決戦[crescendo] 13 —『厄災』—
戦場へと駆けるメルコレディ。『砂の天使像』戦で失った左足を庇いながら、それでも彼女は駆けていく。
「……はぁ……はぁ……」
戦場は目の前。天使像の視線がメルコレディを捉える。即席で作り上げた氷の左足を踏み締め、彼女は氷を放つ。
——早く、みんなと合流しなきゃ。
額に汗を浮かべながら、メルコレディが更なる道を作ろうとした、その時。
彼女の身体は、一瞬にしてそこから消え去った。
†
「はい。メル連れてきたよ」
「……え、えっ……あ、リナちゃん……?」
地上に降り立ったファウスティの結界内に、リナは『空間跳躍』で彼女を運び込んだ。
メルコレディの氷の足を見て、ジョヴェディは眉をあげた。
「……なるほどのう」
ジョヴェディは失われた左の足先に土をまとわせ、立ち上がった。右足の感覚はないが、それも土で包み込み、支える補助にする。
ルーは牽制の氷のブレスを吐き続けている。ファウスティはメルコレディの前に歩み、腰を屈めた。
「君が『水曜の子』だな。俺はファウスティだ。話は聞いているかな?」
「……あなたが……うん、ファウスちゃんだね、聞いてるよ」
「……はは。よろしくな」
呼ばれ方に困惑しながらも、ファウスティはメルコレディと握手を交わす。それを見たリナはうなずいて、二人に声を掛けた。
「じゃあ私、いったん『砂』の戦場に戻るよ。ファウスさん、もう少しの間だけ頑張ってね!」
「ああ、問題ない。この場は任せてくれ」
「……メルも……無茶しちゃダメだよ?」
「……大丈夫。ねえ、リナちゃん、一つだけ訊いていい?」
「……なにかな?」
真剣な眼差しでメルコレディはリナを見つめる。リナはその視線を、真っ直ぐに受け止めた。
「——ルネディは、無事なの?」
少しだけの、沈黙。しかしリナは、見た景色を正直に彼女に伝えた。
「ルネディはね、みんなを立派に守り切ったよ。最後の、最後まで」
「……そっか」
メルコレディは目を伏せる。だが次には顔を上げ、天使像を見据えた。
「わかった、リナちゃん。行って。ここはわたしが、抑えるから」
「……よろしくね、メル」
リナはそう言い残し、『砂』の戦場へと跳躍した——。
彼女を見送ったファウスティは、メルコレディの肩に手を置いた。
「では、『水曜の子』。君の力で戦場を凍らせてもらえるか」
「……うん、わかった」
メルコレディは一歩、前に出た。そして右手を広げ、ゆっくりと上げる。
——姉のように慕っていたルネディは、もう、いない。
とても優しくて、少し意地悪で、いつもみんなの心配をしていて——
(……ねえ、ルネディ。見ててね、わたし、頑張るから)
——メルコレディの双眸が、赤く、染まった。
「……な、なんじゃ……」
ジョヴェディは、呻き声を上げる。ファウスティもルーも、その光景が信じられずに目を見開く。
守りの結界の外、この戦場は、瞬時にして猛吹雪に覆われた。
地面は凍りつき、雪や氷が吹き荒び、視界を白が覆い尽くす。
天使像は炎を広げようとする。しかし、その炎はだんだんと威力が弱くなってゆき——
「……何をしたんじゃ、メルコレディ……」
——天使像の動きは、まるで時間の流れを支配されたかのように、格段に遅くなっていた。
†
——『砂』の戦場。
そこには再び、十体以上もの天使像の姿が現れていた。
「……くっ!」
盾となるのはグリム。背後にいる魔法使い、エリス、セレス、マッケマッケは何としてでも守り切らねばなるまい。
そう。『魔素復活』の兆候が見え始めた今は、絶対に。
——パン
天使像の放つサンドブラストによって、次々とグリムの端末たちは失われていく。
それでもマルテディは砂嵐を払い、天使像の接近を許さない。
だが、先ほどよりも格段に素早くなっている天使像たちを前に、あっという間に戦況は劣勢へと追いやられていた。
—— 閃
光が瞬き、一体の天使像が掻き消える。到着したリナはグリムの横に降り立ち、眉をしかめた。
「……これは……マズいね」
「……莉奈……そうだね、魔素の完全復活までは、もう少し時間が掛かりそうだ。その間、何としてでも凌がなくてはな」
その間にも、グリムの端末は天使像に触れられ『風化』していく。
マルテディによって巨像を崩された天使像は——復活し始めた魔素を利用して、速攻を仕掛けてきたのだ。
「——『旋風の刃の魔法』!」
風が吹き抜け、何体かの天使像を吹き飛ばす。リナたちの元へと駆けつけたマッケマッケは、杖を真っ直ぐに構えた。
「あーし一人くらいが魔法を使っても、供給の方が速いですよね。まだまだ威力は出ないみたいですが……」
「……助かる、マッケマッケ。だが君は『祝福』を受けていない。ここは無理しないで——」
「——そうです、下がっていてください」
何者かが、前に出た。束ねた黒髪をたなびかせた、アラビア風の衣装をまとった女性、マルテディだ。
「ありがと、マルティ。一緒に——」
「ううん。リナさんも、下がっていて」
そう言ってマルテディは、前へと歩み出す。向かってくる天使像たち。止めようとするグリムだったが——
——パン
——マルテディが腕を向けると、天使像が弾け飛んだ。それでも複数体の天使像がマルテディに向かって手を向ける。
だが。
——パン、パン、パン……
マルテディは次から次へと、天使像たちを消していった。
彼女は歩きながら、つぶやく。
「——ずっとね、考えていたんだ。私が目覚めた『石英』の力。あなた、部分的とはいえ真似したよね」
マルテディは広げた手を向け、新たに現れた天使像を『サンドブラスト』で消す。
「巨像だって、そう。どういうことか分からないけど、火竜の時に作ったやつや、『赤い世界』で私が見せたらしい『砂の巨像』、それも真似したのかな?」
横から現れた天使像が、マルテディの腕を掴み取る。グリムはたまらずに叫んだ。
「マルテディ、『風化』だ!」
その顔に微笑みを浮かべる天使像『本体』。そのままマルテディに抱きつこうとしたが——マルテディは天使像を振り払い突き飛ばした。
掴まれたマルテディの腕には——分厚い砂がまとわりついており、天使像の『風化』を防いでいた。
「だからね、私、考えたんだ」
微笑みを消し、真顔になる天使像。
その腕を——マルテディは掴んだ。
『…………ィィアアアァァァッッ…………!』
天使像の腕が、『風化』していく。腕を捨て、恐怖の表情を浮かべる天使像にマルテディは言い放った。
「——あなたに出来ることは、私にも出来るんじゃないか、って」
——奇跡の7号、『厄災』の力を与えられたマルテディ。
天使像を見据える彼女の双眸は——赤く染まっていた。




