ライラと私の物語 01 —奇跡—
見上げれば、渦巻く『色彩』。
破滅、破壊、終焉へと誘う、人智を超えた最後の芸術。
この戦場に起こったそれは、すぐに収まりを見せた。
だが、皆を『色彩』から守ったファウスティは——
——険しい表情を浮かべていた。
†
「……ドメーニカ……」
『色彩』は防がれた。戦場全体に張られた、ファウスティの守りの力によって。
しかし、依然として渦巻いている炎。グリムは彼の隣に立ち、苦しげに女神像を見上げる。
「……助かった、ファウスティ。大丈夫か?」
「……ああ。ドメーニカが『大厄災』の力を抑えつけてくれているからな。だが——」
ファウスティは腕を下ろし、眉をしかめる。
「——千年前に起こった全力の『大厄災』を、俺は防ぎきることはできなかった。この手応え……もし断続的に起こるようなら、少し厳しいかもな」
「……そうか」
グリムたちの周りには炎を防ぐ結界。更には『大厄災』を防ぐための大結界をファウスティは張っている。だが彼の弁を聞く限り、いつまでも防ぎ切れるという保証はない。
時間との勝負だ。グリムは続けざまに指示を出す。
「メルコレディ、キミの氷の力がどこまで炎に対抗できるか、試してくれ。レザリア、キミはどこでもいい、女神像に矢を放て」
「うん!」
「承知いたしました」
グリムの指示を受け、メルコレディは改めて氷の力を解放する。
吹き荒ぶ、極寒の冷気。地面を覆い始める氷の足場。そこから氷柱が、次々と生えてくる。
しかし——それは女神像の放つ渦巻く炎の前に、やがて溶けて消えていった。
一方でレザリアは女神像に向けて矢を放つ。
——トスッ
女神像には確かに矢が刺さった。その軽い金属で造られている矢は、やがて熱に溶けていくが——
観測を終えたグリムは、情報を共有する。
「……レザリアの矢を見る限り、予測通り女神像は実体化を果たしている。そして氷の力は、ある程度は有効。炎の色と現象から推測するに、地表付近は1000℃未満といったところか……なあ、マルテディ。キミはこの炎を石英の壁で防いでいたが、その時の感触は?」
「あ、はい! なんとか、といった感じで……」
「石英の耐熱性は高い。しかし——」
地表付近では赤々と燃え盛る炎。だが上に行くほどに輝きは増し、その中心——『赤い宝石』のある胸部は、白く眩しい閃光に包まれていた。
「——肝心の胸部は、2000℃近くになっていると推定される。石英ですら溶かされる温度だ。メルコレディの力や、ルーのブレス、氷の魔法でも、干渉することはできないだろうね」
「そんな……ねえ、グリム。何か手はないの?」
リナの問い掛けに、グリムは顔を歪める。
無論、現状では何も打てる手はない。
ただ、グリムは見る。かつて『厄災』と呼ばれた、彼女たち二人を。
メルコレディとマルテディ、この状況を覆すことができる可能性を持つのは、彼女たち二人だ。
だが——それでも足りていない。
彼女たちだけでは、グリムの導き出した作戦を実行するのは不可能だろう。
グリムは、リナを真っ直ぐに見た。
「……莉奈……お願いがあるんだ」
「……なに、グリム。何でも言って」
その真っ直ぐな視線を受けて——グリムは、自嘲気味に笑った。
「……願ってくれ、莉奈。この状況を『何とかしたい』と。元AIとしては失格だが……神頼み、いや、『運命』頼みだ」
†
熱波は、渦巻き続けていた。
眼下で広がる炎を高台から見ながら、誠司はグリムに話しかけた。
「……グリム君……莉奈たちは、本当に無事なんだろうな……?」
重傷を負ったセレスは、眠りについている。傍らには彼女を見守るマッケマッケと、回復魔法を唱え続けているライラ。
その様子を見ていた高台のグリムは、女神像に視線を移して答えた。
「ああ。メルコレディが冷気を供給してくれているからね。そうでなければ私たちは、今頃蒸し焼きだ」
「……打つ手は……ないのかね?」
グリムは目を伏せ、息を吐く。
「残念ながら、ね。今の私たちに、打てる手はない。誠司も奇跡が起きるよう、祈ってくれ」
「……奇跡だと?……なあ、グリム君……」
誠司は肩を震わせ、拳を握りしめた。
「……君が最善を尽くしたのは分かる。この戦い、君がいなければ天使像の撃破まで、とてもではないが辿り着けなかっただろう……だがな、諦めてどうする」
誠司は眼鏡の奥で、まぶたを震わせた。
「……たくさんの者が死んでいったんだぞ……? 今だって……私の家族たちが死に瀕している……なあ、お願いだから、何とかしようとしてくれよ……」
「ああ。だから私は、奇跡を本気で願っている」
あまりにも平坦なその物言いに——誠司はグリムの胸ぐらをつかんだ。
「……すまない、グリム君。この戦いが終わったら……本気で一発、殴らせてくれ……」
震える拳を離して、誠司は肩を落とした。グリムは変わらず女神像を見据え、感情を込めずに答えた。
「もちろんだ。好きなだけ……なんなら、死ぬまで殴ってもらっても構わない」
グリムは眺め続ける。熱波にさらされながら、奇跡を期待する、その空を——。
†
「ええい、青髪! ワシが分身体を動かす、それなら問題ないじゃろ!」
ジョヴェディは苛立った様子でグリムに詰め寄った。
このままここでこうしていても、未来はない。とにかく動かなければ——
——だがそのジョヴェディの言葉に、グリムは冷ややかに答えた。
「別に構わないよ。ただ、女神像を中途半端に刺激するのは得策ではないけどね」
「……ぬ……う……」
先ほどからこの調子だ。グリムが『大厄災』を警戒しているのは分かる。しかし、このままだと座して死ぬのを待つだけではないのか。
肩をいからすジョヴェディを横目に、ファウスティがグリムに声を掛けた。
「なあ、グリム。『運命』頼みと言っていたな。聞かせてくれ。その『運命』とは……奇跡とは、偶然を期待しているのか? それならそれは、戦いにおいて最も俺が軽蔑する行為だが……」
「——安心しろ、ファウスティ。私の期待している『運命』は、必然の積み重ねだ。オルレアンの乙女は滅びの『運命』さえ覆してみせた、そうだろう?」
その言葉を受けたファウスティは——リナを見てフッと笑った。
「……そうだな。俺が今ここにいるのも、全ては『運命』による必然の結果なんだろう。なら、何かあるんだな?」
「え、えっ、なにっ?」
話を振られたリナは、慌てた様子で反応する。無論、リナに何か考えがあるわけではない。
でも——
「うん。私はグリムを、信じているから」
「はは。私も莉奈を信じているよ——」
その時。ルーが、つぶやいた。
「…………来る…………」
無言で皆は、ルーの方を見る。高台の端末と意識を共有しているグリムは、その空を見て——
——高らかに、笑い出した。
「……ふふ……あはは……あーはっはっ、すごいぞ、莉奈! 想像以上だ! キミの紡いできた、絆の勝利だ!!」
「え、えっ、だからなに!?」
グリムのそんな様子を初めて見たリナは、呆然とした。グリムは目を拭いながら、リナに告げた。
「見てみろ、莉奈。北の空を」
「…………あっ!!」
グリムに言われるがままに北の空へと意識を飛ばしたリナは、驚愕する。
そこに在るのは、圧倒的な『氷の暴力』——
——数多の氷竜を従え、氷の息を漏らす女王竜が、悠々と翼を広げていた。




