あ、リナ! あれ見て!」
「……あっ!」
ライラの指差す方を見ると、そこには草原を気持ち良さそうに走る二頭の馬。
そしてその背中には——レザリアとグリムの姿が見えた。
私は悪戯っぽい笑みを浮かべて、ライラの手を取った。
「ライラ、逃げるよっ!」
「えっ、ちょっと待ってよ、リナぁ!」
私は、飛ぶ。私たちは、飛ぶ。どこまでも広がる、この『白い世界』を。
白いマントが風にたなびく。降り注ぐ春の日差しが私たちを祝福する。
私はライラを握る手に、ほんの少し力を込めた。
こうして私たちが手を繋いでいる限り、ライラと私の物語はずっと続いていくのだろう。
そう、いつまでも、ずっと、ずっと……————。
[ライラと『私』の物語 完]
長きにわたりお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
これにて本作、「ライラと『私』の物語」は完結となります。
活動報告の方に「あとがき的な何か」を掲載いたしますので、お時間のある方は是非お立ち寄りくださいませ。
後日談もいずれ書こうと考えております。その際は、またこちらに投稿させていただきます。
改めまして、完結まで見届けていただきありがとうございました!




