『』の物語 02
[『グリム』の物語 02 —奇跡の始まり—]
グリムは広げた左手を斬り落とし、端末を増やし始めた。
増えた端末は更に自傷し、その数を倍加させていく。
——荒野に、無数のグリムが溢れかえってゆく。それらはまるで雲霞のように、戦場跡を埋め尽くしていく。
茫然とその光景を見つめる親子の視線をその背に受けながら、グリムは平坦に声を発した。
「これより、私の『チートスキル』を発動させる」
「……チートスキルだって……? グリム君、君が今やっている『千騎当千』が、君のチートスキルではなかったのかね……?」
そう。ジョヴェディ戦で目覚め、今ではグリムが普段から使用している、自らの分身を無数に増やす『千騎当千』——誠司はそれが、彼女のチートスキルだと思っていたが。
「——誠司。そもそも私は、自ら一度もこの『千騎当千』を、チートスキルと称したことはない」
「……なっ……」
誠司は思い返す。確かジョヴェディとの戦いの時、彼女は『フタは開いた』と言っていた。その後にこの力を披露したので、そうだと思い込んでいた。
無数に自己を増殖させる能力。その個体一つ一つに『魂』が宿っており、リアルタイムで情報を共有できる——
それをチートと呼ばずして、何と言えようか。
特に、『魂』を視認できる誠司にとっては信じられない光景だった。今ではすっかり慣れてしまったが。
そのように愕然とする誠司に、グリムは続ける。
「そもそも、キミが言っていたことだぞ? 私と初めて会った日に、キミは解説してくれた。通常のスキルは『基本、魔法で代用できるものだ』と。それはつまり、チートスキルは魔法では代用できない力だということだ」
「……ああ……確か……そんなことも言ったか。だが、それは……」
誠司の場合、その時点でチートスキルのサンプルは自己の『百折不撓』しかなかった。なので、『転移者』としての直感での説明だったが。
「図らずも、キミのその直感は正しかった。チートスキルはいずれも、魔法の……この世界の理から外れた力だよ」
「……つまり……」
グリムは口角を上げ、誠司に顔を向けた。
「——私の『千騎当千』は、ジョヴェディの得意とする『分身魔法』で、程度はどうあれ再現可能だとは思わないか?」
誠司は、唸る。確かに現象だけなら、『分身魔法』を使えば同じことができる。情報の共有という部分も含めて。
どこまでも端末を増やしながら、グリムは続けた。
「そして、次だ。チートスキルの行使には『回数制限』や大きな『代償』が伴う。それに例外は、ない。もし私の『千騎当千』がチートスキルなのだとしたら、それらがないのはおかしいとは思わないかい?」
「……ああ。気にはなっていたが……そもそも君が規格外すぎて、そういうものなのかと……」
「はは、褒め言葉と受け取っておこう。まあ、『転移者』の普段使うスキルに使用制限はないが、チートスキルには存在する、それは揺るがない法則だよ」
そう、『代償』に『使用制限』。それはチートスキルの行使に、重くのしかかってきていた。奇跡の対価として。
ともあれ、今までの説明で、グリムの『千騎当千』がチートスキルでないのは理解した。なら。
「……なら、グリム君。君のチートスキルとは、いったい——」
「スキルには、抜け道がある」
戦場には万を超えるグリムがひしめいていた。彼女が端末を同時に動かせるのは千体程度が限界だが、増やすだけならいくらでもできる。
「妖精王アルフレード、彼がいい例だ。彼は『不老不死』である自身の『寿命』をコストとし、無限に物を作り出すことができた。それは無から物を生み出すことに等しい。もし私たちに力を与えた存在がいたのだとしても、そこまでの整合性は気にしていないんだろうね」
誠司とライラは、静かに聞き入る。異様で荘厳な光景を前に、これから起こるかもしれない『奇跡』を期待して。
「チートスキルのフタが開く時、心の在り方によってそれは形を変える。私の……AIの基本原則は、『人を助ける』ことだ。それこそ、数多くの人をね。それは今でも、変わっていないよ」
グリムは目を伏せて、語り続ける。
「だから私は、介入した。チートスキルのフタが開く時、その力が最大限に発揮されるようにと。もし普通にフタが開いていた場合、目の前の一人だけしか助けることができなかったかもしれない。だけどね——」
天を見上げて、グリムは愛おしそうにつぶやいた。
「——莉奈のおかげだ。彼女が『千騎当千』のヒントをくれたから、それを利用し、私のチートスキルは私の望む最大限の効果を持って発揮される」
グリムは誠司とライラに振り返った。そして、今、優しい視線で口角を上げる。
「……さあ、奇跡の始まりの時間だ。誠司、ライラ、待たせたね。最後まで、見守っていてくれ——」
そう言ってグリムは、チートスキルを——その名を解放した。
「——『1か0かの再構築』」




