エピローグ そして迎える白い世界③
——四月。
鳥のさえずり、彩る花々が、本格的な春の訪れを告げる。
リナがこの世界に来てから、五年が経った。
特にこの一年は、激動とも呼べる特別な一年間だった。
レザリアの来訪から始まった人身売買事件を皮切りに、『厄災』の出現、トロア地方各地を巡る旅——
——そして、千年の因果の終わり。
魔女の家の庭に立ち、思い出に浸っていたリナは、伏せていた目を開いた。
「じゃ、誠司さん。そろそろ行くね」
「行ってくるね、お父さん!」
「……いや、ああ、まあ、二人とも気をつけるんだぞ。莉奈、ライラをよろしくな」
「わかってますって。まあ、ただの旅行だし、定期的に連絡するから心配しないで」
なんだか落ち着かない様子の誠司に、リナは笑いかける。誠司の隣に立つエリスは、紙切れをリナに渡した。
「はい、これ欲しいお土産リスト。あと、私のいた魔術学院の様子もついでに見てきてね。ライラ、場所は覚えたよね?」
「うん、バッチリ、だよ!」
ライラはエリスに自分のメモ帳を取り出して見せた。それを見たエリスは満足そうに頷く。
「あまり無茶はしないようにね。あと必ず、一年以内には帰ってくること。いい?」
「おーけー、エリスさん。私たちがいない間、誠司さんとのんびり過ごしてね!」
「……ンッ! 余計な気遣いだ、莉奈。行くならさっさと行け!」
リナとライラは顔を見合わせて微笑みあった。言の葉を紡ぎ終えたライラは、リナの手を握った。
「じゃあ、行こっか、リナ。お父さん、お母さん、行ってくるねー!」
「行ってきまーす!」
手を振りながら、二人の娘は空へと飛んでいく。
——世界を見て回る、二人の旅路。
その背中を見えなくなるまで見送った誠司は、口端を上げて息をついた。
「……大丈夫かな、二人だけで」
「ふふ。セイジだって若い頃は、一人で冒険者やってたんでしょ?」
「まあ、な」
目を細めて娘たちの旅立ちを見送る二人。その背後では、カルデネに羽交い締めにされたレザリアがズリズリと前に歩みを進めていた。
「……リナ、リナぁ! 頭を撫でてくれるって、約束してくれたじゃないですかぁ! 私を置いていかないでくださぁい!」
「レ、レザリア、落ち着こ、ね?……ふぎゅ」
ついに抑えきれず、レザリアはカルデネを振り解いて駆け出していった。べちゃりと地面に突っ伏すカルデネ。
ものすごい勢いで駆け出していくレザリアを見送った誠司は、呆気にとられつぶやいた。
「……大丈夫かね、レザリア君は……」
「ふむ。心配なら私が行こうか? ついでに莉奈とライラの旅路も陰ながら見守ってやるが」
「はは、お願いできるかね、グリム君。見知らぬ土地には危険が潜んでいる。だが、君がついてくれるなら、安心だ」
「ああ、任されたよ。では、足を借りるね」
誠司はグリムに、頷いた。グリムは馬房の方を向き、声を上げた。
「クロカゲ、アオカゲ、出番だ! レザリアを捕獲し、莉奈たちの後を追う。長旅になるぞ!」
「「ヒヒーン!!」」
二頭の馬が猛然と馬房から駆け出してきた。グリムはヒラリと馬に飛び乗り、誠司たちに手を振る。
「ついでに墓代も稼いでくるから、期待して待っていてくれ!」
「ああー、色を付けてなー! 頼んだぞー!」
大声で返事をする誠司。遠ざかっていく彼女を見送ったエリスは、誠司の顔を見て悪戯っぽく笑った。
「ふふ、本当に心配性なんだから」
「……私にとってはいつまでも子供だ。親とは、そういうもんだろう?」
「確かにねえ」
誠司はエリスの肩を抱き、引き寄せた。身を預けるエリス。その足元で、カルデネがヨロヨロと起き上がった。
「……それじゃあ私は、研究に戻るね……」
「研究? カルデネ君、何の研究だい?」
不思議そうに尋ねる誠司の問いに、土ほこりを払いながらカルデネは苦笑いをした。
「『胸を大きくする魔法』の研究。多分、私の今までの研究の中で最も難しい研究になると思う。セイジ様、エリス様、それまでの間、家にいてもいい……?」
「はは、当たり前だ。なんなら一生掛けてもいいぞ?」
「もっちろん! ずっといてね!」
三人の微笑ましい声が、魔女の家の庭に優しく響き渡る。
その光景を森の木の上から眺める人物は、一人つぶやいた。
「……そうだ、誠司。僕が見たかったのは、その光景さ。いろいろあったが、ようやくこれで君の物語は真のハッピーエンドを迎えられたという訳だ」
穏やかな視線を送るヘザー人形は、満足そうに頷いた。
「この身体……ヘザー人形のスペアボディも回収させてもらうよ。しばらく使っていたせいか、やはりこの人形が一番しっくりくる」
そう。あれは『最後の厄災』が出現する前、誠司はこの人形を分解しようとしていたが——それどころではなくなり、この人形は放置されていた。
それをこっそり動かして回収した彗丈は、魔女の家に背を向けた。
「じゃあな、誠司、そして誠司の家族たち。お幸せに。邪魔者は、エンドロールと共に、退場するよ」
そう言い残し、この家族の脚本家であり観覧者でもあった彗丈は、満足そうに舞台を後にするのだった。




